第11話 チェイス×フェンス×跳び越す
「ダメだ」
鍛えてくれと嘆願する原作ネームドキャラのササリスの頼みを俺は即答で断った。
「なんでさ!」
「なんでって……」
ダークヒーローは友情と努力のアンチテーゼだ。
彼らの役割は、守りたいもののために戦うヒーローに対して人質を取り「ヒーローは大変だなぁ、守るものが多くて」と問いかけることだ。
その心は「誰かを守りたいって信念が口先だけじゃないってことを証明して見せろ!」であり、そんな思想を持っているキャラが敗北することで、物語は「人は一人では生きていけない」というテーマを描き出せるのだ(諸説あり)。
そんなダークヒーローを目指す俺が弟子を取る?
あり得ないね。
「じゃあな」
「あ、待て!」
俺たちは小さな戦争を始めた。
スラム街を舞台にした、鬼ごっこだ。
トタン板でできたお粗末な家屋。
人気の無い薄暗い路地。
ゴミと吐しゃ物の腐臭が鼻を歪ませるような小道で逃避行を繰り広げる。
「くそ、この! 待て!」
俺は生後間もないころから
だから同い年よりは成長が早い、けれどあくまで同い年と比べればだ。
俺は肉体の成長より魔力総量の成長を意識しながら魔法を使っていたから、極端に化け物じみた筋肉は有していない。
せいぜい運動神経がいいとか、反射神経が抜群とかその程度の性能差しか生まれてない。
(引き離せないな……)
幼少期の成長に男女の差なんてさほどない。
年齢差がそのまま身体能力の差だ。
その点彼女は俺よりも背が高いし、年も上なんだろう。
「捕まえたぁ!」
「なっ!?」
不意に、突然、目の前に、ササリスが現れた。
「下流区はあたしの庭だ。近道や抜け道は知り尽くしてんだよ、あんたなんかよりよっぽどね!」
「ぐぬぬ」
「さあ! おとなしくあたしに修行を付けなさいよ!」
「ぐぬぬぬぬ!」
俺はバタバタと手足を動かしたが、馬乗りになったササリスから逃げ切るのは不可能だった。
「重い……っ!」
「なっ! お、重くなんてないわよ!」
しめた!
腰を浮かせたぞ!
「
突風よ、巻きあがれ!
「きゃぁ!?」
ササリスが可愛らしい悲鳴を上げた瞬間に脱出だ。
「あ、待ちなさい!」
◇ ◇ ◇
これはどこまでも追いかけてくるな。
背後から鬼気迫る追っ手を感じ取りながら、ぼんやり、そんなことを思った。
「なあ、おい! なんでそこまで必死なんだ」
俺が問いかければ、
「悔しいんだ! お母さんの食料を奪ったあいつらを、あたしは絶対に許さない! 地獄の底まで追いつめて、必ず報復してやるんだ……!」
未遂の復讐のために、人はここまで執念深くなれるのかと、度肝を抜かれた。
だけど違った。
「でも、それ以上に、許せないのは、あたしなんだ。手も足も出なかった自分がなさけない! 強くなりたい!」
彼女が力を求める理由の中で、復讐が占める割合なんてちっぽけなもので、
「お母さんの、力になりたいんだ!」
彼女の気持ちは、俺にもよくわかった。
「……」
だけど、だけれども、だからといって彼女の思いのために俺の行動指針をブレさせるつもりはない。
強くなる方法ならいくらでもある。
別に、俺にこだわる必要なんてないだろう。
少なくとも原作で、ササリスとクロウが知り合いという描写やそれらしい伏線らしいものなんて無かった。
俺が手を貸さなくても彼女はしたたかに生きていける。
それなのに手を差し伸べる理由なんて無い。
(……誘いこまれてるな)
俺が分岐路へ到達するたびに、彼女が瓦礫を放り投げてくる。
どこかへ誘導されているのは間違いない。
どこへ?
おそらく答えは、俺の想像通り。
金属製のフェンスの立ち並ぶ袋小路が、俺の迷い込んだ先だった。
「しめた! その先は行き止まりだよ! 観念してあたしに捕まりな!」
フェンスの上部には有刺鉄線がネズミ返しのように張り巡らされていて、駆け上るのは自殺行為だった。
だからとっさに、右手に込めた魔力を解き放って、
「【跳躍】」
高さ3メートルはあるフェンスを跳び越えて、柵の向こう側へと回り込んだ。
「は?」
「鬼ごっこはこれで終わりだ」
俺はただいたずらに逃げ回っていたわけじゃない。
逃走は、画数の多い漢字を書き切るための時間稼ぎ。
逃げ回りながら足に一画一画書き連ねていった跳躍の文字は発動した。
チェイス劇はこれでおしまいだ。
「母親を助けたい気持ちは、俺にもわかる。けど、俺は一人で強くなりたいし、あんたも俺の手を借りなくってもいつかは強くなる。だから、帰れ」
「まだ、諦めないんだから……っ!」
ササリスは金網をよじ登り始めた。
靴を履いていない彼女は、足の指で網目を掴み、するするとフェンスを駆け上がっていく。
「~~っ! きゃぁっ」
けれど有刺鉄線を乗り越えようとして、肌を引き裂かれる痛みに顔をしかめて、そして最後にはフェンスから手を放してしまった。
「
物質を柔らかくする魔法を使い、彼女の落下地点を緩衝材のように変化させる。
「あ、ありがと」
「次はもうない。諦めて引き返してくれ。強くなる方法は他にもあるし、あんたはいつか強くなる」
彼女に背を向け、俺は路地の奥へと歩き出す。
「いつかじゃ遅いんだ!」
そんな俺の足を、彼女の叫びが引き留めた。
「あたしは、強くならなきゃいけないんだ、一分でも早く、一秒でも早く!」
有刺鉄線で割かれた彼女の肌から滴る血が、怪しく光る。
糸を
「おとなしく、あたしに師事されろぉぉぉ!」
彼女の血で出来た糸が鞭のようにしなり、フェンスを八つ裂きにした。
「……マジかよ」
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