第一話「ワイヤード・ラブ その⑥」

 男女の出会いは、秘密の共有から始まる。

 そんな言葉を聞いたことはないだろうか?


 外部の人間であるヘレナに「大喜利ビッグ・ジョイ」の秘密が知られたことでボクたちの交流が始まったように――ヘレナ・ブレットの秘密を、ボクは知ることになる。

 ヘレナを交えた「大喜利ビッグ・ジョイ」大会を電信上で遊び、仲良くなっていくうちに――そのときにはすでに、ボクたちは互いの身分を明かしていた――彼女は、ボクに「秘密」を打ち明けた。


 ヘレナは、夫であるウィリアムと上手くいってないのだという。


 新聞販売店ニュース・スタンド「ギョックス」はウィリアムとヘレナの夫妻による共同経営だった。

 ヘレナの話では、彼女は電報オペレーターの業務を担当しており、ウィリアムは店頭に立って新聞や雑貨品の販売を担当しているのだという。


 そう、ヘレナは人妻だった。


 もっとも、このことはボクとヘレナの付き合いとは関係ない。

 なぜなら、ボクたちの関係は肉体を伴うものではないのだから。


 話を続けよう。


 電報オペレーターの業務は、自動電信機の発明により、以前よりもずっと簡単なものとなった。

 「ギョックス」に自動電信機を導入してからは、オペレーターの業務とそれ以外を、二人で分担する必要がなくなったそうだ。


 それからウィリアムは、販売の業務もオペレーターの業務も、そのどちらもヘレナに任せて、昼間から遊び歩くようになったという。

 自分は業務で忙しいから確認できないが、ひょっとしたらウィリアムは他所で女をつくっているのではないか――という話だった。


 ボクは数年前までホワイトチャペル地区で起きていた、凄惨な「切り裂きジャック」事件のことを思い出した。

 あの事件で連続殺人鬼の犠牲となったのは、貧民窟で生活していた職業売春婦たちだった。


 女遊びの相手には事欠かないだろう。

 元より、あの地区はそういった場所なのだ……。


 一人で多忙な業務に追われ、女遊びに惚ける夫のために身を粉にして働くヘレナのことを想うと、ボクは胸が締め付けられるような思いがした。

 せめてボクが彼女の人生の潤いになってやれないだろうかと。


 そうしてボクたちの、通信上の交際が始まったのだ。

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