第10話 スラム街×嬲×悪ノ華
魔力の指先貯蓄は未だ成功していない。
今日も今日とて特訓である。
だが最近、こうも思う。
(家の中で魔力の指先貯蓄ができたとして、はたして実戦でも同じようにできるだろうか)
家の中にいる限りは魔力の貯蓄に専念できる。
だが俺の想定している使用場所は、剣と魔法が入り混じる戦場だ。
そんな乱戦地帯でも使える、実用性のある訓練をできているのだろうか。
(このままじゃダメだ。そろそろ家を出て、実戦経験も身につけていかないと)
俺が目指すダークヒーローは、安全地帯に引き籠って指令を飛ばすようなキャラではないのだ。
戦線最前線へと単騎で乗り込み、圧倒的暴力ですべてを台無しにする災害なのだ。
スラム街へと勇気の一歩を踏み出すべきはいまなんだと、俺は思う。
「クロウ、お母さんは出かけてくるからいい子で待っててね?」
「はーい」
「行ってきまーす」
「いってらっしゃーい!」
例の会議に向かう母を見送って、俺は行動を決めた。
「よし、抜け出すか」
俺は自身に向かって文字魔法を発動した。
使用したのは漢字二字を二つ。
つまり、【水平】と【
その状態で指を壁に突き立ててみるとあら不思議。
まるで沼に指を突っ込むように、どぷりと指が沈んでいく。
水平は指定しないと地面を突き抜けて自由落下してしまうからな。
前に脱出できるか試した時は危うく『いしのなかにいる』ことになるところだった。
とっさに【安全圏】の文字魔法を使ったから助かったものの、本気で死にかけた。
そういった学びから生まれた【水平】。
これを指定しておくことですり抜ける方向を水平方向に限定できるわけだ。
「おお、ここが、家の外か!」
母さまは決して俺を家の外には出そうとしなかった。
過保護なのもあるが、ここがスラム街ということを考えれば気持ちもわからないでもない。
でも、抑えきれなかったんだ。
この小さな体に宿る特大の好奇心を!
ほとばしる純粋で無垢な童心を!
ごめんなさい母さま。
俺は言いつけを破って町を練り歩きます。
(【擦抜】はいったん【解除】してっと、今度は【隠形】を使って、よし! 行くぞー!)
隠形は他者から認識されなくなる認識干渉系の隠密魔法だ。
誰の目にも俺の姿は留まらない。
自分の文字魔法がきちんと効力を持っていると確認できるだけで、得も言われぬ達成感を覚える。
(スラム街っていう割には、わりとしっかりした造りだと思ってたけど、俺の住んでた区画だけだな)
少し歩いていくと、俺が想像していたようなスラム街が広がった。
トタン板を貼り付けたような雨風をしのぐだけの住居に、道端を埋め尽くすゴミの山脈。
衛生面を意識するほどきれいなものが無いからなのか、砂まみれになった包帯を巻いた老人が、皮と骨だけで路地に腰を掛けている。
(腐臭がする。ハエやウジ虫が好みそうな、肉の腐った匂いだ)
こんな歩けば病気になりそうな町で、どうやってあの年齢まで生き延びたんだろうと疑問に思うが、同時にそれが答えなんだろうとも思った。
運よく生き延びたんじゃなく、運よく力を手に入れた実力者だから、こんなスラム街でも生きていられる。
ここにいる老人たちは全員、とてつもない実力者なんだ。
なんとなく、そう思った。
(こんな劣悪な環境にいられるか。俺は部屋に帰らせてもらう!)
脳内で死亡フラグっぽい台詞を再生しながら(口には出さない。俺は理想の悪役を目指すから)、スラムを歩いていると、悲鳴が聞こえた。
「やめて! 返せよ! それはお母さんに届ける大事なパンなんだから!」
声がしたのは一本奥の路地。
気になって駆け寄ると、そこに4人の子どもがいた。
内訳は女、男、男、男。
男子が若干女子より多い。
「へへっ、アニキ! このパン、カビ一つ生えてないっすよ!」
「がはは! 俺の言った通りだったろ?」
「さすがっす! 一生ついていくっす!」
「よし! 引き上げるぞ」
三人で寄ってたかって女子から食料を強奪する三人が振り返った。
その顔にピンときた。
「あ、うちに強盗しに来てたクソガキ三人衆」
と、ちょうどその時【隠形】の効果が切れた。
「んあ? ……はぁ!? お前まさか! 上流区の!」
上流区?
ほうほう。
スラム街にしては治安がいいと思ったが、スラム街の中でも区分けがなされてるのか。
「まだ盗みをやってるのか? それも自分より弱いやつを寄ってたかって」
「る、るせぇ! お前にはわかんねえだろうな! 上流区で生まれて何不自由なく育ったお前には!」
クソガキ三人衆の真ん中の男子が、及び腰になりながら吠える。
臆病をにじませた態度を、俺は冷たい目で見つめる。
「わからないし、わかりたくもないな。群れて強くなった気になっている、負けを認めた駄犬の気持ちなんてな」
「この……言わせておけばッ!」
クソガキ三人衆が意を決したように、俺に向かって突っ込んできた。
子どもというか、精神が幼稚というか、沸点が低い。
こんな見え透いた挑発に乗るなんて、だからモブ扱いされるんだぞ。
「足元注意だ」
親父殿が一度家に帰ってきた際にも使った、相手の足場を凍らせるルーン魔法。
それを放ち、相手の動きを封じ込める。
「くそ、なんだこれ!」
「アニキ! 足が凍り付いて動かないっす!」
「つ、冷たい、痛いっ、助けてくれっす!」
よしよし。
親父に使ったときはあっさり破られたが、今回はきちんと相手を拘束しているぞ。
俺の魔法はきちんと成長している。
「返してもらうぞ、これはあの子のパンだ」
「あっ! テメェ! それは俺たちが盗んだんだぞ! 俺たちのもんだ!」
「その理屈で行くなら奪い返した俺のもんだ。悔しかったらその氷を振りほどいて力づくで奪ってみろ」
「ぐぬぬ! お前ぇぇぇ! 覚えてろよぉぉぉ!」
クソガキ三人衆が女児から略奪したパンを奪い返し、呆気に取られている女の子に返却した。
「大事な物なんだろ。もう奪われるなよ」
「ま、待って!」
立ち去ろうとする俺の手首を、少女ががっしりと握りしめる。
「その、なんて言えばいいのかな、えっと、そうだ」
少女の目はツリで力強く、愛嬌があるような顔つきではない。
髪もどちらかと言えばぼさぼさだ。
それなのにどこか可愛らしいと感じる何かがある。
「その、ありがとう。大事なものだったんだ。取り返してくれて、本当に感謝してる」
愛想の悪い顔から一転、顔をほころばせたスラム街の少女。
その顔を見た瞬間、脳内に閃光が走った。
(こいつ、原作で闇医者になってる重要キャラじゃねえか!)
名前はササリス。
糸を操る固有魔法の使い手で、金さえ払えば善人だろうと悪人だろうと分け隔てなく医療を施す。
一方で金がなくなれば仕事仲間だろうと切り捨てる徹底的拝金主義者。
シリーズ皆勤賞の大人気キャラ。
「図々しいのはわかってる、けど、お願いだ」
相対する俺は(おそらく)シリーズ最低クラスの不人気キャラ。
「あたしを、鍛えてほしいんだ!」
それなのに、どうしてこんなイベントが起きちゃってるんですかねぇ?
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