第8話 グルメ聖女、密猟者と疑われる


 それでもって私の予想は当たっていたらしく。

 どうやら私は、食糧庫に閉じ込められていたらしい。


 私としてはあの幸せな空間にずっと包まれていたかったんだけど、どうやらそんな簡単に許してもらえる雰囲気じゃなそうだ。


 そんなわけで現在。

 畑泥棒の疑いをかけられている私は魅惑の野菜畑を横断し、やけに古めかしい部屋に連れてこられた。


「さて、それではそなたの弁明を聞こうではないか。外界人よ。なにゆえ、ワシの領土を荒らした」


 ドカッと胡坐をかき、睨みつけるような眼で私を見つめるステラと名乗る子供はどうやらご立腹らしい。

 まぁ自分ちの畑が荒らされたんだ怒るのも無理はないか。


 だけどこの声、なんとなく聞き覚えがあるような。


「あ、私が気絶した時に木の上から降ってきた子!」

「ふん。覚えておったか。ワシらエルガの民の毒矢を受けても死なずに生きているとは、外界人にしてはなかなかしぶといやつじゃな」


 そうだ。私が気絶する時に、樹の上から降りてきた子だ。

 とするならこの子が私をここに連れてきたってことになるけど、その前に。


「ええっと、お父さんとお母さんは?」

「ワシは幼子じゃないわ!!」


 ゴチンと遠慮なく頭をひっぱたかれた。


「いったー、ちょっとアンタ、いきなりなにすんのよ!」

「開口一番、無礼を働いたそなたが悪い。まったく。どいつもこいつも、ワシが小さいからといって子ども扱いしおって。こんな見た目でも、そなたより多く生きているというのに」

「はぁ、そんなわけないでしょ。どこの世界にこんな若々しいお年寄りがいるのよ」


 民族衣装はどこかの部族って感じだし。

 浅黒い褐色の肌に、金色の瞳はこの辺に住む人の特徴なんだろうけど、その身長で私より年上って絶対あり得ないって。


 でも待てよ私。ここは異世界。

 日本の常識でものを考えてはいけないことはすでに経験済みだ。

 それによく見ればあの特徴的な長い耳、それでいて子供なのに長生きな種族って、どこかで聞き覚えなかったっけ。


「あ、もしかして、アンタえるふ?」

「――ッ! なぜそれを――」


 どうやら本気で驚いてるっぽいけど、あーそうだそうだ。思い出した。

 森の住人っていえばエルフが鉄板ネタか。

 確かオタク君がなんか熱くエルフたん萌ゆる! とか言ってたっけ。


 となるとここはエルフの集落か何かなのかな? 

 野菜とか育ててるし、案外隠れ里だったりして。


「それにしても、エルフってみんなアンタみたいに小っちゃいの? もっと背が高くてすらっとしたイメージがあったんだけど」


 思いついたまま、子供とは思えない俊敏さで床に押し倒された。


「そなた。いま何と申した」

「うん? だからエルフってみんな小さいのってうわ!?」

 

 いったぁ!? ちょっとなにすんの。

 いくら小さいってからかわれたからって、なにもここまでする必要ないんじゃないの!!


「答えよ小娘。なぜ我らの種族名を知っておる、それは失われた我が種族の名ぞ」


 スッと鋭いナイフが喉元に当てられ、見下すような鋭い視線が突き刺さる。


 あ、あれー? なんか地雷ふんじゃった感じ?

 え、いや、だって耳がとがっているし。

 森に住んでるイメージって言ったらエルフしかないよね?


 だけど噂で聞いているエルフとは、なんだか肌が焼けているような――?


「えっと、あの。それを答える前にここがどこだか聞いてもいい、かな?」

「ここはハロスの樹海にあるワシの領地じゃ。そなたは、怪しげな呪術を用いてワシの畑を荒らそうとしたのだろう」

「ハロスの、樹海?」


 とりあえず考える時間が欲しくて、つい飛び出た質問だったけど、どこかで聞いたことがあるような単語だ。

 ええっとハロスハロス。どこで聞いたんだっけ?

 なんか重要な単語だった気がするんだけど。

 記憶を引っ張り出そうとすると、呼んでもいないのにブォンといきなりステータスが現れた。


【ハロスの樹海

 呪いの元凶の亡骸が封印された聖地。

 そこに住むありとあらゆるものが呪われ、作物は多くの実りをもたらし、今も世界に大いなる富をもたらし続けているという】


 へー、そんなすごい場所なんだ。


「え!? ここあの、ハロスの樹海なの!?」


 それじゃあ。ハロスの樹海に住んでいる蛮族って――


「ふん。蛮族か。ワシらエルガの民を蛮族呼ばわりとはいかにも森の外に住む外界人が好みそうな言葉じゃな。というかどこを見て納得しておる」


 やや、呆れたような、怪しむような侮蔑のこもった視線にビクビクする。

 あ、そうか。ほかの人にはこのステータス画面見えてないんだ。

 

 とりあえず――


「あーの、とりあえず、ちゃんと訳を話すからこの縄ほどいたりはー」

「できるはずがなかろう。我らエルガの民には外界人が無断で聖域に踏み入った場合、処罰する掟がある。ワシは今すぐそなたの顔の皮を剥いで捨ててやってもよいのだぞ」


 うひぃなにそれ。すごい野蛮すぎるんだけど!?


