第6話 グルメ聖女、化け物と遭遇する
結局、他のスキルも使ってみたけど、基本的に便利だなーと感じられるのはLv5までスキルレベルを上げたものばかりだった。
【生活魔法】は、ちょっとした飲み水を出したり、焚火の種火をつけたりといった暮らしが便利になる魔法で、【治癒魔法】は読んで字のごとく傷を治す魔法らしい。
【調味料作成】は、何もないところから塩と胡椒を生み出すことができるみたいで、【消化吸収】なんてのは読んで字のごとく、消化が良くなる程度のスキルだった。
他のスキルも「まぁこれはこれであったらあったで便利だよねー」と思える程度スキルなんだけど、これ本当に必要だった? ってスキルが大半だったよ。
というわけで。
【生活魔法】を駆使して、何とか焚き火をつけることに成功した私は、ぱりぱりに乾いた服に袖を通し、安堵の息を吐いていた。
ぶっちゃけ森の中で全裸になるのは恥ずかしかったけど、この温もりにはあらがえなかった。
それで今、何してるかって?
もちろん鑑定スキルを使って、食材を記憶中です。
理由はもちろんお腹すいたから。
え、追放されるのが分かってたんなら食糧くらい準備しておけって?
準備はしてたよ。
逃亡中にあんまりにもおいしくて全部食べちゃったけどね。
それに――
「まさかスキル使うだけで、こんなにお腹が減るなんて……」
たぶん、スキル【消化吸収】のせいだ。
あれを試しで使ったとたん、すごくお腹がすいたもん。
一応、この森は実りが豊かなのか、いろんな木の実がとれるけど――
知らない食べ物を拾い食いとか、なんか気分的に嫌じゃない?
よく山でキノコ拾って、食中毒で死んじゃうってニュース聞くし、美食家としては、食中毒で死ぬなんて笑い話にもならない。
それに――
「調理スキル使って、毒まで強くなったら目も当てられないしね」
そんなわけで焚き火に当たりながら食材かそうでないかを選別していると、突然ステータス画面が現れ、奇妙な音が頭の中に鳴り響いた。
【――鑑定のスキルレベルが一つ上がりました】
おおっ! なんかよく知らないけど、スキルレベルが上がった!!
召喚特典の時、レベルを上げられたから使い続けてればレベルが上がるんじゃないかと思ってけどやっぱりそうだった。
「お願い。今度こそためになる情報でて!」
そうして手に持った奇妙な形をした果物をもう一度鑑定すれば、
【ママナの実。
食用として知られる一般的な木の実。
栄養価が高く、パンの原料として使われる】
お、おおお。
欲しい情報はこれじゃないけど、さっきよりはわかりやすい。
というかお前、穀物だったのか!?
「果物ってよりかは菓子パンみたいな丸い形してるけど、どんな味するんだろ」
いや、わかってる。わかってるよ?
どうせまずいんでしょ?
この世界に召喚されて、何度も裏切られてきたから私だっていい加減学習してる。
でも果物は新鮮なのが一番おいしいように、もぎたての木の実はおいしいかもしれないじゃん。
ええい、物は試し!
ぱくりんちょっと。
うん、モフモフと感じるこの感触はまさしくパンだね。
さぁ気になるお味のほうは――
「うげぇ、やっぱまじゅい」
触感がいいだけに、綿でも食べてるみたい。
しかも【味覚上昇】が発動してるからか、余計ひどい。
もぎたてなら大丈夫かと思ったけどそんなことなかったよ。
おいしくないご飯、ほんと無理。
「だけどこれに塩をかけて食べたら――」
おいちぃいいいいいいいい。
すごい! 塩かけただけでハチミツを練りこんだみたく甘くなったんだけど!!
これがさっきのパン? 完全に詐欺じゃん!
