第10話 グルメ聖女、下ごしらえ

 

 捕虜が食事だなんて、非常識なんてありきたりな声はムシムシ。

 潰れたお野菜をおいしくする以上に優先すべきことなんてこの世にないよね。


 というわけで、とれたての野菜を片手に後ろを振り返れば、部屋の隅っこで体育座りしているステラと目が合った。

 一応、キッチン借りるねと家主に断りを入れたつもりだけど、「もう、勝手にせい」と頭を抱えて以来ずっとこちらを睨んでくる。


 だけど、そんな無言な抗議に、取り合う余裕など私にはなく。

 念願の食材を前に胸躍らせていた。


 さーて、野菜ちゃーん。今すぐおいしく調理してあげますからねぇ。

 そうして湧き上がる好奇心を爆発させようとしたところで、

 

「ワシを捕縛を解いてよいのか? ワシはそなたの命を奪おうとしたのだぞ」


 背後から絞り出すようなステラの声に、私は眉をしかめて後ろを振り返る。

 どうやらまだ完全に信用を得られたわけではないらしい。

 だけどその言葉に対する答えはもう決まっていて、


「うーんいろいろと行き違いはあったかもだけど、そこまでする必要もないいっていうか。ぶっちゃけ今は料理に集中したいんだよね」

「なんじゃと? そなた自分の命より、目の前の森の恵みのほうが大事だと申すのか」

「うんそうだけど」


 こくりと素直にうなずいてやれば愕然とした表情で私を見つめるステラ。

 あれ? 何かおかしいこと言ったかな。

 だって生きていくためには、何より食べないことには始まらないと思うんだけど、


「たしかに私はアンタに殺されかけたよ? だけどそれは私が勝手にアンタの畑を荒らそうとしたからであって誤解が解けたいま、もう争う意味はないんじゃないの?」


「それとも縄で縛ってほしい系の変態さんなの?」と聞けば、そんなわけあるかと即答が返ってくる。


 うん。だったらそれでいいんじゃない?

 畑を荒らしたのはもちろん悪いとは思ってるけど、ぶっちゃけ、アンタの命を奪っても何の腹の足しにもならないわけだし。


「……なるほど、ただの外界人、というわけではないようじゃな」

「そそ、私は自分にはあまーい女なの」


 だからこれ以上ご飯をお預けされるのもごめんだし、料理ができるまで大人しくしててよ。そのために縄の拘束解いたんだし。


 そういってヒラヒラと会話を終わらせれば、どこか納得したようなため息が返ってきた。


「ふん。ひとまずはそなたにワシを害する意思がないことだけは信用してやろう」

「はいはい。そうしていただけると私も助かりますよー」

「ところでアリシュナといったか。そなた。ワシが育てた森の恵みを使って一体なにをしようとしておるのだ? 見たところ何かの儀式のようじゃが」

「うん? なにってそりゃ料理の準備だけど」

「りょ、料理じゃと。まさか外界人が行う邪教の呪術のことではなかろうな!?」


 そういって包丁を研ぐ手を止めれば、ステラの方から悲鳴に近い声が上がった。

 え、なにその反応。

 ただ料理作るだけなんだけど。


「えーっと、なんか不吉な場面を想像してるとこ悪いけど、安全だよ? 別にあなたを食べようとかそんなんじゃないし」

「そういうのは刃物をおろしてから言うもんじゃろうが!!」


 いやそんなこと言われても。

 こっちは早く下処理しないと野菜の鮮度ガンガン下がるから、ちゃっちゃっと調理したいんだけど。

 すると、キッと眉を吊り上げたステラがその小さい体を一生懸命使って、私から森の恵みを取り上げようと近づいてくるではないか。


「おぬしは知らぬようじゃから言っておくが、森の恵みに火を通すなど愚かな真似はやめよ! 身体が呪いにむしばまれるぞ! 森の恵みに魔王の呪いがかかっていることを知らぬのかそなたは!」


 あーなるほど。だからこの家にかまどがなかったのか。

 たしかに調理スキル使わないと食べれたもんじゃないもんね。この世界の食べ物。

 そういう事情があるならステラの慌てようも理解できるけど、


「だいじょぶだいじょぶ、私の調理スキルの腕にかかれば、呪いなんてちょちょいのチョイよ」

「森の恵みと外界の恵みを一緒にするな、馬鹿者! うすうす気づいておったが森の恵みに火を通すなど非常識が過ぎるぞ! いくらワシが丹精育てた森の恵みが他とは異なるとはいえ、その若さで死に急ぐなど何を考えて」


 とここまで流暢に言葉をつづっていたステラが何かに気づいたのか。突然、その小さな体を抱きしめ、徐々に顔色が青くなっていく。


「――まさかそなた。その料理なる邪教のいけにえに、ワシの身体を使うつもりではなかろうな!?」

「だーかーらーそんな物騒なことしないってば」


 私を山姥かなにかと勘違いしてるわけ?


