第一話「ワイヤード・ラブ その④」
ホワイトチャペル地区。
数年前まで続いていた、かの『切り裂きジャック』事件で知られる貧民窟の一角、中でも比較的治安が良い大通りに、我が愛しのヘレナ・ブレットが営む
「ギョックス」と近隣の郵便局との間には電信ネットワークが直通している。
新聞の発注数や速報といったやり取りを、商売先と密に交換するためだ。
ボクはここ一年ほど、「ギョックス」の看板娘であるヘレナと付き合っていた。
それも、一度も顔を合わさず、会うこともないまま――純粋で精神的な、文学的な「愛」を交わしていたのだ。
そう――「通信上の恋」だ。
中央郵便局の電信ネットワーク回線は、ボクと数人のオペレーターの持ち回りで管理している。
以前は目が回るほど忙しいときもあったそうだ。
それぞれの回線が常にメッセージでパンクしており、矢継ぎ早に処理しなくては業務が回らない、といったことも珍しくなかったという。
ところが、ボクが務め始めた頃にはすでに自動電信機が実用化されていたのと――電報自体が時代遅れになりかけていたのもあり、暇を持て余していた。
そういうとき、ボクたちは上司の目を盗み、決まって「暇潰し」に興じていた。
「暇潰し」の相手は、主に市内で繋がっている他局のオペレーターだ。
たとえば手元に盤を置き、互いの差し手を送ることで、ゲームができる。
流行りのゲームはチェッカーだったが、ボクはチェスの方が好みだった。
もっとも仕事が忙しいときや、上司の見回りがあると中断することになる。
そういった事情から、長い集中力が必要なゲームは廃れていった。
次第にオンラインでの会話は、生産性がない刹那的なやり取りで占められることが多くなっていった。
内容は主に、くだらないジョークや身内の醜聞、よもやま話、etc、etc……。
中でも人気なのは、互いのユーモアを競う「お題遊び」だ。
出題者が「お題」を決めて、一斉送信する。
その「お題」に対するジョークを思いついたら、思いついた方から送信していく。
勝敗を決めるルールはないが、勝敗自体はハッキリとつく。
「一番面白い奴」が勝ちで、誰が「そう」なのかは見ればわかるのだから。
ボクたちはこの遊びを「
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