第5話 グルメ聖女、逆鱗に触れる


 どうやら私の食事は、面倒ごとに邪魔される運命らしい。


 うららかな昼下がり。

 いざ、実食とウサギ鍋を食べようとすれば、ショッキングな光景が飛び込んできた。


 漫画的な世紀末でも、こう綺麗に人さらいの現場に遭遇することなんてない。

 私はただゆっくり目の前のご飯を食べたいだけなのに。

 どうして、私はこう面倒ごとに巻き込まれることが多いんだろう。

 

 恨むよ、神様!!


 そんなわけで。


「うん。ここは友好的に行こう」


 もしかしたら人助けした帰り道なのかもしれないし。

 これ以上、ウサギ鍋が煮えたらせっかくの味が台無しになっちゃう。

 ここは穏便に話を――


「へへようやく見つけたぜ。姫さんよ」


 あーどう見ても穏便にいかないわ、これ。

 なにげにこの森に入って初めてのエンカウント。

 事情を話せばわかってもらえると思ったけどダメだったね。


 さぁて、どうしよう。ウサギ鍋ちゃんが焦げ付く前に何とかしたいんだけど。


 じっとくつくつ煮え立つウサギ鍋を一瞥すれば、案の定、ガラの悪いリーダーらしき男が私を見るなり、下卑た笑みで腰の剣を抜き放った。


「おっと動くな。こいつがどうなってもいいのか!!」

 

 肩に背負われた女の子は、気絶しているのか。動く様子がない。

 この男の口ぶりからして、あのバカ王国が執念深く私に仕返しに来たのか、とも考えたけど、


「そのやけに腹の減る匂いにつられて来てみればそいつが例の秘薬ってやつか。危険な森に入った甲斐があったもんだぜ」

「はい?」

「おっと、とぼけても無駄だ。おまえ、こいつと同じここら辺に住んでる蛮族だろう。同族を無事に返してほしければ、俺たちの言うことを聞くことだな」


 そういって肩に担がれた意識のない少女に視線を飛ばし、下卑た笑みを浮かべ始める男たち。

 どうやら彼女は人質のつもりらしいけど。


「フーン勝手にすれば、あ、私のご飯の邪魔しないでね」

「は、はぁ? 勝手にしろって、テメェ自分が何言ってるかわかってるのか」 


 あっさりと言葉を返せば、まるで私が人でなしみたい反応が返ってくる。

 予想外の行為だったのか、みんな一様に同じような顔を浮かべている。

 だけど、私にしてみれば人質よりお昼ご飯のほうがよっぽど大事で、そもそも――


「えーと大変申し訳ないけど、脅す相手間違えてない? 私、その子と無関係なんだけど」

「んなわけあるか! こんな不思議な匂いを漂わせるのは呪われた呪術を繰り返す蛮族だけだ。それに、そいつが噂の不老不死の秘薬なんだろ。さっきから視線が離せずにいるぜ」


 それはアンタらのせいで、鍋が焦げ付かないか心配してるだけですっ!


 だけど、こいつらが何か勘違いしていることだけはわかった。

 どうやらこいつらはその、秘薬? を求めてわざわざこんな危険な森の中に入ってきているらしい。


 てっきり王国関係だと思ったんだけど、私の思い違いか。


 それにしても蛮族? っていったい何のこと? 私以外に、こんな物騒な森に住んでる人たちがいるってこと?


「ふん。とぼけたって無駄だぜ。お前ら、エルガの民だろう! この呪われた森で魔王の復活を待ち続ける亜人族だって。俺たち冒険者の間じゃ有名なんだよ」


 へー、そんな人たちがいるんだ。

 というか、アンタら人さらいじゃなく冒険者なんだ。

 とりあえず――


「えーと、私はその蛮族とは無関係なんでどっか行ってくんない? アンタらだって無駄骨はごめんでしょ?」

「ふん。そうやって助けを呼ぼうったって無駄だぜ。お前らのことは伯爵さまから詳しく聞いてんだ。痛い目を見る前にそいつをよこしな!」


 ……はい? 

 今なんて言いました?


「そのやけに腹の減る秘薬をよこせっつってんだよ」

「…………本気で言ってるの、それ」

「ふん。この俺さまだってオーガじゃねぇんだ、大人しくそいつを渡せばこいつを解放してやるよ」

「へへ兄貴。こいつビビってますぜ」

「なにせ俺たちゃ町でも有名なB級冒険者だからな。おい、お嬢ちゃん。このガキみたく痛い目に合う前に兄貴の言うことを聞いた方がためになるぜ」


 そう言ってせせら笑い、武器をこちらに向けてくる男たち。

 どうやら、私がか弱い女の子だと思って、脅せば目の前のご馳走を奪いとれると踏んだらしい。


 だけど、私の胸中によぎったのは恐怖ではなく、


「そう。わたしのごはんを奪うつもりなんだ? へー」


 煮え滾る感情を口の中で転がせば、体の奥底からどす黒い感情の塊があふれ出した。

 こっちが穏便に済ませようとしたのに、私の逆鱗に触っちゃいますか。

 そうですか。


 怒りのあまり一瞬、思考が一瞬フリーズする。


 あー駄目だ。どうしよう。殺したい。

 だってそうでしょ?

