第2話 グルメ聖女、ひとたびの別れ


 そんなわけで、異世界サバイバル生活もだいぶ板についてきた頃。

 私は久しぶりにシロネの縄張りを出てキャンプにいそしんでいた。


 なんでわざわざ安全な縄張りから出てキャンプしてるかといえば、もちろん。おいしい食材を探すために決まっている。


 ここ最近、シロネたちにお願いしてご飯を用意してもらってはいるが、あの子らがとってくるのは肉類ばかりで、いい加減野菜が恋しくなってきたのだ。


 別にお肉だって悪いわけじゃないんだよ?

 だけどやっぱりグルメな私からしてみれば、いつもおんなじ献立ってのはなんか飽きちゃうじゃん?


 この森には想像以上においしい食材が実ってることだし、未知なる野菜もきっとどこかにあるんだろうなーと探しに出たわけなんだけど。

 

「いい加減、お野菜食べたい……」


 さっさとかまどで肉をあぶりながら、そっと溜息を吐き出す。

 シロナたちが一緒にいてくれるおかげか。どこに行っても魔物が襲ってくる気配はない。

 森の木の実はおいしいし、シロネたちがとってきてくれるお肉にも不満はない。


 だけどやっぱり食べたいものは食べたいのだ。

 第一なんでこんなに食材豊富なくせして、野菜らしい野菜は一つもないのよ!!

 川もあって、緑も豊かなのよ?

 どこかにトマトとかキュウリとか自生しててもいいじゃない!!


 【鑑定】さんを使っても、目につくものはみんな果実や木の実ばっかだし。

 地味したらしたで、めちゃくちゃおいしいから地味に食べたい欲にストレスがたまるのだ。


「おいしいもの食べてストレス溜まるなんてほんっっと初めてだよ」


 はぁ、あの子たちにもっとおいしいもの食べさせたいんだけなんだけどなぁ。


 シロネたち。私の作る料理――ステーキをこれ以上、ないくらいおいしそうに食べるのだ。

 それはもう、おいしそうに食べてくれるのだ。

 だけど私は日本から召喚されたから、もっとおいしいものがあるのを知っている。

 それがすごくもどかしい!!!

 

「食材さえそろえばもっとおいしいもの食べさせてあげられるのに」


 あとは調理器具があればいうことなしなんだけど。

 そうして黄昏ながら、肉の焼き加減を調整していると、後ろから鈴を鳴らすような声が私の腰辺りから聞こえてきた。


「ねぇねぇ、ありしゅなおなかへった」

「はいはい。今できるからちょっと待ってて――ってなにそれ? なんかキラキラしててきれいな石みたいだけど」

「ふひひ、ひみつー!」


 珍しく食材以外で何かを拾ってきたらしい。

 いい笑顔で隠されてしまった。


 ここ最近、朝からいなくなっては、よく一人でこそこそ何かをしているのは知ってるけど。

 私に言えないような秘密か。

 まぁ、枕元にこっそり、食材の部位を置いたりしないだけまだましなんだろうけど。


「ねぇねぇ? それできょうのあさごはんは?」

「うーん。今日はイビルボアのステーキと、シロネのすきなハンバーグかな」

「やたー! ありしゅな。すきー!」


 はいはい、その抱き着きはその血を拭いてからにしてくださいねー。


 そういって水場に追い出せば、きゃっきゃとイビルボアのマントを脱ぎすて、近くの湖にダイブするシロネ。


 まったく。子供なんだから。

 ここ最近、スキンシップが激しくなってほんと困るよ。


 だって町とかに下りた時とかぜったい大変じゃない?

 本人に自覚があるかわからないけど、ああ見えてシロネはめちゃくちゃ美人なのだ。

 私はもう慣れたけど、他の人にあんな風に抱き着いたら勘違いされること間違いって。


 じゃあ連れて行かなければいいって?

 えー、それはそうなんだろうけど。


「やっぱり、友達との買い食いってちょっと憧れなんだよねぇ」


 一人でもおいしかったけど、二人でおいしさを共有するなら美味しさ二倍だ。

 何気にあこがれるから、一回やってみたいんだよねぇ。


 なので街に下りた時の練習もかねて、最近もう少し、スキンシップを控えるように言ったんだけど、


「やだ」

「いや、いやだってそんなんじゃほかの人間に会ったとき大変でしょ。いまから訓練だと思って、がまんしてみよ?」

「ぜったいやだー。わたし、ありしゅなの眷属だもん。ありしゅなに、なでなでしてもらわななきゃダメなの」


 どんな理論だ。

 しかも私が小さい子を邪険できないということを覚えてしまったのか。涙目で訴えてくるからたちが悪い。


「それともしろね。いなくなったほうがいい」

「……あー、わかったわかったわかりました! でも町に降りた時、問題起こしても知らないんだから」

「うん。しろね、ありしゅなとずっといっしょ」


 あーだから料理中にくっついてくるんじゃないってば、やけどするでしょう!?


