第一話「ワイヤード・ラブ その⑤」

 ある「大喜利ビッグ・ジョイ」のとき、ボクはミスをした。


 とてつもないミスを。


 なんと、送信先を間違えてしまったのだ。

 他局のオペレーターではなく、郵便局の外部に「お題」を送ってしまった!


 「大喜利ビッグ・ジョイ」では「お題」を出した者が「回答」を集計して勝者を発表するルールになっている。

 集計の都合で、最初の「お題」を記したメッセージには、しっかりと送信元であるボク――ロンドン中央郵便局を示す符合を記載していた。


 マズいことになった――そう思った。


 仕事をサボって遊んでいることが外部にバレたらどうなる?


 間違いなく、郵便局に問い合わせがあるだろう。

 怒られるだけならいい。

 最悪、解雇クビになってしまうかもしれない。


 ボクたちが暇を潰して遊んでいることは、ロンドン市内の郵便局のオペレーター全員で守っている「最重要機密事項トップ・シークレット」だ。

 それが漏れてしまったとしたら。ボクのせいで。


 先ほどまで入力のためにキーに当てていた指が、凍るように静止した。

 内臓が絞りだす冷や汗が、肺の裏側を通るような冷え冷えとした悪寒が支配する。


 どうしよう。どうする?

 他のオペレーターに伝えるか?


 逡巡していたのは、わずか数秒だったはず。


 そこに、一通の電報が返信として届いた。


you.あなた


 続けざまに一通届く。


「ルールはわかった。次は私に「お題」をやらせて」


 一瞬、呆けたように口を開けて――直後、ボクは送信機の前で声をあげて笑った。

 (周囲に同僚や上司がいないのを良いことにね。)


 もちろん「お題」の送信先は、かのホワイトチャペル地区の貧民窟、その比較的治安が良い大通りに面した新聞販売店ニュース・スタンド、「ギョックス」であり――。

 ボクと「彼女」――ヘレナ・ブレットは、こうして出会ったのだ。


 ……ああ、ボクが送った「お題」?

 恥ずかしいから内緒にしたかったんだけど、答えよう。


お題:「タロットカードの『愚か者ザ・フール』に描かれているのは誰?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る