第43話 妹
「妹……?」
俺がそう聞き返すと、リックは数秒間黙っていたが、怒りと悲しさの混ざったような表情のまま再び話し始める。
「俺には、五年前まで妹がいたんだ。名前は、エミリ。今も生きてたら十歳のはずだったんだ」
五年前まで妹がいた。
つまり、今はもういないということになる。
五年前に一体何があったんだ。
「五年前に何かあったのか?」
「ああ、そうだ。五年前にもこの街で爆破事件が起きたんだ」
「五年前にも?」
「ああ、その時に爆破されたビルの割れた窓ガラスが雨のように降り注いできた。それで、ビルの近くを歩いていた俺たちは大怪我を負った。妹はその時はまだ五歳で、俺よりも体が小さかったから命を落としてしまったんだ」
五年前にそんなことが起きていたのか。
俺は無知すぎる。
そんなことがあったというのに、俺は全く知らなかった。五年前の俺はニュースとかをあまり見るタイプの人間ではなかった。とはいえ、こんな大きな事件を知らなかったなんて。
俺は自分の無知さを恥じた。
ジョンの方を見てみると、ジョンはその事件のことを知っているようだった。
それで、その事件で命を落としてしまったのがリックの妹だと知ってかなり驚いているよう見えた。
やはりニューヨークではかなり有名な事件だったのかもしれないな。
俺たちが驚いていると、リックは俺たちを睨みつける。
「だから、俺はこの街の人たちにも同じ不幸を味合わせたかったんだ!」
そういうことだったのか。
五年前に起きた爆破事件でリックの妹が不幸にも命を落としてしまった。それがきっかけで、リックはこの街の人たちにも不幸を味合わせるために爆破事件を起こしてしまったんだな。
リックが爆破事件を起こした動機は分かった。でも、それは絶対にやってはいけないことだ。
「妹さんはどんな子だったんだ?」
「は? そんなん決まってるだろ。この世の誰よりも優しい子だったよ。だからこそ思ったよ。なんであんなにも優しい子の命が奪われなきゃならないんだってな!」
リックは妹のことを愛していたんだな。
それで、急に爆破事件が起こって、妹がその事件の犠牲者になってしまったんだ。他の人たちにも自分と同じ気持ちを味合わせてやると思っても不思議じゃないな。
だけど、どれじゃダメなんだよ。
本当はリックも分かっているのだろう。
もし、本当に他の人にも自分と同じ思いをさせてやると思ったなら、深夜に爆破事件なんか起こさないだろう。
本当にやるつもりなら、街に人が多くなる昼頃に爆破事件を起こしているはずだ。
「おまえは本当に爆破事件で人の命を奪おうとしたのか?」
「はあ?! 何を言ってるんだ。そんなの当たり前だろ」
「それじゃあ、なんで人が少ない深夜に爆破事件を起こしたんだ?」
「そ、それは……」
俺の言葉にリックは言葉を詰まらせた。
そして、その会話を聞いていたサリナとジョンも理解したようだった。
理解してからは、サリナとジョンも戦闘態勢を解いた。
リックも本当は分かっているんだ。
こんなことしていいわけがないって。でも、頭の中で色々な感情が混ざって何が本当にすべきことなのか分からなくなってしまっているのだろう。
俺たちがここで本当はこんなことすべきじゃないと教えてあげなくてはならない。
今、俺たち以外にそれを教えることのできる人がリックにはいないのだ。
「本当はこんなことすべきじゃないって、分かっているんじゃないのか?」
「……そんなことは……ないはずだ」
「それなら何故、深夜に爆破事件を起こしたんだ?」
「別に偶然だろ」
「時間は適当に決めるにしても深夜はないだろ」
「そんなことはない! 本当に適当だったんだよ!!」
リックはキレ始めた。
やはり、図星だったのだろう。
出来るだけ住人に被害を受ける可能性が一番低い深夜の時間に爆破事件を起こしたのだ。爆破事件を起こしている最中は、本当にこんなことをしていいのか疑問に思いながらやっていたはずだ。
それに、リックの妹も自分の兄がこんなことをすることを望んでいるはずがない。
「幸いにもまだ誰も人は死んでいない。まだ、間に合う。もう、爆破事件を起こさないでくれ」
「なんでだよ。なんで、妹だけが酷い目にあわなきゃいけないんだよ! 他の奴らにも罰を与えなきゃダメだろ!」
「本当におまえの妹がそんなことを望んでいると思うのか?」
「……ッ!?」
リックは急に難しい顔をしながら黙ってしまった。
恐らく今までも分かってはいたけど、気づかないように自分を騙していたのだろう。でも、他人である俺に言われてしまい、混乱しているのだろう。
だが、目を背けてはならない。
リックのためにも、リックの妹のためにもこれは目を背けることは許されない。
「本当は分かっているんだろ?」
「…………」
俺はゆっくりとリックの方へと近づいていく。
まだリックが危険な人物であることは分かっている。
それでも、俺はリックの本音が聞きたかったんだ。
ジョンはリックに近づく俺を見て慌てていたが、少しだけ任せてほしい。
俺はリックの前で足を止めた。
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