それに【消化吸収】があるから一つ食べても、消化がすぐ終わっちゃうのか。まだまだ全然食べられる。
しかも――
「おっ、ラッキー。あっちにもたくさん実ってるじゃん!」
ぴゅーっと、木の実のなっている森の奥深くまで走っていけば、そこには数多の種類の果物がこれでもかと実っている美食の楽園があった。
おおっすごい! どれも見たことない果物だけど、まるで果樹園みたい。
「ふふふっ、この世界、味はまずいくせに食べ物の種類だけはやけ豊富なんだよねぇ」
とりあえず味見をして、気に入ったものを一個、二個もいではアイテムボックスの中に収納していく。
必ず調理しなくちゃいけないけど、調理スキル限界まで上げてよかったー!!
アイテムボックスも超便利だし、疑ってごめんよ。オタク君!
「いやーようやく異世界に召喚されてよかったと思えるようになってきたよ」
日本にもおいしいご飯は多かったけど、異世界の食材も悪くないね。
そうして目についた食材があれば毒の有無を鑑定し、もぎ取った森の恵みに手あたり次第、塩を振って食べていくと、
「うん? なにこれ」
突然、首の後ろがチリチリし始めた。
蚊に刺されたってわけじゃないけど、なにかに見られているような感覚がある。
でもここには私一人しかいないはずで。
恐る恐る後ろを振り向けば、そこには黒くて大きな生き物が、木陰から私を見ていて
「お、おおかみ!?」
それも只の狼じゃない。トラックくらいでっかくて黒いオオカミなんだけどっ!?
や、やばい。こっちを見ているだけど。
と、ととととにかく鑑定。鑑定しなきゃ。
【種族:ブラッティウルフ。 危険度――SS級
500年前。魔王が生きていたころの眷属だった種族。
その体毛が黒くなるほど長命種とされ、危険度が跳ね上がる】
いや。めっちゃ真っ黒じゃん!! 夜空のごとき、漆黒じゃん!!
どどどどどどうしよ。逃げなきゃ。でも動物から逃げる時って背中向けちゃダメなんだっけ?
でも、あれ? あのオオカミ、ケガしてない?
お腹から血のようなものが流れている。
それに私をじっと見ているというより、
「もしかしてこの果物、食べたいの?」
『ウオゥ』
どうやらあちらの目的は私じゃなく、この樹に実った果物らしい。
とりあえず私をガブガブしないでくれるんなら、いくらでも取るよ、私は!!
相手を刺激しないようにゆっくりママナの実をもいで、すぐさま投げる。
放射線を描いて飛んでいくママナの実は、正確にブラッティウルフの足元に転がった。
だけど、ブラッティウルフは足元に落ちたママナの実に見向きもせず、依然として敵意のない視線で私の方を見ていて、
「もしかして、私が食べてるやつが食べたいの?」
試しに調理済みのママナの実を投げてやれば、待ってましたとばかりにブラッティウルフが食いついた。
おっ、食べてる食べてる。
魔物も食べ物の味の違いが判るのか、心なしかおいしそうだ。
「もう一個食べる?」
『ワウ!』
そして、塩をかけてはママナの実を放り投げる作業を続けることしばらく。
なにやら満足したのか。
ママナの実を咀嚼したブラッティウルフが、こちらを一瞥して風のように去っていった。
あの図体で五個くらいしか食べてなかったけど、あれくらいで足りるかな?
とりあえず助かった、ってことでいいんだろうけど。
「あ゛あ゛ーっ、死ぬかと思った」
どうやらすごく緊張してたのか、膝がもうがくがくだ。
今はたまたまママナの実の気分だったみたいだけど、やっぱりこの森ってちょー危険。
おいしい食べ物に夢中になるのは仕方ないけど、あんな化け物がごろごろいるんじゃ、いくつ命があっても足りないよ。
となれば、非力な私がとるべき行動は一つ。
「――化け物と遭遇する前にさっさと森から脱出しよう!」
町にさえ出ればあとはこっちのもの。
私の異世界グルメ生活がいよいよ始まるんだ。
そう思ったんだけど――
「…………捕まっちゃった」
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