第9話 グルメ聖女、性的に食われる


 そして次の日。


 目が覚めると、私は枯草のベットの上に横になっていた。

 清々しい朝の目覚め。

 うん。太陽の木漏れ日がまぶしく見えるよ。


 ――全裸だけどね。


「ああ、やっぱり夢じゃなかった」


 スースーする体をイビルボアの毛皮で体を隠し、途方に暮れる。


 これが噂に聞く朝チュンというやつか。


 まさか食事にしか興味のない私が、異世界でこんな初体験を迎えるハメになるなんて。

 ふと隣を見れば、同じく素材化したイビルボアの毛皮にくるまれた全裸の女の子が、人の気も知らずスヤスヤ寝入っている。


 まぁ世の中には裸族っていう人たちもいるみたいだし? 

 暑い夏の日には私も下着姿で寝てたから別に気にする必要もないんだけど。


「だからって、平気な顔はできないって!」


 羞恥心で体が燃えるように熱い。

 世の中の野郎はいったいどんな気持ちで初体験を迎えてるの?


 だってすっぽんぽんだよ、すっぽんぽん!

 昨夜のお肉料理だって私的には十分、衝撃的な体験だったのに――。


「あ、あげくの果てに、お持ち帰りみたいなことされちゃって、あんなことまで……」


 刺激的な肌色な記憶フラッシュバックして、一瞬でボンと赤面する。

 ううっ、思い出すだけで顔が熱い。

 いや確かに、久しぶりのおいしいご飯に気が大きくなってたのは事実だけど、


「まさか美食一筋の私が、文字通り性的に食べられちゃうなんて……」


 お腹にでかでかと刻まれた不思議な紋章――いわゆるキスマークを見て、羞恥心に打ち震える。


 そしてこのキスマークを付け、今もむにゃむにゃと可愛らしい寝言をこぼす獣人の少女――シロネを一瞥すると、私はズキズキ痛む頭を押さえて昨日のことを振り返るのであった。


◆◆◆


 そんなわけで。

 渾身の肉料理を食べさせたら二匹の親子ウルフが、大変身を遂げていた。


 一体全体、どうしてこんな珍妙なことになったのかわからない。

 だけど、目の前にいる一人と一匹は先ほどまで私と食事を共にしていた親子狼であることは間違いないわけで――


「とりあえずデザート食べて落ち着こっか」


 決して、考えるのが面倒くさくなったとかそういうんじゃない。

 ただ考え事するには絶対糖分いるなーと思っただけである。


 まぁ、デザートといっても果物を絞って塩を一つまみ加えるだけの簡単な一品だ。

 いわゆる生絞りジュースというやつで、私の身体はスキル【身体強化】のおかげで握力が上がっていたらしい。


 絞り器がなくても生ジュースが飲めるという事実は、美食家の私的にちょっと感動ものだった。

 そんなわけで―― 


「これで、20個目!」


 オレンジとよく似た果物。【オーレンの実】を握りつぶせば、スキル【錬金】で作った不格好なコップに注いだ橙色の果汁を貯めていく。


 うん。これくらいいでいいかな。

 JKお手製の特製生絞りジュース。

 日本の秋葉原で売れば、一杯1000円は固いね。


 あとは、ここに氷魔法で作った氷の粒を入れてっと。


「生絞りジュース、完成っ!」


 試しに一口飲んでみれば、さわやかな酸味と甘みが口の中に広がった。

 うーん、冷たくてデリシャス!

 余計なものが入っていないからか、素材そのものの味が際立ってる感じられる。


 そして、その頃になれば、自分の体の変化を堪能するのに飽きたのか。

 私の背後で興味津々といった様子で顔をのぞかせたオオカミ少女が、待ちきれないかのように舌足らずな言葉で私を見上げてきた。


「ありしゅな、このすっぱいの、なに?」

「うん? ああ、これはジュースって言ってね。木の実の栄養を絞った甘い汁なんだ」

「じゅーす?」


 ああ、そうか。

 今までオオカミだったら当然、飲んだことないよね。


 でも絞っておいて今更だけど、犬に柑橘系って駄目なんじゃなかったっけ?

