かませ犬転生(原題:たとえば劇場版限定の悪役キャラに憧れた踏み台転生者が赤ちゃんの頃から過剰に努力して、原作一巻から主人公の前に絶望的な壁として立ちはだかるようなかませ犬転生)

一ノ瀬るちあ@『かませ犬転生』書籍化

幼少期編

第1話 ゲーム×悪役×転生

 友情×努力。

 それが勝利の方程式。


 では、ない。

 それだけではまだ足りない。


 勝利の女神は血統×才能もまた愛する。


 友情と努力を「後天的評価」とするならさしづめ血統と才能は「先天的評価」。

 勝利の女神の笑顔レベルに寄与することは疑いようがない。


 友情×努力が「陽」なら血統×才能は「陰」。

 陰は光の強さを浮き彫りにするために存在する。

 古今東西、主人公と容姿や能力が瓜二つで性格だけが正反対の対極キャラの立ち回りは決まっている。


「シロウ? ……ううん、シロウじゃない! あなたはいったい誰なの!?」


 主人公と相反する思想と信念をもって主人公に覚悟の強さを問いかける、圧倒的なダークヒーローだ。


  ◇  ◇  ◇


「違うだろぉぉぉ!」


 ディスプレイに映し出された『THE END』の文字を前に、俺の怒髪が天を衝いた。


 プレイしていたゲームのタイトルは【ルーンファンタジーⅣ】。

 剣と魔法のファンタジー世界で、ルーン文字の魔法を駆使して世界を巡るシリーズ物の第四作だ。


 史上最高傑作と(俺の中で)名高い第三作が発売されてから早八年。

 まさかの続編ということで社会人にとって貴重な有休を消費し、ゲームがしんどくなった体に鞭打って徹夜してまでクリアまでぶっ通しで遊んだ。


 その結果が、先ほどの怒号だ。


「1~3作目のシナリオ全否定……むしろアンチじゃねえか。こんなんだったら続編なんていらなかったんだが」


 何がひどいって、シナリオもクソならキャラもクソ。

 1~3作で語られたストーリーが番外編で、今作こそがメインストーリーみたいな主張がくどい。

 そのうえ前作でナイスガイだったキャラに「実はスパイだったのさ!」みたいな蛇足設定を付け加えるし、本当に擁護しようがない。


 何よりもひどいのが、今作の中ボスにあたるキャラクターだ。


 彼は主人公と同じ、ルーン魔法の使い手だ。

 顔かたちは瓜二つで性格は正反対というキャラなのだが、結局最後まで主人公との関係性は不明。

 そのくせ主人公をやっかみ、道中何度も妨害を仕掛けてくるのだが、動機がわからなかったので撃破後も消化不良。

 よくある「主人公の欠点を克服した上位互換」みたいな絶望的演出もなく、レベリングせずともあっさり倒せてしまう小物感。


「違うんだよなぁ。ダークヒーローは、主人公の前に強大な試練として立ちはだからないとダメなんだよ」


 同じ容姿と上位互換の能力で主人公のアイデンティティを脅かし、正反対の信念を以て主人公の覚悟を尋問し、主人公にいままでより力強い一歩を踏み出させる。

 それが、ダークサイドの敵キャラの魅力なのだ。


 ずっしりした専用曲を背景に暗闇から歩いてくるときの、背筋が凍り付くような絶対的なオーラ。

 原作で凶悪ぶりを見せつけた強敵を一蹴する、期待を裏切らない衝撃的な実力。

 そして何より、黒を基調とした2Pカラーのかっこよさ。


 どうあがいても絶望の、勝利のイメージが浮かばない圧倒的強者を、本編ではいがみ合っていたキャラ同士が手を取り合い、うち倒す。

 そこに俺たちは形容しがたいカタルシスを覚えるんだ。


 だが例の中ボスは主人公と同等のスペックしかないためアイデンティティの危機を醸し出せず、行動原理がわからないから主人公が信念と向かい合うきっかけにもならない。


「クソゲー」


 不満を吐き出すと、一気に虚脱感が全身にのしかかった。

 俺はこんな思いをするために徹夜をしたんだったか。

 こんなはずじゃなかったんだけどな。


 時計を見れば深夜三時だし、大惨事って感じ。

 なんかもう疲れた。寝る。


 ああ、そうだ。

 せめて夢の中でくらい、理想のダークヒーローとして活躍してくれよな。


  ◇  ◇  ◇


 目を覚ますと、知らない天井があった。


「あ?」


 じっとりと汗ばむ背中がかき鳴らす不快感に襲われながら、ここはどこだと身を起こそうとして、失敗した。


(は? は? はぁ!? なんだこれ、体が、重い)


 頭が重すぎて持ち上がらない。

 え、俺徹夜でゲームしただけだよね?

 脳出血でも起こしたとか!?

 一生植物状態!?


 ……落ち着け。

 まるで筋繊維がぜい肉になってしまったみたいに重たいだけだ。


 気合を入れて身をよじる。

 焦点の合わない視線の先で、俺の腕がハムみたいになってた。


「あぅあ?」


 言葉が出なかった。

 声は出るのに、思った五十音を発声できない。


(歯が、無い! 抜かれた⁉ なんで⁉)


 衝撃的な事実を前にした俺は、背後から迫る、俺以外の人物に気付かなかった。


「あらあら、起きちゃったの? クロウ」


 筋肉質とは真逆のしなやかな腕が、体重八十キロを超える俺の体を軽々と抱き上げる。


(な、何が起きてるんだ!?)


 女性は俺を腕の中に抱え、聞いたことの無い歌を歌い始めた。

 子守歌、だろうか。

 なんだかまぶたが重たい。


 尋常じゃない状況のはずなのに、俺の体は安心しきってしまう。

 先ほどまでの不安が嘘のように払拭されて、まどろみの沼へと意識が呑み込まれてしまう。


 ……いや、ちょっと待て。


 いま俺のことをクロウって呼ばなかったか?


 なるほどな、だいたいわかった。

 【ルーンファンタジーⅣ】の夢を見てるってことだな?


 俺がクロウ――中ボスにもっとしっかりしろよって訴えたから「ほんならね、お前がやってみろよ」って話ですね。わかります。


 はー、しゃあねえな。

 ふがいない悪役に代わって、俺が真のダークヒーローを演じてやるかー。


 どうせ寝て起きたら現実に戻ってるんだろうけど。

 いやー、理想の敵キャラを教えてやりたかったのに、残念だなー。


  ◇  ◇  ◇


 それから3日。

 俺の意識はこの世界にとらわれたままだ。

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