第6話 グルメ聖女、刺客に襲われる


 びしゃああああ!! とご飯を投げつければ、吸収したらしきビックスライムから「ぷきょおおおおおおおお!!」と絶叫が上がる。


 そしてスライムの体を構成する核が消えたかと思うと、


「うわ」

「げへ」

「でぶぅ」


 三人の男が吐き出され、不細工な声が上がった。

 どうやらまずくて吐き出したらしい。

 ほかの二人は気絶しているようだが、リーダーらしき男が訳も分からず、といった様子であたりを見渡していた。


「な、なにが起きたんだ」


 そして目の前で起こった出来事をよく理解できなかったのか。

 ドンとあからさまに地面を踏み鳴らしてやれば、私とビックスライムを交互に見るなり徐々に顔が青くなっていき、


「さて訳を話してもらいましょうか」


 そんなわけでお説教タイム。

 もちろん。野郎は正座だ。

 それだけ私の食事タイムを邪魔した罪は重い。


「んで、私に絡んだ本当の理由はなに?」

「……それは」

「この期に及んでまだ適当なこと抜かすんだったら、あのスライムと同じ目にあってもらうよ」

「くっ、それが、大恩ある伯爵さまの娘が病気なのだ」


 そう言って唐突にリーダーの男が語りだすには、どうやらお世話になった恩人の娘が病気で死んでしまうという話だった。

 どうやらその伯爵って人は、この森に住むエルガの一族と親交があるらしく、月に何度か秘薬を融通してもらっていたらしい。

 

「だけど、ある時からパッタリと交流がなくなり、俺が伯爵さまに名乗りを上げたのだ。エルガの一族は情に深いという。民一人を人質にとれば話だけでも聞いtくれるのでは泣いたと思ったのだ」

「はー、物騒なことするんだねアンタら。そんなことしても、素直にはいどうぞ。なんて言ってもらえるわけないじゃん」

「だが、これしか方法はなかったのだ! 最近、隣の聖王国では、聖女召喚に成功したという噂があるが、王国は動かない。だから俺は――」


 そう言って、みっともなく男泣きを始めるリーダー。

 うっ、なんか本当に私が悪いみたいじゃん。


「秘薬さえ。秘薬さえあればなんとかなるのに」


 秘薬ねぇ。

 そんな摩訶不思議な薬が存在するのか怪しいもんだけど。

 ここは異世界。

 どんなものかわからないけど、試しに検索してみるか。


【秘薬 等級A

 どんな呪いを打ち払うため、上位素材を複数調合した万能薬。

 石化、猛毒、昏睡、ありとあらゆる病を治すとされ、

 聖女の祝福と同じ効果を持つとされている】


 聖女の祝福、ねぇ。


「ふーん。ちょっと待ってなさい」


 つまり聖女の祝福があればなんだっていいんだよね。

 それじゃあ――


「これを持っていけば、治るかどうかわかんないけど」

「くれるのか!?」

「不老不死にはならないけどね」


 もちろん取り出したるは、聖女の力によって聖別されたコショウだ。

 昔の人は、コショウを薬にしていたって聞くし、その病気がどんなものかわからないけど、おいしい料理を食べればどんな病気も治るはずだ。

 少なくとも私はそうだったし!


「そのかわりもう二度と私にかかわらないで。わかった?」



 そう言って、しっしと三人の不届き者を追い払う。

 途中、目を覚ました手下が「ひぃい!? ば、ばかものおお」と悲鳴を上げて一目散で逃げていったが、まぁ寛大な心で許してやろう。


 そういえば、いつのまに逃げたのか。人質らしき女の子もいなくなってるけど


「まっ無事に逃げたんならいっか」


 面倒ごとは向こうから消えてくれたのだ。

 これ以上、私があいつらのことを気にする理由はない。

 コショウの件だって効かなかったら効かなかっただし。

 そこはあきらめてもらうしかない。


「問題は、これをどうするかだよね」


 完全に、核がつぶれたビックスライムの死骸を見上げる、ポリポリと頬を掻く。


 仕留めたからには、まるっとおいしく頂くのが私の流儀。

 向こうにいた頃もお残しだけは絶対にしなかったし、それはこっちの世界にやってきてからもその流儀は変わらない。


 だけど――


「何度も退治してきた宿敵だけど、そもそもスライムって食べれるの?」


 いや、ちゃんと呪いさえ解けばこの世界の魔物のお肉がおいしいのはわかるよ?

 だけどこいつすごいぐんにゃりしてるし、ぶっちゃけ味の想像がつかないんだよね。


「とりあえず解体してみよっか」


 包丁で、えいやと刺せば、解体スキルが発動し、豆腐のように整形された半透明のゼリーの山が出来上がった。

 うおおっ、元々の大きさが大きさだから、それなりの量になるだろうと思ったけど、想像以上だ。

  ぶっちゃけ食べきれるかな?


