第二章 グルメ聖女の異世界グルメ・エルフ料理を求めて

第1話  グルメ聖女、生涯の同志を手に入れる。


 それからシロネという腹ペコオオカミ少女になつかれた私は、一週間近く森で行動を共にすることになった。


 これまでの一週間をざっと説明すると、まさにカオスな異世界サバイバルだったって感じかな。


 なにせ相手は獣人になったとはいえ、元オオカミ。

 か弱い人間の私と同じような感覚は理解できないらしく。

 それはもういろんなお気に入りスポットに引っ張りまわされた。


 広大な湖が存在する水浴場。

 草木の生えない砂漠の大地。

 夕日が輝く広大な崖。


 もうといろんなところに行った。

 単なる樹海だと思っていた場所は、実は摩訶不思議な魔境で。

 食べ物以外で異世界という世界のすばらしさに感動したのはこの時だ。


 まぁ? 新幹線より早い高速で案内されなければもっと感動できたかもしれないんだけど……


 そんなわけで。

 わたしとシロネは、一週間森で行動して分かったことは、

 どうやら彼女たちは、この森でそこそこ、というかかなり強い存在らしい。

 呪いの解けたシロネたちは、もう強かった。

 そりゃもう引くほどヤバかった。


 なにせ「わたしといっしょにいたらだいじょうぶ」という言葉通り、どうやらこの一帯を縄張りにしているらしく。

 あんまりにもごはんごはん、とうるさいもんだから「そんなに食べたいんなら自分たちのご飯は自分たちでとってきなさい!」と戯れにいったところ次の日、山のような食材を取ってきてしまったのだ。


「なにこれ」


 試しに鑑定してみれば脅威度AやらSやらといった化け物の死骸がごろごろと。

 ここは魔物のバーゲンセールか。

 誰がここまでしろといった。

 中には脅威度S+なんてのもあり。明らかにこれ一人じゃ倒せないよね的なでかい魔物の一部まで持ってくる始末だ。


 さすがにこの時の私も、こんなに強いのが子犬のようにじゃれつかれていたのかと思い、ゾッとしたものだ。

 さらにたちが悪いのはシロネの様子で


「ありしゅな。ごはんいっぱいでうれしい?」


 白い尻尾をフリフリして見上げてくるのだ。

 いや嬉しいの前に引くわ。と何度言葉を飲み込んだことか。

 呪いが解けて元気になったからって、狩りすぎでしょ。

 人の姿になってもその運動能力は変わらないのか。

 行く先、行く先で子犬のようについていてきては、食材の山を積み上げていく。

 そのたびに、褒められ待ちで私を見上げてくるのだ。


 私が【収納魔法】を習得してなかったら、食材全部だめにしてたね。


 しかも悪意ゼロだからなおさらたちが悪い。

 めっちゃ純真だからか、それとも私に褒められたいからなのか。

 ほめてほめてオーラ全開で私を見てくるのだ。


 でもまぁ。これだけならまだいい。

 素直なだけにちゃんと注意してくれればいうことを聞いてくれるし。お目付け役である母親――ネリルもシロネと一緒に行動してくれるので、面倒はかからない。


 問題なのは、彼女と一緒に寝る夜の時で


「ありしゅな、いいにおい」


 そう。あの夜の一件から、シロネは寝ぼけてよく私の寝床に潜り込んでくるようになってしまったのだ。 


 もともとの癖か。

 それともこれが彼女なりの愛情表現なのか。

 ぺろぺろちゅっちゅと毎晩、寝ぼけていろいろと甘噛みしてくるのだ。

 こっちは勝手に従属契約結ばれるわ。

 ファーストキスも奪われるわで、さんざん恥ずかしい思いして、まだちゃんと心の整理もつけられてないってのにッッ!!


「今日も、最後の一線は守り切った」


 こんなんでもまだ清い乙女でいられる……はずだよね?


 とにかく、シロネはおいしいご飯を食べるため。

 私は森での生活に慣れるため。

 お互いを利用する形で、大樹の洞穴でお世話になっているわけで。


「ありしゅな、おかわりー!!」

「はいはい、まだあるからそんなにがっつかないの。ネリルもおかわりしたかったらいってねまだあるから」

「わん!」


 二週間もすれば、さすがにシロネとのサバイバル生活にも慣れてきた。


 心を通わせられるようになったというのだろうか。

 結局、従属関係になっても、私とシロネの関係は変わらなかった。


 どうやら眷属というのは、ペットのような扱いで。

 契約を結ぶと魂の結びつきが強くなり、主従関係のようなものが生まれるらしい。

 むしろ私的には女友達に近い。


 え? 友達はそんな関係じゃないって?

