第25話 バケモノ

 喜び合うのもつかの間、馬の魔物たちが光の粒子となり魔石だけを落として消え去ったすぐ後にゴゴゴ、と地面が揺れ始める。


『『『なんだ……ッ!?』』』


 皆の顔から笑顔が消える。


「皆さん、岩陰とかに隠れて!」


 揺れのせいで色々なものが流れてきているので岩陰に隠れるように指示した。

 少し大きめの岩なんかも流れてきているので危ない。


 先ほどの馬の魔物との戦闘で信頼を得られていたからか、皆すぐに俺の指示に従って岩陰に身を隠してくれた。


「巨大な岩が落ちてくるぞぉ!!!」


 上の方から巨大な岩が降ってくる。

 落ちた衝撃で砂埃が舞い上がるが、幸いにも落ちた場所には誰もいなかったので怪我人は出なかった。


『あれは……』


 一人の男が天井を指差しながらぽかんと口を開けて立っている。

 俺を含む全員はその指差す方向に視線を向ける。


 すると、そこには先ほどの巨大な岩があった場所なのか大きな穴が出来上がっていた。


「うん?」

「どうしたのユウくん」

「いや、あの穴の中になんかいないか?」

「え……」


 その穴の奥に何かがいる。

 皆が見つめるなか、それは姿を現す。


 ドスン、ドスン、と足音を鳴らしながら巨大なそれ――バケモノは穴から出てきて鼓膜が破れてしまいそうなほどの大きな叫び声を上げた。


『キキキギャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』


 皆、耳を塞ぐ。

 だが、あいつから目を離すわけにはいかないため、視線は逸らさない。


 約十秒間にもわたって叫び続け、叫び終わったかと思えば突然、こちら側に視線を向けてじっと見つめてくる。


『構えろぉぉぉおおおお!!!』


「急に大声を出したら――」


 急に俺たちの周りを強風が吹く。


「なんだ?」


 風がやむと、バケモノは穴の前から姿を消していた。

 あれ、どこに行った?


 そういえばさっき叫んでいた男の声が急に聞こえなくなっている。

 今の強風でどこかに飛ばされたのではなかろうか。


 それにしても、なんで急に風が吹いてきたんだ?


「あの! 皆さん大丈夫ですか!」


『うぅ……あぁ……たすけ……て……』


「ッ……!?」


 助けを呼ぶ声が聞こえた方向を向くとそこには無残な光景が広がっていた。

 

 助けを呼ぶ声の主は、先ほど叫んでいた男だった。

 その男は、肩から腰にかけて真っ二つに切り裂かれ、そこは大量の血が流れていた。


「これを飲んでください!」


 俺は鞄からエリクサーを取り出し、その男に飲ませる。

 血は止まったが、真っ二つにされたその体は修復されないようだった。


 エリクサーはどんな怪我でも治すんじゃないのか?


 腕を切り落とされても治すと聞くが、さすがにこの負傷は治せないのか……。

 それか、この男の意識がすでに朦朧もうろうとしているからダメなのか。意識がちゃんとしている状態じゃないと効果が効かないとか?


 分からないが、恐らくこの男はもう助からないのかもしれない。

 でも、何故急にこの男の体は真っ二つに切り裂かれた?


「あのバケモノはどこに行った!?」


 そうだ。

 あの強風の後からバケモノが見当たらない。


『あ……あ……あ……』


 一人、腰を抜かして尻もちをついている男が俺の後方を指差しながら怯えているようだった。

 その表情でなんとなく察しがつきながらも俺は恐る恐る後ろを振り返る。


「!?!?!?」


 俺の予感は当たり、俺の後ろにそのバケモノはいた。

 待て待て待て待て!


 はあ?


 一瞬で俺の後ろに来たのか?


 それも、俺の後方に辿り着く前にあの男を切り裂いたのだろう。

 聞いていた話と全然違うじゃないか。


 クイックバード並みの速度……?

 笑わせるな。


 クイックバードが遅く感じるほどの速さだぞこれ。


「こいつはやばい!!!」

「このバケモノいつの間にここまで来たの!?」


 俺はサリナと一緒に慌てて数歩下がった。

 サリナも俺と同じく困惑しているようだった。でも、絶望しちゃいけない。


 今の速さで分かった。

 俺たちがここから生還するには、こいつを倒す以外に方法はない。

 こいつは絶対に俺たちを逃がさない。


「ピンチだな」

「情報以上に速いよね」

「ああ、逃げるのは無理だな」

「それに皆、この世の終わりみたいな顔をしてしまってる」

「私たちが倒さないとダメってことだね!」

「そうだな。ははっ、サリナは凄いな。この状況でも絶望しないんだな」

「そりゃ、ユウくんが一緒だからだよ。それに、もう忘れたの? 私がユウくんを守るって約束したじゃん!」

「そうだったな。そして、俺もサリナを守る、だよな!」

「うんっ!」


 俺とサリナの今の掛け合いを見ている人がいたら、確実に狂人認定してくるだろうな。

 狂人でもなんでも、俺たちは思っていることをただ言っているだけなのだ。


 お互いの共通認識は、二人ならどんな強敵が相手でも怖くない、ということだ。


 サリナが俺の方を見ながらニコリと笑えば、俺の顔にも自然と笑みが浮かぶ。


 配信のコメントでは恐怖を感じる者、呆気に取られている者、盛り上がっている者など色々な人がコメントをしておりコメントの流れが加速していた。



【ライブチャット】


:あのバケモノ、早過ぎない? 二人とも逃げて!!!


:この二人笑ってるんだけど……


:この二人ならいけるような気がする!!!


:怖すぎる……


:ユウさんとサリナちゃんを信じよう



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