第一話「ワイヤード・ラブ その③」

 ボクはロンドン中央郵便局に務める電報オペレーターである。


 「電報」――。

 電信ネットワークを利用して文章を送信するサービスのことだ。


 株式市場の情報や競馬の速報といったビジネスに関わる情報から、私人によるちょっとした連絡事項やお祝いの連絡など。

 そうしたメッセージを管理するのがオペレーターとしてのボクの職務になる。


 電報の料金体系では、送信する文章を参照し、一文字ごとに課金されていく。

 多くの文字を送受信するのはネットワーク回線を圧迫することに繋がるからだ。

 その性質から、必然、電報で送られるメッセージは短い文章となる。

 長くても二、三行のセンテンスで終わることが多い。(ボクの経験では。)


 気送管エア・シューターは、電報では送信できないような長い文章が書かれた手紙を、郵便配達員の手を借りることなく郵送するために発明されたものだ。

 そのため、電報オペレーターであるボクは気送管エア・シューターを利用することができる。


 さて、気送管エア・シューター――ボクの殺人計画の根幹となる装置――について説明しよう。


 チューブ内で射出するのは、樹脂グッタペルカ製の細い管で出来た運搬機だ。

 この管に丸めた手紙などを入れて、チューブにセットする。

 セットされた運搬機に圧縮された空気エアを撃ち込むことで射出を行なう。

 射出後の運搬機はチューブを通り、ロンドンの地下を時速30マイル以上のスピードで飛んでいくことになる。


 ――まるで、弾丸のように。


 電報と気送管エア・シューター

 かつてはこの二つが主要ネットワークの両翼を担っていたシステムだった。


 もっとも、電報の方については――今の時代では全盛を過ぎたのは否めない。


 スコットランド生まれの科学者、グラハム・ベルは遠いアメリカの地にて「通話者の声を届けることができる新しい電報」――電話を発明した。

 電話によるコミュニケーションは80年代の後半から爆発的に流行し、現在(1894年)では、すでにネットワークの中心はそちらに移っている。


 以前は各地の郵便局で重宝された電報オペレーターは、その多くが人員整理リストラの対象となった。

 自動電信機の発明により、電報を管理するのに必要なオペレーターの数が、これまでよりグッと減ってしまったのもある。


 声ではなく、文章――それもごく短い文章だけを――届けるサービスである電報の価値は、もっぱら遠隔地にあるニュースを手早く届けることができるという「速報性」にのみ限られることになった。


 とはいえ、そのおかげでボクは――肉体的な接触を伴わない――真実の「愛」に出会うことができたのだけれど。


 そろそろ話すとしよう、ボクが殺人計画を実行するに至った動機を。


 かくも愛しき「まだらの網ワイヤード・ラブ」の始まりと、崩壊について。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る