第8話 グルメ聖女、レッツ・クッキング!!


「ちょっと待っててね。いま作るから」


 さーて二匹の腹ペコの視線を一身に受け、調理開始だ。


 久々にちゃんとした料理が作れるせいかテンションは最高潮。

 王都にいた頃は「聖女様に雑事などさせられません!」って一度も包丁さわらせてくれなかったんだよね。

 いやー。こういっちゃなんだけど追放されてほんとよかったー。


「さてそれじゃあどんな料理を作ろっかな」


 改めて、宝石のように霜の入った猪肉を見下ろし、思案する。


 こんな立派なお肉、おいしく仕上げなくちゃ罰が当たるとはいえ、あいにくと手持ちの調味料は塩と胡椒しかない。

 これだけでも十分おいしい料理は作れるけど、レパートリーはぐっと下がることになる。


 今後、異世界でグルメ活動するのに調理器具の入手はとりあえず確定事項として、


「お肉の味を一番感じる料理って言ったらやっぱり、そのまま焼くのが一番かな」


 見た感じAランクの牛肉にも劣らない肉質だし、肉そのものを味わうなら、ステーキが妥当かな。


「よし、それじゃあまずは下ごしらえから始めよっか」


 そこで活躍するのが、戯れに習得した【錬金魔法】の出番だ。

 手ごろな枝を拾い集めると、錬成錬成っと。

 枝の先端を程よく串状に加工して、一口大に切った一つ一つ丁寧に肉を刺していく。

 ほかに香辛料があればもっと手を加えたいところだけど、今はこれが精いっぱいだ。

 せっかくスキル【調味料生成】があるんだし、ゆくゆくは調味料の開発も視野に入れないとだね。


「うん。とりあえず下ごしらえはこのくらいかな」


 あとは焚き火できる場所があるといいんだけど、


『ウワゥ』

「おっ、その祭壇使えって?」


 見た感じ神聖な祭壇っぽいけど、よく見たらかまどっぽい形してるし、火をつけたら鉄板焼きっぽくなるかな。

 とりあえず年季が入ってて汚いので【生活魔法】で洗浄洗浄っと。

 

「うん綺麗になった」


 あとは程よく乾いた枝を拾って種火を着火させ、祭壇の石を空焼きしていく。

 

 攻撃とかに使えないけど、飲み水を出したり、種火を出したりするのに【生活魔法】まじ便利。

 水汲みとか火起こしって何気に重労働だからねー。

 大量にポイントつぎ込んで習得したかいがあったよ。


「さてと、祭壇が十分に熱したことだし、君たちのご飯も作らないとね」

『ウオゥッ!!』


 これだけの塊肉があるんだし、せっかくなら贅沢に分厚いステーキにしよう。

 お酒とかあればソースも作れたんだけど、石焼ステーキでも十分おいしいはず。


「まずはお肉を2センチ幅に切って食べやすい大きさにしてっと、最初は強火で焼くんだよね」


 うる覚えの記憶を頼りに、慎重に祭壇の上にお肉を滑らせれば、肉の脂がジュっとはね、猪肉本来の甘いにおいが私の鼻をくすぐってくる。


 うーん。すごくいい香り。これは期待大だ。

 味はシンプルに塩、コショウでいいとして、とりあえず生焼けは怖いから、しっかり中まで焼いていこう。


 お肉を軽く祭壇に押さえつければ、肉の焼けるにおいが辺り一面に立ち込め、耐え切れないとばかりに二匹の唸り声が聞こえてくる。


『ぐるるるる』

「あー待って待って。ここから手を加えてもっとおいしくするんだから」


 ただ焼くだけじゃ芸がないし、【調味料作成】で作った塩コショウを振りかけ、森の中で採取した木の実を軽く刻んで葉っぱで蒸し焼きにする。

 ふっふっふー。これで、木の実の甘さがお酒の代わりになって、肉がより柔らかくなってじっくり中まで火が通るはず。


 そうして待つこと三分くらい。 


「うーんそろそろいいかな?」


 頃合いを見計らって両面ひっくり返せば、じゅわっとお肉の匂いがダイレクトに脳を刺激した。


 うん、思った以上にいい感じっ!!


 ナイフとフォークがないので、私の串焼きも隣で焼かせてもらおう。

 あとは肉のうまみが逃げないように、強火でカラッと焼き上げて、不格好に錬成した木の大皿の上にこれでもかと盛り付ければ、


「できあがりー!!」


 イビルボアのステーキ盛り、完成ッッ!!

