第7話 グルメ聖女、拉致られ中


 そんなわけで。

 こんな危ないところにいていられるかかー! と森の外を目指した私は現在、例のオオカミに咥えられて森の中を疾走していた。


 何を馬鹿なって思うでしょ? 残念ながら現実なんだよねこれが。


 あたりはすでに日が落ち始めてきたのか、薄暗い。

 たとえこの状況を何とか出来ても、迷子になって遭難するよね、確実に。


「まぁ、スキルを使えば何とかなるんだろうけど……」


 無理無理。使った時点でもぐもぐ確定ですわ。

 え? こうなる前にスキルを使って逃げればよかったんじゃないかって?

 もちろん逃げたよっ!!

 だけど黒い影が突然、頭上をよぎったと思ったら、スキルを使う間もなく大きな口でお持ち帰りされてたんだもん。どうしようもないでしょ!


 よっぽど早いのか風がビュンビュン当たって、顔が痛い。


 ああこのまま、巣に持ち帰ってがぶがぶ食べられちゃうのかぁ。

 もっと異世界のおいしいもの食べたかったなぁー。


 そんなことを考えていると、不意に速度が緩み、服の襟を噛んでいた力がふっとな消え失せた。

 当然、ちょっと前まで一般人だった私に受け身など取れるわけもなく、重力に従って落っこちた体はおしりから落ちることなった。


「わ、ちょ、いったぁあああ!!」


 くっ、これ絶対おしり四つに割れたって。


 そうしておしりをさすりながら、あたりを見渡せば、その圧倒的な森の神秘さに驚くこととなった。

 

「うわぁ、なにこれ」


 まるで森そのものが脈動しているかのように、巨大な木々が薄っすらときらめいていた。

 よく見れば祭壇っぽいものも、木の根っこに埋まっているようで、私自身がとても小さくなったような心地がする。


 どうやら、ずいぶんと森の奥まで連れてこられたらしい。

 ここだけなんかほかの森と違うってのがなんとなくわかる。

 

「……それで、私をどうする気。まさかこの景色を見せるために私を連れてきたってわけじゃないんでしょ」


 にらみつけるように後ろに視線をやれば、例のブラッティウルフが黙って私を見下ろしていた。

 とりあえず、今すぐ私をどうこうする気はないってことなのかな?


 だけど開き直った今の私は無敵だ。

 荒事は得意じゃないけど、そっちがその気なら徹底抗戦だよ。


 と思ったら例のブラッティウルフは突然踵を返し、森の奥に消えた。

 そして、ずいぶん派手な音が森の中に響き渡ったかと思えば、すごい立派な獲物を咥えて戻ってきた。


 ドスンと足元に下ろされる、イノシシみたいな魔物。

 どうやら死んでるみたいだけど。


「え、これをどうしろと?」


 すると私の同様に答えるかのように、ブラッティウルフが鼻先で、イノシシみたいな魔物を私の方に押してきた。

 もしかして私に料理しろっていうわけ?

 いやいや、まさか。いくら異世界だからって野生の動物がそんな賢いわけ――


『ウワォン』


 わーお、そうみたい。

 というか私の思考読めるって何者よアンタ。


 あのママナの実の一軒で味を占めたのかな?

 ま、料理を作れっていうなら作れるけど――


「問題は、このままじゃ料理できないってことなんだよなぁ」


 さすがの食べるの大好きな私も、肉の解体はしたことない。

 というか、私は基本的に料理もするけど、食べるの専門だからね?


 それこそ、魔物の解体は護衛任せにしてたし、お肉が加工されてくとこなんて命の授業でしか見たことない。

 

「ねぇ、ここはひとつ提案なんだけど、このイノシシを町まで運んでもらってお肉にしてもらうってのはどうかな? そしてお肉だけ受け取ってまた戻ってくるとか――」

『グルルルル』

「はいはいわかりました! やれるだけやってみますよ!!」


 だから『作らねば殺す!!』みたいな顔やめて、マジで。


 しかし、これが異世界に来て初めてになる命の授業かぁ。

 うう、まだほんのり温かい。

 見た感じ、牛一頭くらいの大きさみたいだけど、素人の私ひとりじゃ絶対無理だよね。

 でも調理スキルMAXで作った肉料理、食べてみたいしなぁ。


「あ、そういえば解体スキルなんてのを取ってなかったけ?」


 とりあえず料理の材料きりに便利かなぁーと思ってとったけど、確かあれって、食材を加工するスキルじゃなかったっけ?


