第3話 グルメ聖女、いい加減おとなになる。


 次の日。

 肌寒い寝床からひとり這い出した私は、眠たい眼をこすりながらいつものように朝食の準備を始めていた。


 昨日は雨が降っていたからか、かなり寒い。

 こんな日は作り置きのスープを温めて、体の内側からあったまるのが一番だろう。


 JK時代なら、まだグース兼ねている時間だけど。

 寝起き一番で朝ごはんを作るのは、私の日課になりつつあった。


「うーさむさむ」


 徐々に暖かかくなるかまどに当たりつつ、生活魔法で作ったお湯をコップに注ぎ一息つく。


 もっと寝ていたいけど、朝は最高のご飯から始めたいので手抜きは許されないのだ。

 とはいっても面倒なものは面倒で。

 いつか、何もしないでもおいしい料理が出てこないかなぁーと思わなくもない。

 

「まぁそれも、みんなが私みたいに聖女にならないと無理みたいだけど」


 ほんと、世の中のお母さんたちには頭が上がらないよ。

 心の中で口うるさく朝食に文句をつけていたお母さんに謝れば、今日も騒がしい一日になるんだろうなと、考えているうちにスープがあったまってきた。

 さてと。それじゃあ寝坊助の食いしん坊を起こすとしますか。

 いつもなら、そろそろ起きてくる時間のはずなんだけど――


「シロネー、朝ごはんだよ」


 私が寝ていた乾草のベットを覗き込むけど、あれ? 返事がない? 

 珍しいこともあるもんだと、もう一度声を掛けようとして、ふっと思い出した。


「そうだ。あの子、母親と一緒に里帰りしてるんだった」


 あれだけ過剰なスキンシップを嫌がっていたのに、いざ、いなくなるとなんだか物足りないのはなんでだろう。

 やっぱり、変に愛着がわいちゃったせいだろうか。

 いままで気にしてなかったけど、なんだかんだシロネのにぎやかさに助けられてたんだなぁーっと実感する。


 もう二度と会えないかもしれないと思うと、なんだか胸の奥がもやもやするけど、


「いや、ないない。いくら何でもそれはない」


 どうせ、あの腹ペコオオカミのことだ。里帰りを終わらせてすぐお腹を空かせて帰ってくるにきまってる。


 きっといまごろは、昨日用意したお弁当をおなか一杯かぶりついてる最中だろう。


「さーて暗い気持ちはおしまい。とりあえずご飯を食べて、今後のことを考えなきゃ」


 そんなわけで雨が上がりの今日。

 辺りはすっかり晴れていた。

 朝露でぬれた森の風景は、どこまでも清々しく。

 まるで昨日まで私の胸の奥にあった不可思議なジットリ感を洗い流してくれたかのような天気だ。


 いつもならシロネに引っ張りまわされて森の中を探検するところだけど、あいにく今日から一人だ。


「さてこれからどうしよう」


 今までも一人で逃亡生活をしていただけに、突然降ってわいた疑問は当たり前すぎるものだ。


 なにせ王国でいろいろやらかしたっきり、これまで完全な行き当たりばったりなのだ。いい加減、この世界でおいしいものを食いつくす! といった子供じみた願いではなく。

 地に足をつけて生きていくための活動目標が必要になってくる時がきたのだ。


「といっても、今まで女子高生だった私に壮大な一人旅の目的なんか建てられるはずもなく。私に残された道はおおまかに二つしかないんだよね」


 ここで二人の帰りを待つか、それとも森の外に出てみるか。


「当然。森の外に出る一択でしょ!」


 ぶっちゃけ、今まではシロネや王国の兵たちが一緒だっただけに、私はこの異世界に来てから一度も村に下りたことがないのだ。

 

 もちろんこの世界で生きている人たちの様子を見てみたいというのもあるけど、一番の目的は調理器具の購入だ。


 はっきり言おう。

 私のグルメ魂はいい加減、もっと違う料理が食べたいと言っているのだ!


 いくらスキル【錬成】がつかえるって言ったって私の器用さにも限度がある。

 木や器を作ることはできるけど、今の私のレベルでは鉄を錬成して形を整えることができないのだ!


 であれば、街に下りて、素材やら何やらを換金して、手に入れるしかあるまい。

 それに――


「あの子が帰ってきたらたくさんおいしいもの食べさせる約束もしたしね」


 とりあえず、再開一番に私の進化した料理であの腹ペコを驚かせるのが私の第一目標だ。

 ステーキが最強だとのたまう世間知らずのグルメ初心者に、料理のすばらしさを教えるとなれば手は抜けない。


 私だって、頑張ってるんだ。

 首に下げた首飾りに触れ、気合を入れる。


「よーし。やってやるぞ!!」


 こうと決めたら後は動くだけ。

 とはいったものの、


「どこに行こう」


 シロネたちにいろいろ連れまわされたから、この森のある程度の場所は把握できてるけど、やっぱりまだまだ知らないことが多い。

 かといってまた迷子になって、あのくそ野郎のいる国に戻るなんてシャレにならないし、


「――やっぱりここは【検索】さんの出番かな」


 ステータス画面を開いて、スキル【検索】を発動させる。

 そして何度かスキル画面をタップすると、


「この近辺の地図を出してっと。どれどれ現在地は――ここか」


 現れた地図に、視線を落とし、拡大と縮小を繰り返す。

 えーと、ここが今の現在地で、あっちが聖王国だから、私が目指すべき方向は北か東か。

 この地図に書かれた危険領域を迂回するルートとなると、 


「ふむふむ、なるほど。ちょっと遠回りになるけど距離からして、ここから森を出るのにスキルをフル活用して二、三日ってところかな」


 危険な場所がわかるから検索機能、ほんとありがたい。

 あとは野宿かぁ。

 餞別にシロネに非常食のお弁当をみんなあげちゃったから現地でいろいろ調達するとしてまずは、


「ええっと、身体強化っと」


 こんな感じかな?

 体の中心から力を引っ張り出すようなイメージで呼吸を整えれば、ふっと体が軽くなった。

 うん、うまくいったみたい。

 これで森の中を自由に動き回れる。ほんと召喚特典さまさまだ。


「あとは、検査のナビを使って最短距離を表示するだけだけど……うん? なにこのマーク?」


 ふと地図に視線を落とせば、地図のある一点が赤く点滅している。

 見覚えのない場所だけど、なにか示してるのかな?

 どうやら私がこれから向かう方角と同じみたいだし。


「とりあえずまだ時間もあるし、そっちに行ってみるか」

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