第一話「ワイヤード・ラブ その②」

 ボクの動機は至って平凡なものだ。

 (その手段の特異性とは裏腹なことに。)


 愛する人に、愛を裏切られた。

 それもこの地上で最も尊い非性的プラトニック純粋プリミティブな愛を。


 自己紹介しておこう。

 ボクの名前はモリス。モリス・マッケンジー。

 ロンドン中央郵便局の職員だ。


 ボクの目の前にある「これ」が気になるだろうか。


 音楽家が見れば、荘厳なパイプオルガンのそれに見えるかもしれない。

 医学者が診れば、あるいは金属で造られた十二指腸の模型に見えるか。


 くすんだ黄金こがね色をした真鍮製のチューブが壁面を這いまわっている。

 胃も腸も肺も、その全てが機械で構成された巨人の体内の如き施設だ。

 奇妙に整列を保ったまま湾曲するチューブの先を追うと、まるで銃口を突きつけるかのように、ぽっかりとした丸い穴がこちらに向いている。


 居心地が悪い。


 不定期に、轟々という耳障りな不協和音が鼓膜を揺らす。

 耳を通じて脳の奥底にまで不快感を分けてくるのが、この職場の厭なところだ。

 これは性根の悪い悪魔が奏でるオルガン交響曲ではなく、チューブの中を通る空気エアが、直径3インチほどの運搬機を射出するたびに放たれる「発砲音」である。


 ロンドン中央郵便局、気送管エア・シューター 統括システム。


 1894年。

 世界に誇る先端科学都市ロンドンの地下、まだらに巡らされた網目インターネット

 中央郵便局と、十数か所の周辺郵便局、その先にある配達先を繋ぐ都市の血管。


 この気送管エア・シューターこそが、ボクの殺人計画における「凶器」なのだ。

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