「それにそなたは樹海の禁忌を犯した疑いがあるからのう。そうやすやすと解放することはできぬな」

「禁忌?」


 あー、それってそのぅ。

 畑のお野菜を勝手に食べちゃったこととか?


「違う。それよりもっと重い罪じゃ」

「え、ご飯を盗むより重い罪ってこのよにあるの!?」

「……そなた、森の供物を食したろう。この樹海に住まう獲物はすべて、森神さまたちのもの。森神さまの許可なく森の恵みを食すのは禁忌にあたる。ここ最近、森神さまたちの動きが活発化しておるのはそなたの仕業ではなかろうな」


 森神さま?

 へー、そんな大層な名前の化け物がこの森にいるんだ。

 そういえば、シロネも危ないやつがいるから気をつけろって言ってたような。

 でも、私はシロネに守られてたからこの森にくだらないルールがあるなんて知らなかったし、多くの供物が消えてる? のだっていったい私と何の関係が――


「あ゛っ、もしかして――」

「やはり心当たりがあるのだな! 森の禁忌を破った報い、いますぐ払ってもらうぞ」 


 わー! ちょっと待ってって! 

 たしかにお肉は食べたけど、ほとんどシロネがとってきてくれたものなんだって。


「シロネ? 誰じゃそれは、おぬしの仲間か」

「この森に住むオオカミの名前よ。あ、今は故郷に帰ってるんだけど、白くて大きな腹ペコオオカミのことなんだけど」


 この森に長く住んでるなら見たことくらいあるんじゃない?


「狼、もしや大神様のことか」

「そう、その大神様。私、その子とマブダチなの」

「大神様が友、だと? ふん。嘘をつくならもうちっとマシな嘘をつけ小娘。あの偉大なお方が、おぬしのようなみょうちくりんな小娘のもとに現れるはずがなかろう。そなた、自分の命が惜しいからといってそのようなでまかせを言っておるのではなかろうな」

「だからデマじゃないって。私のご飯を食べて白くて小っちゃくなったの! それに――」

「それに? なんじゃ」

「け、眷属になってもらったの」

「なん、じゃと?」


 予想外と言いたげな反応に、顔が熱くなる。

 ううっ、これは言いたくなかったのに。


「そなたのような只人に、あの方が主従の印を刻んだというのか。しかも従属じゃと!?」

「そう。あの子と私はちょっと複雑な関係なの。だからいい加減この縄をほどいて――ってちょ、なにすんの!?」

「大神様はワシらエルガの民にとって守護獣といってもいいほど尊い存在じゃ。それを、それを従魔ふぜいと同じ扱いにまで辱めようというのか、人間」


 ワナワナと指先が震え、ただでさえ鋭かった視線がいっそう痛くなる。

 といか目の端からぽろぽろ涙こぼれてますけど。

 もしかして泣いてる?


「うっ、うっ、な、泣いてなどおらぬ。ワシだってあの方にお仕えしたかったのに。そなたのようなぽっと出の外界人に先を越されてめちゃくちゃ悔しかったとかそんなんではない!!」


 いや絶対、根に持ってる言いかただよね、それ!?

 というか眷属にしてもらえなかったから悔しいとかどんなマゾ宣言!?

 アンタを殺して私も死ぬって、ヤンデレじゃあるまいしッッ!!


「うるさい! 我らの真名を暴いたばかりか、ワシが敬愛してやまぬ森神さままで愚弄するとは。少し脅してから解放してやろうと思ったがやめだ! その傲慢、ここで償ってもらうぞ!!!!」


 ひぃ、この子。

 本気でナイフ振り上げてきたよ!?


「ちょ、まっ話し合おう。たしかに私とシロネは主従関係だけど、アンタが心配してるような関係じゃないから。ただのお世話係だから」

「問答無用」


 あーもう。契約さえしてれば安全って言ってたのに。

 シロネの嘘つき!!

 こんなことならあの子についていくんだった。


 私の文句もむなしく、まっすぐ振り下ろされる黒曜石のナイフ。


 すると、胸元にしまっていたシロネの首飾りがまばゆくひかり、ガキンとナイフが空中で止まった。


「なっ!? これは!?」


 突然の出来事に驚きの表情を浮かべるステラ。

 その驚きもつかの間。首飾りから放たれるまばゆい光が輝きは、次に大きな閃光となって古びた部屋を包み込んだかと思うと。


 ドンっ!! と大地を揺らすような爆音と、バキバキと何かが崩れるような音が響き渡り、部屋全体が大きく揺れた。


「え、なに!? いったいどうなったの!?」


 そうして恐る恐る目を開ければ、意外にもほとんど無傷な状態でがれきに埋もれる形で目を回したステラと、無残に転がる野菜畑が広がっていて――


「きゅぅ~~」

 

 半壊になった家の中で一人黄昏る私は、友人が置いていったお守りのえげつない効力にドン引き、今後起こるであろう展開を考えて頭を抱えるのであった。

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