第6話 親父×ルーン魔法×約束

 イチロウと呼ばれた無精ひげの男は、原作主人公であるシロウを三十代にしたような見た目をしていた。


「もうイチロウさんったら、来るなら来るって言ってくださればいいのに。いまご夕食の準備をしますね」

「いやいい。お前の顔を見に来ただけだ。すぐにたつ」


 彼の原作での立ち位置は主人公の憧れであり、伝説の冒険者。

 シリーズ一作目では台詞のみだが最終幕での登場というインパクトのあるシーンが人気だ。

 二作目では原作主人公が強敵との戦いで意識を失う場面に駆けつけて面目躍如の大活躍を見せる。

 だが全編を通して顔に不自然に濃い影が描かれており、その素顔を知るプレイヤーはいない。


(おおおお! 主人公の父ちゃんはこんな顔してたのか! なんか感激だな!)


 この世界に転生しなければ拝むことのできなかった素面だ。感動もひとしおだ。


(でもそうか、伝説の冒険者だし、ふらっと来てふらっと去っていくのか。父親としてはあんまり尊敬できないな)


 夕飯くらい食べていけばいいのに。


 なんかもやっとしてきたぞ。

 母さまがあんたに会えてどれだけ喜んでるのかわかんねえのか。

 意地でも引き留めてやるからな。


 ᛋᛏᛁセイトウィ


「何だと」


 ᛋᛏᛁセイトウィの三文字がそれぞれ表すのは速度、停止、そして凍結。

 相手の足場を凍り付かせるバインド型の束縛魔法だ。


 魔法を使った俺のことを、親父殿が物珍しそうな目でしげしげと観察している。


「いまのルーン魔法はお前が……?」


 ふんすと胸を張ってやったら、たった一文字の魔法で除去されました。悔しい。


「そうなんですイチロウさん。この子ったら生後数日で魔法を使えるようになったんです。やっぱりあなたの息子なんですね」

「生後数日だと? ……末恐ろしいな」


 親父殿が俺へ化け物でも見るような目を向けた。

 それからついでに「俺とて生後数か月のころは幼児を謳歌していた。同じにするな」とぶー垂れた。


「この子は生まれてどれくらいだったか」

「もう10ヵ月ですよ」

「そうか、まだ10ヵ月か。子どもの成長は恐ろしいな」


 親父殿は顎に手を当て、口を尖らせて、人差し指で無精ひげをじょりじょりと撫でて、少し固まって口を開いた。


「クロウか。魔力量は悪くない。その年で三文字のルーン魔法を扱えるのも、魔法の発動速度も申し分無い。さすがは俺の子だ。だが」


 親父殿が空中に、一本の縦線を描く。

 青白く光る指先の描く軌跡はイサの文字。

 その文字の意味は氷・静寂そして――


 目の前に映る景色が、連続性を失った。

 ついさっきまで俺の目の前にいた親父殿が、目を離していないのに、すぐ隣に立ち位置を変えていた。


(なっ!? いったい何が起きたんだ⁉ 瞬間移動!?)


 イサの文字が意味するその他の物には停止がある。

 だがいったい何を止めたら瞬間移動が可能になるんだ。


「いいかクロウ。ルーン魔法は文字数が多くなればなるほど制御が難しい。うまく使えばあらゆる現象を緻密に操れるが、文字数が増えれば威力の減衰を免れない」


 親父殿はそこに「せいぜい4文字。それがルーン魔法を最大限活用できる範囲だと知っておけ」と付け加えた。


 そうなのか。


(だから5文字のルーン魔法は発動しなかったのか)


 あるいは親父殿ならできるのかもしれないけれど、どうやらいまの俺には熟練度が不足しているらしい。


 それから親父は一辺5センチ程の木箱をどこからともなく取り出して、俺に手渡した。


餞別せんべつだ。とりあえずその箱を開けられるくらいルーン魔法を極めてみろ」


 親父殿は「ま、そう簡単には開かせねえけどな」とからから笑った。


「それができたら俺を探し出してみろ。その時は俺のとっておきをくれてやる」


 おお!?

 それはつまり、必殺技とか、奥義とか、その手のやつですか!?


 いい!


 実父直伝の秘奥義を引っ提げて主人公の前に立ちはだかるダークヒーロー!

 最高にイカしてんじゃねえか!


 絶対に解き明かしてやるからな!

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