第2話 父親×異母

 寝ても覚めても夢が覚めない。

 ゲームの世界に閉じ込められたというのは創作だとありがちな展開だけど、それが自分の身に起こると考えている人がどれだけいるだろう。


 少なくとも、俺は3日もかかった。

 この世界が現実だと受け入れるのに。


 3日かけて、周囲の人の話を聞きかじっているとわかってきたことがある。


 ここはどうやらスラム街の一画らしい。

 世界中から廃棄物が不法投棄されるゴミ捨て山に流れ着いた浮浪者が起こした村なんだとか。


 へー。


 最初はここがスラム街だと気付かなかった。

 それくらいこの家はしっかりしている。


 どうして、一見何の変哲もない、スラム街に身を寄せるような母がそんな優遇されているのかというと、夫――俺の父親が有名な冒険者だかららしい。


 以上の話と、原作クロウくんを照らし合わせると、一つの仮説が生まれてくる。


(クロウくんってば原作主人公と異母兄弟なのでは?)


 クロウは原作主人公ことシロウと瓜二つの容姿をしている。

 シロウの肌を褐色にして髪色を銀にすればまんま俺だ。

 そして二人とも、ルーン文字を駆使する固有魔法の使い手。


 同じ血族なんだろうと予想はしてたけど、思った以上に近親だったな。


 さて、ここではさらにもう一歩踏み込んだ考察を行ってみよう。


 原作においてクロウくんはシロウに強い執着を見せていた。

 理由は語らなかったが強い敵意をむき出しにしていた。


 その原因が、姿を見せない父親にあるとしたら?


(一度整理しよう。俺の母がスラム街で優遇されているのは俺の親父が有名冒険者だから。だけどその親父は外で別の女性と子どもを作っていて、場合によってはこっちに帰ってこない可能性もある)


 あれ? もしかしてマズい状況なのでは?


(もしそれで父母の縁が切れたと判断されたら? 徒党を組まれて強襲されるのでは?)


 背中にひやりと冷たい汗が浮かぶ。


(うかうかしてる場合じゃねえ……! そうなる前に早く力を付けないと!)


 クロウくん育成計画をきちんと練らないと。

 原作クロウくんは日本の水準を知らないからスラム街に放逐されても適応できたかもしれないが、俺は無理だ。

 残飯を漁ってでも生き延びるなんて雑草魂は持ち合わせていないのだ。

 生活水準を落とせばそのまま死に直結しかねない。


 強くなるにはどうすればいい。

 簡単だ、長所を伸ばせばいいのだ。

 他の誰にも負けないくらい、徹底的に。


 クロウくんの長所はなんだ。

 ルーン文字を駆使した固有魔法だ。

 いや正確に言えばシロウという(おそらく異母兄弟の)担い手もいるから固有ではないが、基本系統である属性魔法とは異なる魔法という点で強力な武器になるのは間違いない。


 まずはこれを実用レベルに引き上げる。


 ……どうやって?


 さすがに魔法の使い方まではゲームの中でも教えてもらってないんだが?


 いや、でも予想は立てられるな。


 ゲームではキャラクターごとにMPマジックポイントが設定されていた。

 魔法はこのMPを消費して発動できるんだが、これは個々人が魔法を使うためのエネルギーを内包しているってことなのではないだろうか。


 逆説的に、自分の内側と向き合えば魔法の源――さしづめ魔力を見つけられるのではないだろうか。


(おっ? なんかおなかのあたりに温かいものが)


 もしかしてこれが魔力か?

 もう見つけちまったのか?

 俺って実は天才なのか?


(あ、待ってこれ違う。ウンコだ)


 おなかが、捻じ切れそうだ……っ!

 ぐ、苦しいっ。


「おぎゃぁぁぁぁぁ!」


 慌てて母親を呼んだが時すでに遅し。

 お尻の周りにあれがくっつく不快感が俺を苛む。


「クロウはママを呼べて偉いねー。おむつ変えましょうね」


 母におむつを替えてもらっているときに気づいたんだが、この母はクロウくんと肌色や髪色がよく似ている。

 唯一違うところは爪が長いところか。

 爪はバイ菌が集まりやすいし、衛生的にも切ってほしいな。

 なんて、考えていたら、切られた。

 俺の肌が、母の爪で。


「ぎゃあぁぁぁ!?」

「あぁっ、ごめんねクロウ。えーと、えーと、【キュア】! 【ヒール】!」

「あぅ?」


 母がほのかに青く光る手のひらを俺の傷口に近づけると、裂けたはずの肌が見る見るうちに修復されていく。


(おお! これが魔法か!)


 ゲームだとダメージは【ヒール】するだけで回復したのだが、ここは衛生的に気になるスラム街。

 だから傷口を塞ぐ前に状態異常を回復する【キュア】を使ったというところだろうか。


 なんというか、本当に、ここがゲームではなく現実なんだと思わされるエピソードだ。


 爪がバイ菌多いってのも、こっちの世界では当てはまらないかもしれない。


(……ちょっと待て。この温かい光の正体が魔法か?)


 これと同じものを探せば魔力は見つかるだろうか。


「ほ、よかった。ごめんねクロウ。爪もちゃんと切っておくから許してくれる?」

「だう」

「ふふ、ありがとう。いい子にしててね?」


 感覚を忘れないうちに、体内へと意識を巡らせる。


(あった! こんどこそ魔力だろ!)


 心臓の反対側、右側の胸で、先ほどの光とよく似た熱源が灯のように揺られている。


(あとはこの魔力を使って魔法の練習をするだけ! がはは! 勝ったな!)


 ところでこの魔力、どうやって引き出せばいいんだろう。

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