第9話 魔力×速度×時間
4歳になった。
クソガキどもは何度か強盗に入ろうとしていたが、そのたびに文字魔法で返り討ちにしてやった。
多分、俺を育てるために親父殿はあえて長老に注意しに行かなかったんだろうな。
サンドバッグになった名もなきスラム街のモブ三人衆に合掌。いや、死んでないけど。
何度も痛い目を見ればさすがに学んだのか、ここ最近はめっきり襲撃もなくなった。だから顔も見ていない。
静かでいいと思う。
反面、自分がどれだけ成長したのかをはかる物差しが無いのを寂しくも思う。
この4年、俺は強くなるために研鑽を重ね続けた。
右手でルーン魔法を操りつつ、左手で漢字魔法を操るなんて芸当もできるようになった。
右手と左手、それぞれ四字熟語を使って八文字の文字魔法を発動することだってできる。
けど、まだ足りない。
俺はまだまだ強くなれる。
(例えば魔法の発動速度。これはまだ改善点が見受けられる)
親父殿は魔法の発動速度を申し分無いと言ってくれたが、それはあくまで生後10か月の子どもにしてはということだろう。
親父殿と魔法の早打ち勝負をすれば負ける。
そして親父殿はたった一文字で、恐らくだが、時間を停止することができる。
そうなればたどり着く結末は決まっている。
敗北だ。
手も足も出せずに俺は敗北する。
(やっぱり、魔核から指先へと魔力を移動するのに時間が掛かるんだよな)
思い返すのは生後10か月のころ。
スラムのガキが押し入り強盗に来た時の出来事だ。
(俺の魔法は指先まで魔力を移動しないと使えない。だけど、一般的な属性魔法の使い手は手の平で魔法を発動できる)
あの時クソガキの大将は、手の平に火の玉を作っていた。
(指一本分の違いだけど、同じ練度なら発動がほんの少しだけ遅れることになる)
つまり、こんなシーンが起こりうるわけだ。
◇ ◇ ◇
「予告しよう。俺が次に使うルーン魔法は
「いや、俺の魔法はお前より早く発動する!」
俺とほぼ同時にルーン文字を書き始めるシロウ。
そこに突然割り込んでくるただの火球!
「なっ!? ファイヤーボールだと!?」
「シロウ! いまよ!」
ヒロインの放ったファイアーボールが、魔力で出来た俺のルーン文字の一部を焼き焦がす。
(そうか……! ファイヤーボールは魔核から魔力を移動する距離が手の平までで済む! ルーン魔法より指一本分早く魔法が完成する!)
そのわずかな差でシロウが先に魔法を完成させた。
「うぉぉぉぉぉ!」
シロウのルーン魔法が俺へと迫る。
「ぐあぁぁぁぁ!」
◇ ◇ ◇
うん、悪くない。
ストーリーとしてはありがちだ。
ヒロインと力を合わせて強敵を打ち破るってのも高評価ポイントだ。
悪くない。
悪くないけど、ダセェ。
勝敗の差が指先一本分の魔力の移動時間て。
ヒロインからファイヤーボールが飛んでくるまでの時間で帳消しできる範囲だろ。
そんな負け方したらプレイヤーから、「なんでヒロインの魔法素直に食らったん?」だの「避け無いの草」だの非難されるのは目に見えている。
(やっぱりダメだ。魔力の伝達速度は改善しないと)
もし仮に魔力の伝達速度を改善できたとする。
すると今度はこんなシーンが生まれるわけだ。
◇ ◇ ◇
「ぐああぁぁぁ!」
「シロウ!」
文字魔法はさく裂した。
原作主人公が軽くない傷を負う。
「待っててシロウ! いまヒールの魔法を!」
「遅い」
「え」
回復魔法を発動しようとしたヒロインの魔法を、俺のルーン魔法が阻害する。
「シロウ、いまの、魔力移動、見えた?」
「いや、見えなかった。というよりあれは」
俺のルーン魔法の発動速度に目を見張る原作主人公たちに、俺は答え合わせをしてやることにする。
「そう、
主人公とヒロインが、正しく力量差を思い知る。
「来い、真のルーン魔法の使い手が誰か教えてやる」
◇ ◇ ◇
アリだ。
この圧倒的強者オーラ。
襲い掛かる絶対的絶望感。
これこそ俺が追い求める理想のダークヒーローだ。
(やっぱりあれだな。魔力をいちいち魔核から移動させてたんじゃダメだ。常に魔力を指先にためておく。それくらいできないと理想には届かない)
例えばこんなのはどうだろう。
指先へと流した魔力を指先でとどめておく。
いわば資材を必要に応じて現場に運び込むのではなく、作業前から現場に運び込んでおくようなもの。
これで運搬時間は解消できるのではないだろうか。
思い立ったが吉日。
さっそく実験を始めよう。
「あ、れ?」
指先に送った魔力が時間経過とともに量が減っていく。おおよそ3秒ごとに半分くらいだろうか。
「魔力を指先に長時間とどめておけない。なんでだ?」
もう一度、と試してみるが結果は同じ。
半減期を3秒として、魔力は見る見るうちに目減りしていく。
いや、より正確に言うなら、魔核へと還元されていく。
流れるプールで流れに逆らってその場にとどまり続けようとしても難しいのと同じ感覚がする。
「そうか、骨の魔力の伝導効率が高すぎるんだ。その点魔核は魔力が安定するから、骨へと移動させた魔力は魔核へ戻っちまう」
それが意味するところはつまり、魔力の指先貯蔵が絶望的という現実。
「いややってやるぞ!」
絶望的だからどうした。
俺は原作主人公の前へと絶望的な壁として立ちはだかるダークヒーロー。
俺自身が絶望的な壁を前に挫折してどうする。
人に名前を尋ねるときはまず自分から。
人を絶望させるときにもまず自分から。
そんなの小学生だって知ってる話だ。
よし! 克服してみせるぞ!
絶対にだ!
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