「あとは、これがおいしい料理に活用できるのを祈るばかりなんだけど」

 

 どれどれ、一口味見っと。

 うん? あれ? 味がしない? 触感はアロエっぽいのかな? 

 噛み応えは面白いけど、まるで味のつけていない寒天を食べてるみたいな感じだ。


 聖別して味がほとんど感じられないなんて、それこそ初めてのことだけど、


「とりあえず鑑定っと」


【種族:スライムの葉肉×100 等級:S

 調合の万能合成材といて、あらゆる素材と親和性のある未知の素材。

 精製することによって調味料の素にもなり、食通には欠かせない人気の一品】


 うおおお!! 思わぬところで調味料の素ゲットだよ。

 そうか。おまえら、実はそんなに便利な生き物だったのか。


「シロネたちはお肉にしか興味なかったから新発見だよ!!」


 あの子ら強すぎて、自分たちより弱い魔物が寄り付かなかったもんね。

 スライムでこれなら他の魔物の素材にも期待できそう。


「ふふふ~ん。さっそく調合、調合っと」


 スキル【調味料生成】を開き、調合できる素材を確認する。

 といってもコマンドに表示されるのは、塩、コショウのほかには、さっき手に入れたスライムの葉肉とあとは、森でいくつか拾ったマナナの実くらいか。

 マナナの実は、スライムの葉肉が使えるようになったから項目に追加されたのかな?

 まぁ塩と胡椒を調合しても、塩コショウになるだけだし、


「とりあえずお試しでマナナの実とスライムの葉肉を調合してみるか」


 どうやらアイテムボックスの中に素材があれば、指定した量を勝手に生成してくれる仕様のようだ。

 いくつかの果実をスライムの葉肉を選択し、調合開始と書かれたボタンをタップする。


「さーて、どんな調味料ができるかなぁ」


 調合完了までは、二時間かぁ。

 まぁ夕食に使えればいいし、楽しみだなぁ。


「それにこれでうまくいったら、さらなる美食が食べられるわけだし」


 ふっふっふ、あの子らの驚く顔が今にも浮かぶようだよ。

 勉強するのは大っ嫌いだけど、全てはこの世のすべての食材のため!!

 たくさん調合して、たくさんの調味料を開発するぞー。


 そんでもって――


「めざせ異世界料理、全制覇ッッ!!」


 そうしてテンションMAXで、立ち上がれば、タイミングよく私のお腹がぐぐーっと鳴った。

 ああ、そうだ。

 テンション上がりすぎて忘れてたけど、私まだ昼ごはん食べてないんだった。


「おなかすいたな……」


 ウサギ鍋の口だっただけに、しょっぱいものが食べたい。

 だけど、手持ちには森の果実しかないし、


「うん? そういえばあいつらこの先になにかあるっていってなかったけ」


 匂いにつられたとか言ってたけど、もしかしてこの先においしいものがあった感じ?

 たぶん。こっちのほうに向かったのかな。


 そうして頼りない足取りで、森をかき分けていけば、開けた森の中で、珍しい光景が目に飛び込んできた。


 あれ、ここってもしかして――


「畑? だよね?」


 なんだか信じられず目をこするけど、うわ、やっぱりそうだよ!

 これ、絶対に野菜だ! 見たこともない、野菜らしき植物が等間隔で実ってる。

 鑑定、鑑定しなきゃ!!


【マトト。 等級C

 呪いを弱体化させた、酸味の強い赤い野菜。

 素材本来のうまみが存在する珍しい食材】


「――あれ? 呪いが消えてる」


 というか聖別してない状態で等級Cって何気に初めて見たかも。

 森の果物や木の実でも等級Eが限界で、ここまで高い等級はお目にかかったことがない。


 というか呪いが弱体化してるってことは、やっぱり呪いを除去して育てる方法がやあるんだ!!

 すごい。ほかの野菜も見たことのないものばっかりだし、だいたいCランクと等級が高い。

 もしかしなくてもこの辺に人が住んでたりするのかな。


 だけど今の私の興味は断然、熟れ切ったマトトにしか向かず、


「これを使って料理したら、一体どんな味がするんだろ」


 うう、想像しただけでよだれが出てくる。

 あたりを見渡し、生唾を飲み込む。


 誰もいない、よね?

 こんなにたくさん実ってるんだから。一つくらい頂戴してもいいよね?


 鼻息荒く立ち上がれば、ゆっくり野菜に手を伸ばす。


 すると首筋にチクっとしたものが刺さった。

 うん? 蚊にでも刺されたかな。

 まぁ森の中だしありえなくはないか――ってあれれ? 景色が傾いているぞ。


「ありぇ? なんで私、たおりぇてりゅの?」


 しかも頭が回らない。興奮しすぎて貧血を起こした?

 なんか瞼も重くなってきたし!!


 すると私の頭上から、なにか人のようなものが下りてくるのが見えて


『やけに森が騒がしいから来てみれば、なぜこの聖域に外界人が――』


 どこか幼い子の声を最後に、私の意識は静かに闇の中に消えていった。

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