 よりにもよってこいつら、私のご飯を奪おうっていうんだよ?


 食べ物を粗末にする馬鹿は許せないけど、何より私が一番許せないのは、私の食べ物を横からかっさらう愚か者で。


「アンタたち、私のご飯を横取りしようとして生きて帰れると思ってるの?」


 バキバキボキボキと無意識に発動した【身体強化】で木の幹を手で握りつぶせば、余裕顔だった男たちの顔面が真っ白に染まった。


「な、なんだこいつ。突然雰囲気が変わりやがった」

「あにき、聞いてた話と違いやすぜ。同族を脅せば簡単に薬が手に入るって言ってたじゃないですか」

「本当に大丈夫なんですかい。この女すげー怖いんだけど」

「ええいうるせぇ。いまさら後には引けねぇだろうが。これも世話になった伯爵様のためなんだよ!!」


 そういっておのおの武器を抜き放つ男たち。

 どうやら本気で私のご飯を横取りするつもりらしい。


 うん。あのわからずやの国王のように自分がどれほど馬鹿なことをしたのか、その身をもって知るといいよ。


 そうしてアイテムボックスから料理魔法を使おうとしたその時。ピリッと首筋に【危機感知】が発動し、背後から現れた巨大な影が私を包み込んだ。


「危ない!!」

「へ?」


 不意に聞こえてきた幼い声に、慌ててウサギ鍋を抱え、その場から飛び出せば、焚き火をしていた場所が盛大に吹き飛んだ。

 うおお、危ない。あやうくウサギ鍋がダメになるところだった。


「あー、もう次から次へと私の神聖な食事の邪魔するなっての!」


 というかどこのどいつだ。わたしのお楽しみを台無しにしようとした不届き者は!


 そういって怒り心頭で後ろを振り返れば、見慣れたぷよぷよの超巨大な塊が私を見下ろしていた。

 見慣れた丸っこいフォルムに、透き通るような青いボディ。

 半年間、何度も何度も、フルスイングでポイント稼ぎさせてもらった宿敵だけど。


「え、何このビックサイズ!?」


 初めて見る巨大なスライムに驚いていると、森に三人の男のだみ声が響き渡った。


「ビ、ビックスライムだあああああああああ」


 手下っぽい男が叫びに反応したのか、半透明な触手を手あたり次第伸ばし始めるビックスライム。

 風を切り、手当たり次第に暴れまわる姿はまさしく手に負えない!


「うわああああ、なんでこんな化け物がここに!?」

「だから俺はこんな呪われた森に来るのは嫌だったんだ!」

「うるせぇ、いまさらグダグダ言ってもしょうがねぇんだよ! 死にたくなかったら手を動かせ!」


 そういってそれぞれが武器を片手に勇ましく突撃していく男たち。

 私はといえば、もちろん。ウサギ鍋を片手に安全地帯で傍観のかまえだ。


 いやだって、別に助ける義理なんてないし?

 巻き込まれてウサギ鍋がダメになっちゃ嫌じゃん?

 あいつら、凄腕の冒険者らしいし、どっちかがやられたら、その片方をやっつければよくない?


 だけど私の期待とは裏腹に、人さらいらしき男たちは、あっさり触手にからめとられ、捕まったかと思うと、


「食べられた!?」


 まるで、ドジョウの踊り食いみたく食べられてしまった。

 うわ、スライムってあんな感じに人を食べるんだ。

 今まで小型のやつしかぶっ飛ばしてこなかったからわかんなかったよ。


 うーん。それにしてもどうしよう。

 アイツらを助ける義理はないけど、あのまま暴れさせるとゆっくり食事を楽しめないんだよね。

 鍋もちょっと冷めてきたし。

 ……しょうがない。頃合いを見計らって追い払ってあげますか。


「うきゅ」

「あっ」


 と重い腰を上げようとしたら、鋭くしなる触手が私の手元をはじいた。

 ガシャンと音を立てて地面にぶちまけられる私のウサギ鍋。

 ま、まだ一口も食べてないのに。


「………………殺すか」


 うん、予定変更。

 食べ物を粗末にする奴に慈悲はない。


 そんなわけで。


 アイテムボックスから取り出した【討伐用、激うま料理】をお皿に充填し、身体強化をありったけかけて大地をける。


 そんなにお腹がすいてるんだったら――


「こいつでもくらええええええええええええええ」

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