【スキル:解体Lv5

 指定した対象を素材ごとに好きな状態に解体することができる】


 おっ、これなら何とかなりそうじゃん。

 となるとあとは、解体するための刃物があればいいんだけど、ああ、そういえば王城の厨房からパクってきた包丁があったっけ。


 おっとその前に、この獲物を鑑定、鑑定っと。

 毒とか持ってたらシャレにならないからねぇー。


【種族:イビルボア 危険度:B

 ――ハロスの樹海に住むことにより変異した固有種。

 その肉は猛毒を持っている呪われた生き物。その牙は呪術に用いられる】


 いやがっつり毒持ってるじゃん!?

 っていうかなにこの不気味なテキスト。

 やっぱりこの森ってそんな物騒なところだったなの!?

 ダメダメこんなの食べたらおなか壊すって。


 すると、不意に私の後ろから謎の鳴き声が聞こえてきた。


「うん? なにいまの声」

『くぅん』

「……子供?」


 後ろを振り返れば、ガリガリに痩せた小さいオオカミがそこにいた。

 おそらくこのブラッティウルフの子供なのだろう。

 明らかに栄養失調なのが分かる、すごい衰弱の仕方だ。


「でもなんでこんなにガリガリに。森の食べ物ならたくさんあるのに」


 少なくとも食べ物に困ることなんて――


 ふと子供オオカミの後ろを見れば、手つかずに転がった木の実の山が。

 かじられた様子がないところを見ると、口に合わなかったのかもしれない。

 それでずっとおなかをすかせて――


「もしかしてこの子のために料理しろっていうこと?」

 

 すると小さく黒いオオカミの大きな腹から豪快なおなかの虫が鳴った。


「君、おなかすいてるの?」

『がう』

「うん。わたしもすいた。ひもじいのはつらいよね」


 だって、私のお腹も絶賛ぐるるる鳴ってるもん。

 うーん、でも猛毒なんだよねこれ――って二匹して、そんなつぶらな瞳で私を見るんじゃない!

 ここで断ったら、私が薄情者みたいでしょうが!!


「ええい、物は試しだ。やるよ。やってやりますよ」


 どうせこのまま食べたってまずいことには変わりないんだし、毒も栄養もみんな一緒だ。

 この時のために耐毒スキルも取っておいたんだもん。

 女は度胸。グルメは最強!!

 そんなにお腹が減ってるなら、最高の料理、食べてやろうじゃない!!


「もちろん私もお肉もらうからねっ!!」

『ワオン』

「よーし、それじゃあ遠慮なく。ちゃちゃっと解体するよ!」


 親のブラッティウルフから了承を得て、アイテムボックスの中から取り出した、王城の厨房から包丁を構える。

 まずは毛皮を剥いで、内臓を取り出さなきゃいけないんだよね?

 うーんでも、解体スキルってどう使えばいいんだろ。

 スキルだから意識すれば使えるんだろうけど、自動的に身体が動くとかそんな感じなのかな?


「とりあえず刺してみる?」

 

 とりゃ、ブスっとな。

 すると包丁で刺したイビルボアの肉がたちまち光り輝き、デデンと大きな肉の塊に変化した。


「おおおお、お肉になった!!」


 それも只のお肉じゃない!

 霜降りの塊肉だ。


 鑑定。鑑定しなきゃ。


【イビルボアの塊肉×2 等級:S】

 

 ひゃっほう。ちゃんとアイテム化されてる。

 解体スキル、マジ便利。

 これなら私でも、魔物を倒して何とか生きていけそう。


 ふと見上げればオオカミの親子も期待に目を輝かせているようだった。

 うんうん。そうだよね待ちきれないよね。

 辺りもすっかり暗くなって私もおなかすいたし、


「それじゃあこのお肉を使って最高の夕飯といこっか」

『『わう』』


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