 うおー。山のように盛り付けられたお肉の脂がてらてらと宝石のように輝いて、めっちゃ美しい。

 これ、絶対国宝級のうまさだよね。


 腹ペコな二匹ももう待てなさそうだし、そろそろ本格的な食事と行きますか。


「はい。私特製イビルボアのステーキ盛り、召し上がれ」


 ドンと、重たい大皿を地面に置けば、クンクンと臭いをかいだ親ウルフが、子供の前に押し出す獲物を差し出すように鼻先で大皿を近づけてやる。

 そして「食べなさい」とばかりにひと吠えすれば、恐る恐るといったように鼻を近づけた子ウルフが、一口ステーキ肉をかじると、


『――ウワゥ!?』


 垂れていた黒い尻尾をピンと立たせて、がつがつとおいしそうに食べはじめた。

 うんうん。うまかろう、うまかろう。

 おいしいものを前にしたら行儀良さとか消し飛んじゃうよね。


「それじゃあ私達も食べよっか」

『ウワォっ!』


 この異世界に来て初めて自分で作った肉料理。

 さてお味のほどは。

 それじゃあ、いただきまーすと。


「はむ」


 パクリとイビルボアの串焼きを頬張り、肉本来の味を確かめるように味わうようにして、もにゅもにゅ咀嚼した瞬間、口の中で肉汁が吹き飛んだ。


「うっっっまあああああああああ!!」

 

 え、なにこのうまみッ!

 私、塩と胡椒しか振ってないんだよ。それでこんなにおいしくなるものなの?


「【調理スキル】で作ったご飯がおいしいってのはわかってたけど、LvMAXで焼いたお肉ってこんなにおいしいの!?」


 サンドイッチの時でもここまでの感動はなかった。

 それにこれ猪肉だよね? 牛肉並みに噛み応えあって、くせがないってどういうこと!?


「うううっ、これが異世界のお肉。生きててよかった~」

『がう!』


 そうか。アンタもそう思うか。

 やっぱりおいしいご飯を食べると、それだけで幸せになれるよね。


 となれば、もう言葉は無粋。


「これより私は飢えた獣になる!!」


 もうこれでもかと、肉を焼きまくって、これでもかというくらいステーキを食べまくる私たち。

 

 そして一時間くらいかけて、イビルボアの塊肉を全部平らげれば。女子がしちゃいけない丸いお腹をポンポンとさすり、私は森のど真ん中で大の字になって寝転がっていた。


「はぁもう駄目。おなかいっぱい」

『ワウ~』

「そう、アンタも満腹なのね」


 どうやら魔物の身体というは、栄養をすぐ吸収するようにできているのか。

 子ウルフの身体はさっきまでガリガリだった状態が嘘みたいにふっくらして、毛並みのツヤも元に戻っていた。


 きっと、あのお肉にはそれだけの栄養が詰まっていたのだろう。


 かく言う私の身体もいつになく絶好調だった。

 やっぱり異世界の食材というのは、地球のものとは比べ物にならないくらいすごい力が秘められているようだ。


「まぁ、あれだけおいしいんなら当然だよね」


 満足げな鳴き声を上げて、お礼とばかりに私にすりすりしてくる子ウルフ。

 親ウルフもこの結果には満足しているのか、その宝石のような金色の瞳を細めて黙って私たちを見守ってくれてる。


 最初さらわれたときは食べられるんじゃないかと思ったけど、結果的に仲良くなれた本当によかった。

 それに――


「なんだかんだあったけど、ここまで満足感のある食事は久々だったなぁ」


 こっちの世界の住人は、食に興味がないからか。

 食事を単なる栄養補給としか思っていない節がある。


 だからどうしてもあいつらを助けたいと思えなかったし、美食家として食の尊さをおろそかにする彼らの主張には絶対に共感できなかった。


 だけど、そんな世界でも私と同じようにおいしいご飯を求める同志がいる。


 その事実は、今までの私が抱えてきた願いが間違っていなかったと、慰められたようでなんだか嬉しかった。


「まぁそれが魔物だったってのがちょっと複雑だけどね」


 それでも誰かと喜びを分かち合う食事の楽しさは、どんな世界でもなにものにも代えがたい幸福だと再認識できたのは確かだ。

 

 これだけでも、連れ去られた甲斐があったもんよ。


「アンタの子供もお腹いっぱい食べて、元気になったことだしね」

『ワウ!』


 嬉しそうな声を上げて尻尾を振る親ウルフ。

 その大きな顔をそっと撫でてやれば、突然二匹の身体が淡く白い光に包まれ始めた。

 そして、その温かい光は二匹の獣を飲み込むみたいに大きくなると、

 

「――小っちゃく、なっちゃった」


 二メートルあろう巨体は一回り小さくなり、純白の体毛を風に揺らすオオカミと、真っ白で長い髪の少女が寄り添うように私の前に立っていた。

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