第44話 これから変わればいい

「……なんだよ」


 リックは俺が目の前に来ると、一歩後ろに下がった。

 まだリックはどうすればいいのか分からない状態なのだろう。


 リックが爆破事件を起こした理由を知ってしまった俺にはもうリックを倒そうという気持ちはなかった。ただ、救ってあげたいと思った。

 リックからしたらただの偽善のように見えてしまうかもしれない。


 それでも、俺はリックを救ってあげたい。


「なあ、もうこんなことやめよう」

「なんで! ここでやめたら妹の仇が取れないだろ!」

「こんなことを続けたら、その妹が悲しむよ」

「……ッ!? お前に……お前に何が分かる!!!」


 リックは急に叫んだ。

 認めたくないのだろう。自分が妹のために妹の望まないことをしているという事実を。

 だけど、リックだって本当は分かっているんだ。


「妹のためにもやめよう」

「でも……そしたら妹は……うぅ……」

「妹はこんなことをしている兄よりも楽しそうに生活している兄を見たいと思っているはずだよ」

「そんな……でも……」


 俺はさらにもう一歩だけリックに近づいた。

 リックはうなだれたまま涙を流している。


 だが、突然のことだった。

 リックが急に顔を上げ、それと同時に右手から黒い液体を出し、それをナイフの形に変形させて俺の腹を刺したのだ。


「が……あ……ッ……ああ……」

「この状態でもまだ妹のためにやめろって言える?」


 リックは笑みを浮かべながらそう言った。

 だけど、俺にはその笑みが引きつった、無理やり作っている笑みに見えたのだ。


 俺が刺された瞬間、サリナとジョンはパニックになりながらこちらに来ようとしていたが俺が大丈夫だ、と合図をして止めた。それでも、二人は俺のもとへと来たのだけど。

 本当に大丈夫なんだけどな。


 サリナに関しては号泣してしまっている。


「二人とも、本当に大丈夫だから」

「でも、血が!」

「あとで回復薬を使えば大丈夫なはずだから」


 サリナは俺の腹から流れる大量の血を見てしまい、精神状態が少しマズい状態になっているようだった。だから、俺は痛みに耐えながらも何度も大丈夫だと伝えた。


 俺は腹を押さえながらリックの顔を見て、先ほどの問いに答える。


「この状態でも妹のためにやめろって言えるか、だったな。はあ……ッ……はあ……ッ……もちろん言うさ。もう、やめるんだ。妹が悲しむ」

「なんでそこまでして俺を止める!」

「……おまえを救いたい……から……」

「なんだよ、それ……」


 少しヤバいかも。

 視界が段々とぼやけてきた。さすがに血を流しすぎたか……。


 ぼやけた視界の中でリックが泣き叫びながら再び俺を刺そうとしているのが見えたが、リックが俺を再び刺すことはなかった。

 恐らく妹のことが頭に浮かんだのだろう。

 リックは妹の名前を呟きながら、俺の前で膝から崩れ落ちて号泣し始めたのだ。


 俺は今にも意識が飛びそうだったが、意識をギリギリ保たせ、号泣しているリックの肩を軽く叩いた。


「これからだ……」

「……え?」

「これから変わればいい……妹がかっこいいと思えるような優しい兄になれ……今からでも遅くないさ……」

「うぅ……うん……本当にごめんなさい……」


 リックは今、恐らく罪悪感が一気に押し寄せてきているだろう。

 ずっと、謝罪の言葉を何度も呟いていた。


「ああ……そろそろヤバいかも……」

「ユウくん! これ飲んで!」

「サリナ……ありがとう」


 サリナが急いで回復薬を鞄から取り出して、飲ませてくれた。

 俺はもう体がほとんど動かないので、サリナが俺に飲ませてくれた。


 回復薬を飲むと、腹の傷はすぐに消えていった。

 だけど、流した血までは戻らないようで、まだフラフラしている。


「ユウくん、大丈夫!?」

「やっぱり血を流しすぎたみたいで少し体がフラフラする」

「あまり動かないで休んで!」

「いや、大丈夫。少しこの子と話すよ」

「うん、わかった」


 俺とサリナの会話を聞いていたのかリックは顔を上げて、俺の方を見ていた。

 リックは本当に申し訳なさそうな表情をしている。


「もう落ち着いた?」

「はい。でも、俺、本当に皆さんやこの街の人たちに酷いことをしてしまって……本当に俺はどうしようもない馬鹿です……」

「さっきも言っただろ? これから変わればいい。街の人たちにもちゃんと謝って、これから変わっていく姿を見せていけばいい」


 俺はリックの頭を優しく撫でた。

 自分のしてしまったことに気づいた今、リックの心は壊れてしまいそうなほどに追い詰められそうな状態に陥っているかもしれない。

 だから、俺はリックに優しく接した。


「あ、そうだ。サリナ、紙とペン持ってない?」

「え、あるけどなんで?」

「ちょっともらっていい?」

「う、うん」


 サリナから紙とペンを受け取ると、俺は紙に自分の日本の住所を書いた。

 そして、それをリックに渡した。


 リックは困惑しているようだったので、渡した理由を伝える。


「もし、おまえが変われたら、その住所の場所に来い。待ってるから」

「……はい! 絶対に俺は変わってみせます。だから、待っていてください」

「ああ、待ってる。それじゃあ俺は、さすがに疲れたから少し寝るよ」


 目を閉じる直前、サリナとジョンの顔を見たが、二人も俺と同じようにリックを許したようで、優しい笑みを浮かべていた。

 それを見た俺は安心して、眠りについた。


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