 でもこんなランランに目を輝かせちゃった手前、いまさらお預けするのは胸が痛すぎるよね。


「それじゃあ試しにちょっとだけ飲んでみる?」といえば、「うん!」と元気のいい声が返ってきた。


 器に注いだ果汁液をなみなみコップに注ぎ、オオカミ少女に手渡す。

 すると、スンスンと臭いをかぎ始めた少女が、ぺろりとコップの中身をひとなめすると、目を輝かせて勢いよくコップを傾け、喉を鳴らすように飲み始めた。

 そして、琥珀色の瞳を輝かせ、尻尾をびゅんびゅん振り始めると、


「おかわり!」


 空になったコップを突き出し、早く早くとせがみ始めた。


 どうやらお気に召したらしい。

 絞るのは苦労したけど、喜んでもらえたようで何よりだ。

 親ウルフの皿にも、並々ジュースを注いであげれば、ぺちゃぺちゃとおいしそうに飲み始めた。


「ありしゅな、これ、すき」

「それはなにより。それよりもその毛皮は気に入った?」

「うん。しろなのけじゃないけど、ひらひらしてておもしろい」


 とりあえずずっと全裸ってわけにもいかないので、素材化したイビルボアの毛皮を与えてみたところ、どうやらお気に召したらしい。


 人間になっても羞恥心はないのか。 

 本人は平気なんだろうけど、同性の私としては色々見えちゃって普通に落ち着かない。

 このまま大人しくしてくれると私的には助かるんだけど、


「それも無理なんだろうなぁ」


 だって毛皮のマント関係ないくらい、引っ付いてくるし。


 そうしてオオカミだったころの癖なのか、しつように私の顔に頬擦りしてくる少女。

 白い髪の中からぴょこんと三角形の耳が立ち、おしりあたりから生えているであろう白い尻尾がご機嫌にわさわさと動くところを見ると、本当にオオカミから人間になったらしい。


「うーん。ありしゅな、いいにおい。すごいごはんくれる、うれしい」


 といっては、スンスンと鼻を動かし、ご機嫌にしっぽが左右に揺れる。

 どうやら本当になついてくれているらしい。

 野生の獣とは思えないチョロさだ。 


「おいしいご飯が食べれてテンション上がるのはわかるけど、誇り高い狼的に、これって大丈夫なの?」


 もうちょっと娘さんの教育しっかりしたほうがいいんじゃないの? 

 私が言うのもなんだけど。この子、おいしいご飯だされただけでほいほい知らない人間についていきそうで怖いんだけど。


 そんなことを言えば、一回り小さくなった純白のオオカミが、まるで娘をしかりつけるように低く吠えた。

 だけど本人はお構いなしといった具合に、私に抱き着いてくる。


 はぁ、まぁ親戚の子になつかれたと思えば、まだ照れ臭くないけど、


「それにしても本当に人になっちゃったんだ」

「うみゅー」


 感慨深く白いケモ耳と頭皮の境を指で撫でれば、ゴロゴロと気持ちよさそうな声が上がる。


 もしかしてこれがオタク君が言ってた進化とかいうやつなのだろうか?

 最近のゲームに飴とか食べさせて生き物を進化させるゲームがあった気がするけど、もしかしてあれとおんなじ原理?


「でもどうして急に――」

「ありしゅなのごはんたべたら、こうなった。しろね、ありしゅなとおはなしできてうれしい」

「シロネ?」

「うん。ままからもらったわたしのしんめい」


 どうやらこの獣人の子は、シロネというらしい。


 だけど、おなか一杯になったから、こうなったってどういうこと?

 私の料理に獣を人に変える力はないはずなんだけど。


 どうやら本人たちは嬉しそうだけど、このままスルーってわけにはいかないよね。


 というわけで困ったときには鑑定さんだ。


「ええっと、とりあえず親ウルフの方から鑑定っと」


【種族:セイントウルフ。 危険度:SS+

 500年前に魔王に滅ぼされたとされる賢狼。

 魔王の呪いにより使役されるも、聖なる供物を食べたことにより、元の力を取り戻した。

 女神ワグルメドールの遣いとされ、その純白な体毛はいかなる呪いにも侵されない聖なる加護を持っている】


 ……あれ?

 アンタたち、ブラッティウルフじゃなかったっけ?

 なんか種族名と変わってない?


 何度、目をこすっても、どうやら見間違いじゃないらしい。

 本当に種族ごと変わってる。


 え、じゃあこの子は?


【種族:セイント・ワーウルフ。 危険度:SSS

 500年前に魔王に滅ぼされたとされる賢狼の末裔。

 聖女による祝福を受けたことにより、人の姿を形作るすべを得て、聖獣の巫女へと進化した。

 その純白の身体は、女神の化身ともいわれ、出会った者に大いなる祝福と加護を与えるという】


 なんかすごいことになってるんですけど?