 そんなわけでこの先も、こんな騒がしい生活が続くんだろーな、と思っていた。

 だけど、その夜お別れは唐突に訪れた。


 それは森にしては珍しくザーザー降りしきる雨の日のことだった。


「ちょっとのあいだ、おわかれしないといけない」

「お別れ?」


 突然のことで頭のなかにハテナで埋め尽くされる。

 今までべったりくっついてきただけに予想外の言葉に一瞬フリーズする。

 というか


「どうして急に――」


 シロナに根気強く理由を聞いたところ、どうやらこの遺跡のような場所は『聖域』と呼ばれ、この森にすむ生き物にとって神聖な場所らしく。

 シロナを守る母親が、とある魔物と負傷し、しばらく傷を休めていたそうだ。


 そこに私が現れ、傷もたちどころに治ったので、ここを去らなくてはいけないらしい。

 そして――


「しろね、ありしゅなのけんぞくなったから、いっかい、めがみさまのもとにかえらないといけない」

「それはどういうこと? 帰るってもう会えなくなるの?」

「ううん。しろね、おおむかしにめがみさまにつかえるいちぞくだった。だけど、まおうあらわれて、しろねたち、めがみさまのちからなくなった。みんなしんぱいしてる」


 なるほど。里帰りのようなものか。

 それでちょっとの間お別れしないといけないのか。


「しろね。ありしゅなつれてきたいけど、だめってままにいわれた。だからこれおまもり」


 なんかでっかい牙を差し出してきた。

 形状からして肉食獣の牙っぽい。

 飾り紐で首飾りになってるみたいだけど、この牙どこかで見覚えが、


「ええっとこの首飾りの牙、どうしたの?」

「わたしの。ありしゅなのため、おった」


 ニッ歯を見せれば、彼女の言う通り犬歯の部分がぽっかりかけていた。


「ちょっと。なにやってるの!? 牙はオオカミの誇りなんでしょ!!」

「だいじょぶ。また生えてくる」


 生えてくるって。ご飯をおいしく食べられないでしょうが!


「でもこれあったら、ありしゅな、もりでこまらない。もり、おそろしいやつらいっぱい。わたし、ありしゅなしんぱい。だから――」

「ああ、もう。わかったわかったわよ。そんな泣きそうな顔しないでよ。私がいじめてるみたいでしょ」


 もらってくれるの? と首を傾げられ、私は大きなため息を吐き出した。

 そんな顔されたら受け取らないわけにいかないじゃん。


「ありしゅな、ひとりでだいじょうぶ?」

「……会えなくなるのは寂しいけど、二人に鍛えてもらったから大丈夫よ」


 そう。この二週間、一緒に行動するうちに自分のスキルの使いが分かってきた。

 聖女の力は何も料理だけにとどまらない。

 もちろん新技を増えたし、多分一人でも何とかやっていけるだろう。


「でもアンタも大丈夫なの? 私のご飯しか食べられないでしょ」

「……ありしゅな、おいしいごはんたべれないのざんねんだけど。がまんする。もっとありしゅなといっしょにいたいから」


 あーもう。

 その顔は卑怯だって。


「ちょっと待ってなさい」


 まったく。そんなこと言われて心配しないわけにはいかないじゃない。

 時間もないし簡単なものしかできないけど――


「これ持っていきなさい。アンタも私と契約してアイテムボックス使えるんでしょ」


 ドンと大量のサンドイッチと、塩漬けしたありったけの果物をアイテムボックスから引っ張り出す。


「でもこれ、ありしゅなの――」

「私はいつでも採集できるんだから、いいの。お弁当だと思って持っていきなさい」


 いつまでかかるかわかんないけど、おいしくないご飯がどれだけつらいものかわかってるつもりだしね。

 すると、衝撃が胸を叩き、正面からぎゅっと抱きしめられた。


「ありしゅな、だいすき」

「……無事にもどってくんのよ。一人でおいしいもの食べたっておいしくないんだから」

「うん。できるだけはやくもどってくる。ありしゅなもけがしないでね」

「わかってるって。私は異世界の料理食べつくすって目標があるんだから死ぬつもりはないよ」


 それに、アンタと一緒に買い食いするって予定もあるわけだしね。


「それじゃあ、またね」


 そういって二人は森のどこかへ消えてしまう。


 私は渡された首飾りを握りしめ、ただ黙ってその後姿を見送ることしかできなかった。

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