 だいたいそこまで慌てることなの? 

 確かにこの森の食材はマズいけど、街の食材とそんなに変わらないでしょ。町とかでも普通に流通してるし。


 それに私、美食のためとはいえ、自分と同じ姿をした人を食べる趣味はありませんから。


「はぁ、この様子だとエルフの料理は期待できないかー。結構楽しみにしてたんだけどなー。異世界郷土料理」

「何をがっかりしとるか知らぬが、とにかく、森の恵みに手を出すのはやめておけ。あとワシらをその名を呼ぶでないというとるであろうが。ワシらのことはエルガの民と呼べ!」

「はいはい。わかりましたよー」


 まったくなんで、エルフってなんでこんなに頑固なんだろ。

 やっぱり長いこと生きてると、考え方まで硬くなるのかねぇ。

 私はずっと若々しさを解き放っていたいけど、


「今はこっち優先っと」

「あ、ちょっと何をする!?」


 野菜の入った籠ごと取り上げ、ステラの届かないキッチンの上に並べていく。

 さーて、念願お野菜ちゃーん。どう料理してあげよっかなー。


 とりあえずわかりやすい形をした三種類の野菜をまな板の上に並べていく。

 真っ赤な気の実みたいな野菜に、どこかキャベツにも似た葉っぱもの。あとはベーコンをバラのように包んだピンク色の野菜なんかがある。


 とりあえず。ぱっと見で私が使えそうな見た目の野菜はこんなところかな。


「形はだいぶ崩れてるけど、どれも新鮮そのものって感じね。ねぇステラ。いまから晩ご飯作るけど、もちろんアンタも食べるよね?」

「火を通したメシなど森の掟に判ずる。ワシは絶対に食わんぞ」

「はいはい。わかりましたよー」


 ジト目で私を睨み上げるステラの言葉を軽く流し、さっと腕まくりする。

 まったく強情なんだから。

 あとでほしいって言っても分けてあげないんだからね。


「さーてと、かまどに火を入れてっと、とりあえず使えそうな野菜の選別から始めますか」


 アイテムボックスから土鍋を取り出し、レンガのかまどにセッティングしていく。

 生活魔法で鍋の中に水を投入して、お湯が沸くまで一つ一つ野菜を選別する。

 どれも傷んでるけど、今すぐ調理すればおいしくなるだろうけど、


「ねぇこの【ミトの芽】ってなんなの?」

「……ミトの芽はミトの芽じゃ。それを食べると、ワシらの肉体に活力を与え、血肉を作るとされておる。外界人で言うところの、肉を補うために使われておるな」

「へぇそんな不思議な効果があるんだ。さすが異世界」


 お肉食べれないってくらいだし、さしずめ大豆ミート的なものなのかな。

 森の生き物はシロネたちの供物っていうくらいだし、まぁありえない話じゃないか。

 それにしても、


「野菜なのにお肉の代わりねぇ。うまいことできてるじゃん」


 ほんと、呪われてる割には不思議な食べ物が多いよね、この世界。

 まるで、世界が食わず嫌いを許していないみたいじゃん。


 すると訝しげにこちらを睨みつけるステラが、ため息交じりに、作業台の上によじ登ってくるではないか。


「手伝ってくれるの?」

「そなたに任せっぱなしでは、せっかくのワシの恵みが台無しにされそうで見ておれん。そもそもこんなのも常識であろう。そなた、いったいどこの田舎の生まれじゃ」


 あーそういえば言ってなかったけど私は異世界からやってきたJKだから


「異世界!? ずいぶん妙な風体な外界人だと思っておったがまさか、そなた、異世界からの召喚者というやつだったのか!?」

「そそ、日本っていうところからやってきたの」


 ステラの言葉にうなづきながら、包丁を使って野菜を手ごろな大きさにカットしていく。


 さーてこれまでいろんな木の実や果物はあったけど、野菜は初めて扱うわけだけど、


「それでこの後はなにをするつもりなんじゃ」

「うーん、そうだね。この次は鑑定してから味見かな」

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