 え? 女神の化身ってどういうこと?

 あとすっごく気になる一文があるんですけど。


「この聖女による祝福って――もしかしなくても、私のことだよね?」


 だって私、この世界に聖女として呼ばれたわけだし。

 ステータスの職業欄にもがっつり聖女って書いてあるし。

 いや、でも私がやったことといえば調理スキルを使って料理したことくらいで祝福って言われてもいったい何のことやら――


「まさか――」


 ちょっとごめんね、と慌ててシロネを引きはがせば、ステータス画面を開いて、【調理スキル】を鑑定する。

 もし私の推測が間違ってなければ――


【調理スキル:LvMAX

 女神ワグルメドールが聖女に与えし、神の権能。

 この世に存在する、ありとあらゆる贖罪を加工することができる】


 うわ、やっぱりすごいことになってるんですけど!?

 鑑定スキルのレベルが上がったおかげか。最初見たときよりスキルの説明が詳しくなってる。

 というか、しょくざいって、食材じゃなくて贖罪のことだったの!? 初耳なんですけど!!

 

「え、それじゃあ私、知らないうちにアンタたちの罪を浄化しちゃったってこと!?」

「うん。ありしゅなのごはんで、きもちわるいのなくなった。おいしいってすごいんだね」


 しぼりたてのオーレンジュースを飲み、にへらと無邪気に笑って見せるシロネ。


 いやいや。おいしい料理は確かに偉大だけど、料理を食べたくらいで罪が許されるなんてふつうあり得ないから!


「まさかこれも聖女としてのちからってわけ?」

「そうだよ。すごくおいしくて、あったかくて、ふわふわだなーっておもったらきもちいのがあふれたの。おかあさんももとにもどれてすっごくよろこんでる」


 シロネの言葉に、親ウルフの方の顔を上げれば、シロネの言葉に同意するかのような鳴き声が返ってきた。

 そして、私の瞳を覗き込むようにシロネの顔がドアップに映ると、


「しろね、ごはんおいしくなかった。でも、ありしゅなのごはんすっごくおいしかった。おかあさんももとにもどれてうれしそう。だからこれ、おれい」


 お礼? 

 と首をかしげたところで、突然、犬歯で唇を切ったシロネの唇が私の唇に押し当てられた。

 口の中に入ってきた甘酸っぱい味とさび臭い味におどろいて、たまらずシロネを突き放せば、やけに飢えたような眼をしたシロネが身を寄せるように近づいてきた


「うぇ!? ちょ、何やってのアンタ」

「なにって。けんぞくのぎしき」

「ぎしき?」

「ありしゅな、よわいから。わたしありしゃなをまもるの」


 いや、大丈夫ですって、口から血を流しながらなにいい笑顔してんの。

 というか、眷属って何のこと?

 あとなにげにファーストキスだけど……。


 と、戸惑っている間に強引に押し倒された。


「し、しろねちゃん? なんだか目がこわいんだけど」

「わたしけんぞくなったら、もりでだいじょうぶ。ありしゅな、ずっといてほしい。だからおれい」


 ふはーっと、顔にかかる息が少しアルコール臭い。

 もしかして果汁を絞ってるときにスキル【発酵】が発動して、ジュースがお酒になっちゃったんじゃ。


 鑑定スキルで確認したら、やっぱり酩酊って出てるし!!


 だけど、飢えた獣を前に別のことを考えるのは、自殺行為と同じように。

 目の座ったシロネをどうこうする術は私にはなく。


 一瞬のうちに、獣人の力で組み伏せられた私はというと。

 自分より細い腕に捕まれて、逃げることもできず。

 着ていた服をひん剥かれ、一晩中、ひたすら色んなところをぺろぺろされ、なにもかもおいしく頂かれるのであった。


―― ステータス ――


 名前:アリシュナ

 職業:聖女

 種族:人間

 スキル: 調理スキルLvMAX、鑑定Lv2――NEW、解体Lv5、生活魔法Lv5、高速調合Lv5、調味料生成Lv5、収納魔法Lv3、発酵Lv3、錬成Lv3、氷魔法Lv2、治癒魔法Lv5、付与魔法Lv5、検索Lv2、危機感知Lv3、消化吸収Lv5、味の素Lv5、採集Lv3、幸運Lv5、食育Lv1、身体能力向上Lv2、耐毒Lv3、味覚上昇Lv3、分析Lv3


 称号:【賢狼姫の寵愛】――NEW


―――――――――――


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