 知るか。日本にいた頃だって私がグルメ狂い過ぎて、友達らしい友達なんて一人もいなかったんだもん。


「まぁ唯一の知り合いっていえば、オタク君くらいなものだったけど――」


 さすがにこれは友達の範疇を超えてるってのは私もわかるけどね。


 そうして視線を落とせば、シロネがゴロゴロと喉を鳴らして、抱き着いてきた。


 いまはその結びつきを強めている最中であるらしく、頻繁にほっぺたを舐めたりはしてくるが、前ほど過剰にチューを求めてこなくなった。

 だけどその分、日課のなでなでと称したスキンシップの時間が増えるようになって、人間をペットにする悪徳成金みたいな気分になって複雑な気分だ。


「ねぇシロネ。この眷属の儀式っていつまでやらなきゃならないわけ?」

「ぎしき、いっぱいするとむすびつきつよくなる。ありしゅな、いっぱいあんぜん。ありしゅな、あんぜんだとわたしうれしい。ありしゅな、わたしとなかよくなるのいや?」

「嫌ってわけじゃないんだけど――この体勢、すっごく恥ずかしいと言いますか」

「それならだいじょうぶ。わたし、ありしゅなになでなでしてもらってすごくうれしい」


 魂の結びつきを深めるには、相手の体液を交換し合うことが条件だから、今のスキンシップに特に不満はない。

 だけど私は声を大にして言いたいね。


 ――異世界の性倫理どうなってんの!?


 どうやら眷属に下るには、破廉恥行為が必須らしい。

 しかも、自分が書く上なら一方的に眷属になれるってどういうことなのさ。

 フライパンの押し売り業者でももうちょっと礼儀をわきまえてるよ?

 それにお、女同士だからまだ、ぺろぺろで済んでるけど。最悪、相手が雄だったらもっと悲惨なことになってたわけだよね?


「いまさらだけど契約する相手がシロネでほんっっっとよかった」


 知らない男に初めて奪われるとか、考えただけでも最悪すぎる。


 私、食欲に全振りした恋愛弱者のくそザコJKだけど、こんなところでむざむざ初めてを捧げる気はまったくない。

 少なくとも強〇OKとか、倫理観狂ってんじゃないの!?


 シロネがいてくれるから、今後はもう二度と誰かを眷属に迎えることなんてないだろうけど、契約の押し売りは気をつけよ、絶対。


 はぁ、らしくないこと考えて、顔が茹るようにあっつい。

 それもこれもシロネがいつも通り過ぎるのが悪い。

 まったくなんで一方的に契約を交わされた私がこんな思いしなくちゃいけないのよ。

 でも皮肉なことにシロネと従属の行ってからというもの、私の調子はすこぶるいいのも問題なんだよねぇ。

 主にスキル面で――


「うん。こんなもんかな」


 長いこと頭の中で粘土をこねるように木材を整形すれば、目の前に綺麗なお皿が五枚つい上がっていた。


 それこそ取得当初はなかなか安定しない生産スキルも、だいぶ形になってきた。

 シロネに聞いたところによると、魔力操作の違いらしい。

 魔力と聞いても私にはさっぱりなんだけど、シロネ曰く――


「からだのなかにぐるぐるがあって、そのぐるぐるをうまくつかえるようになると、こーりつよく? スキルがつかえるみたい」


 とのことらしい。

 そのためシロネと従属契約してからというもの、私は様々な恩恵にあずかれるようになった。

 例えば、スキルを使っても極度の疲労感に見舞われなくて済むようになったことだ。


 料理大好きな私にとってはこれは大きい。

 なにせ森での生活は思った以上に多くのスキルを使うのだ。

 解体しかり。生活魔法しかり。

 調理スキルを使う際の調味料や器の作成なんかもみんなスキルだよりだ。


 むしろ今の私はこのスキルによって生かされているといってもいい。

 

 スキルを使っても必要以上につかれなくなったというのはかなり嬉しかった。


 あとなにげに嬉しかったのはこの世界の知識についてかな。

 なんとシロナとの魂の結びつきが強くなったことで、シロナが知っている知識とスキル越しに共有されるようになったのだ。

 というのもスキル【検索】のおかげで。

 知らないことを思い浮かべるだけで、パッと頭の中に詳細が思い浮かぶようになったのだ。


 さすがは長生きして、いろいろなことを知っているなだけあって、非常に助かる。


「まぁそのおかげで気恥ずかしい称号を手に入れちゃったわけだし、有効活用しないわけにはいかないよね」

「なんのこと?」

「こっちの話」


 不思議そうに首を伸ばしてくるシロネの言葉に、そっけなく答える。


 まったく。

 あれだけ口やかましく邪険にしておいて、こんな称号を獲得しちゃうなんて、本人に知られるなんてたまったもんじゃないよ。


 あーあー、一人でいたほうが自由で気楽だったんだけどなー。


 そうして無意識に鼻歌を鳴らし、そっとステータスを確認する。

 そのステータスには恥ずかしい【賢狼姫の寵愛】の下に【唯一無二の朋友】という新たな称号が記されてあった。

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