6-3:サクッと


 何時からだろう。

 強がって周りと歩調が合わせられないなんて言い出したのは?


 どんなに走っても手を伸ばしても届かないそれはあたし自身だ。

 あたしの心だ。


 あたしはいよっちに自分を重ねていた。



 

「いよっちぃっ!!!!」




 遠くへ連れ去られる唯一の「親友」いよっちにそう叫びながらあたしはその場でこけて倒れる。

 

 

 ドサッ!





「う、ううぅぅううううぅぅぅぅぅっ、うわーんッ!!!!」





 あたしはその場で倒れたまま泣き出す。

 

 なんでいつもこうなんだろう?

 自分は自分なりに努力しているはず。

 それなのに何もかもいつもうまく行かない。

 学校だって家族だっていよっちだって!





『お前は何を望む?』




「ぐすぐすっ、何を……って……?」



『我は我の世界に来た強者と対等だと思っている。過去にもお前たちの世界から何人か我の世界に繋がりし強者と言葉を交わした。彼らは皆我に言葉を望んだ。お前は何を望む?』



 その声はあたしの頭の中に直接聞こえてくる。

 あの暗いクレバズに落ちた時のあの声。



「ぐずぐず、あたしは友達が欲しい、親友が欲しい、いよっちが欲しい! なんでいつもうまく行かないの? なんであたしはいつも一人ぼっちなの!!」



『それは全てお前の中にある。お前はいつも心を閉ざす。だからこれはお前が招いた結果だ』




「!?」




 その言葉は一番聞きたくないものだった。


 頭では分かっている。

 でも心がそれを認める事を拒否している。



 だってあたしは何をやってもうまく行かない。



 高校生になったはいいけど身長は全然伸びないで百四十六センチどまり。

 胸だってペタンコで、ブラしなくたってもいいくらいだ。

 やせ形でいつもうつろな顔して、髪の毛なんかちゃんとお手入れして無いから長くなってぼさぼさ。

 隣の可愛らしい女子高生しているクラスの人なんかの横にいると、それだけで陽キャの光であたしがかき消されそうになる。



 そんなあたしに友達なんかできるはずがない。



 どう見てもオタクなクラスの女子だって仲間がすぐに出来てあたしなんか見向きもしない。

 あたしの居場所は何処にもなくなっていく。




「あ、あたしは……」


『お前はお前の望んだ結果の為に何をした? 我の前に来れるだけの強い思いがあるのではないのか? 我は何もしない。我はお前たち強者に言葉をかけるだけだ。そしてそれを決めるのはお前たち自身だ』



 その声はそう言って沈黙する。


 長い長い沈黙。


 分かってはいる。

 お父さんにも言われた、「でも最後は自分で決めるんだよ。お父さんは最低二年は帰って来れないからこれだけは言う。自分の事は自分で決めるんだ」って……



 あたしは……


「それでもこの生き方は変えられない。自分が選んだこの生き方を!」



『それがお前の本当の気持ちか? であれば我は何も言う事はない。それで本当に良いのならばな』



 息が止まった。


 あたしはどこかで優しい言葉を待っていたのだろう。

 どこの誰だか知らない。

 あたしの一番言ってほしくない事をズバリと言うこの声に抗い、また強がる。

 

 しかしその言葉はあたしの心奥の扉に手をかけてしまった。



「あ、あたしは……」



『さあ、言うが良い。我はお前の本当の気持ちを聞いてやろう』



 それがあたしの心の扉を開いた瞬間だった。






「あたしは一人でいたくない、本当は皆と、いよっちと一緒にいたい!!」






 それは何も混ざってないあたしの本当の気持ちだった。

 これほど素直に、そしてあたしが欲している事を言葉にして自分で自分の言葉に驚く。

 


『その願い、既にお前はかなえている。その気持ち忘れる事無ければお前はお前の望む事を掴む事が出来るだろう。だから我はこれ以上お前に言葉をかける必要はない。強き者よ、お前の未来に幸あれ』



 それだけ言ってあの声は遠ざかる。

 いや、遠ざかっている気配が分かる。


「ちょ、ちょっと待ってよ! あなたは何者よ? 一体どう言う事なの!?」


 思わずそう大声を上げる。

 あたしの心の扉を開いてしまった存在。

 あたしの心に大きな風を吹き込んだ存在。

 どこの誰だか分からないけど、もう二度と会う事は無いような予感があった。

 だからあたしはこれだけは聞きたかった。



『我は我だ。お前たちは我の事を〇×△と呼んでいたが、我は我だ。確かにその昔十の言葉を教えたり、瞑想をする者に悟りの言葉をかけたりもしたが、彼らは皆我を〇×△と呼んでいた。お前たちの世界で言う全知全能とかな。しかし我は我の前に来た強者に言葉をかけただけだ。全てはお前たちの心にある。それだけだ』



 その声はそう言って今度は本当にあたしから遠のいて行く。



「マジ? それって……」



 それを聞いたあたしは思いつく存在がたった一つであることを思い出す。

 でもそんなモノ一度も信じた事はない。


 でも……



「ありがとうね……」



 お礼の気持ちだけは自然と口からこぼれ出していた。

 そしてその言葉を受けてあの声の主は片手を上げたような気がしたのだった。



 * * * * *



「はっ!?」


 気がついた。

 あたしは目をぱちくりしていると周りにプレーヤー冒険者がたくさん集まって来ていた。



「おい、大丈夫かあんた?」


「すっげーよな、あのバケモン倒しちまうなんて!!」


「もしかしてMP使い切ったの? 誰だか分からないけど渡されたアイテムボックスに回復薬あるから使う?」


「起きれるかい?」



 ゆっくりと、そして周りを見渡しながらあたしは起き上がる。

 あたしはプレーヤーの冒険者の皆さんの顔を見る。



「あんたのお陰でどうやらネットの接続が回復したようだよ。今運営と連絡が取れて修正プログラムを送り込んでいるらしい。まもなくこの状況も落ち着いて、ログアウトも出来るらしい。全部あんたのおかげだよ。もしよければ名前を教えてもらえないか?」



 冒険者の中でも先頭を取って指示していた人だ。

 あたしはその人を見ながら言う。


「あ、あたしは……」


 みんなニコニコ顔だった。

 あたしは一旦目をつぶり、ゆっくりを瞳を開きながら言う。




「ごめんなさい、恥ずかしいです! 失礼します【空間移動】!!」




 ヒュンっ!!



 こうしてあたしは宿屋の自室へと逃げ出すのだった。


 

 * * * * *



 その後、あたしは無事ログアウト出来、目を覚ますとお母さんや妹がベッドのすぐ横にいた。


 あたしが目を覚ますとお母さんも妹も大喜びで抱き着いて来てくれたけど、ずっと蒸し暑い部屋でゲームしてたから臭くないか気になってしまっている。



「お兄ちゃん、お姉ちゃんが気がついたよ!!」


「本当か! おい憂津子大丈夫なのか!!!?」



 良かった良かったと涙ながらに抱き着くお母さんとお兄ちゃんを呼びに行く妹。

 やっぱ家族にも迷惑かけちゃったなとしみじみ思う。


 でも……



「ありがとう、そしてただいま」



 

 あたしは素直にそう家族のみんなにサクッと言うのだった。

 

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