3-2:過去


 それは唐突な出来事だった。



「ごめんねゆっきー、あたし同じ高校へ行けない。それ所かおばあちゃんの所へ引越ししなきゃならない……」


「え? なんで? いよっち、どう言う事?」


 中学三年間、何故か馬が合いそしてなんの偶然か三年間同じクラスに一緒になった友人、江西奈伊代(えにしな いよ)はあたしにそう言った。


 あたしもいよっちもそれほど頭が良いわけではない。

 でも近くの公立高校へは何とか行ける。

 だから二人してまた同じ高校へ通おうと約束をしていた。


 しかし師走が近づく季節、最後の追い込みとばかりに二人して勉強したり高校に入ったら何しようかと盛り上がっていた頃だった。


 それがいきなりどう言う事?



「いよっち、どう言う事?」


「実は…… 前々からもめてたお父さんとお母さんが離婚することが決まって、お母さんがあたしを引き取ってお婆ちゃんの家に行くことが決まったの……遠くのお母さんの実家。とてもじゃないけどゆっきーと同じ高校へは通えないよ……」



「なっ!」



 あたしはその言葉にただ、ただ絶句するしかなかった。

 確かに最近のいよっちはちょっと暗かった。

 あたしは単に受験勉強の追い込みのせいだとばかり思っていた。

 でもそれは間違いで本当の理由は親の離婚……


「いよっち……」


「ごめんね、ごめんねゆっきー……」


 ぼろぼろと泣き出す友人にあたしは何も言ってあげられなかった。


 親の離婚。


 子供であるあたしたちにどうこう出来る問題じゃない。

 正直、もの凄く重いものがのしかかって来る嫌な感じ。

 そんな大人の都合であたしたち子どもは何の選択も出来ないまま別々の高校へ通う羽目になる。



「その、何時おばあちゃんの家に行くの……」


「ぐず、ぐずっ、年末。年が明ける前に引っ越しするって…… そのままあたしは向こうの高校を受験しなきゃいけないから……」


 涙を拭きながらもそう言う友人。

 親友と呼ばないのは一緒に高校に入るまで友人であると二人で何かのテンションで決めた事。


 あたしには友達がいない。

 いや、いてもうわべだけの付き合い。

 大して楽しくないのに一緒にいるのって苦痛。

 別に楽しくないのに芸能人の誰が好いとか、韓国のダンスが凄いとかそんな話ばかり。


 それになじめなくなった時同じように一緒にいた、いよっちと妙に馬が合った。

 

 それからあたしたちは二人してつるむことが多くなった。

 あたしの友人。

 まだ親友になっていない友人。

 そして唯一無二の友人……



「そ、そっか、それじゃ仕方ないよね…… む、向こうに行っても元気でね……」


「ゆっきー?」


 あたしはその場でいよっちに背を向けて走り出していた。

 本当はもっといろいろと話したかった。

 もっと一緒にいたかった。

 でも、この何とも言えない悲しみと苛立ち、そして何より一緒に同じ高校へといけない事、「親友」と呼べなくなることへのもやもやした気持ちがあたしを走らせた。


 涙があふれ出して来る。





「ゆっきーっッ!!!!」






 それがあたしが最後に聞いたいよっちの言葉だった。


 

 

 * * *



 翌日いよっちは学校へ来なかった。

 いや、ホームルームでいきなりの転校が知らされた。

 中学三年生の十二月に転校だなんてとクラスでは騒いだけど、当の本人も来ていない、先生も事務的にその事実だけを伝えてすぐに日常に戻った。


 もうすぐ入試のあたしたちには他人をどうこう思うほどの余裕が無かった。


 あたしもそんな一人だった。

 いよっちの事を忘れる為に受験に没頭した。

 一緒に撮ったプリクラとか、何かとか全部捨てて。



 そして受験日を迎える。


 受験は滞りなく進み、面接も自分でも驚くほどちゃんとできた。

 誰が見ても真面目な女の子。

 そうふるまう事であたしはいよっちの事を忘れようとした。


 でも……




「あった……」



 合格発表で張り出された自分の番号を見つけた時、思わずスマホで一番最初にいよっちに電話をした。

 何故かはわからない。

 でもどうしても電話をしたかった。



『おかけになった電話番号は現在使われておりません―― おかけになって電話番号は現在使われておりません――』


「へっ?」



 スマホの向こうから聞こえてくるその機械的な声は同じ事を繰り返すばかりだった。

 あたしは慌ててもう一度かけ直す。



『おかけになった電話番号は現在使われておりません―― おかけになって電話番号は現在使われておりません――』



 電話にから聞こえるその声は変わる事は無かったのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「それじゃぁ順番に自己紹介して。一年間みんなで仲良くやって行こう!」



 やたらとやる気のある教師が担任になった。

 教室の窓側、後ろに近い場所であたしはぼぉ~っとそんな様子を見ている。

 高校に入ってクラスが決まって、初めてのホームルーム。

 何人か同じ中学校から来ているけどほとんどが知らない顔。


 みんななんかそわそわしている。


 でもあたしはあの日からずっと気分が落ち込んだまま。

 

 結局いよっちとはそれ以来連絡が取れなくなっていた。

 メアドも連絡してもメールが帰ってくるところ見ると、完全に携帯電話の契約を切ったか何かだ。

 SNSも通じなくなっている。


 こうなるともういよっちと連絡の取り様がない。


 中学の先生たちに連絡先を聞いても個人情報が何たらとかで教えてくれないし、代わりに伝言頼んでも面倒くさがってやってくれない。


 結局大人の都合に振り回されるあたしたちはなにも出来ないでいる。



「えーと次は紀文憂津子、元気に自己紹介してくれ!」


 なんでこんなにテンションが高いのだろう?

 まだ若いその教師はにこやかにあたしの名前を呼んで自己紹介しろと言う。

 別に名簿でも見ればあたしが女で紀文憂津子と言う名前だってすぐに分かるだろうに。


 あたしは仕方なくのっそりと立ち上がり自己紹介をする。


「〇×△中学から来ました紀文憂津子です。よろしくお願いします」


 それだけ言って座った。

 すると周りの連中はそれだけかと言うような顔でいぶかしげにあたしを見る。


「ん~紀文、自己紹介それだけでいいのか? もっとみんなみたいに自分の趣味とか好きな物とか無いのか?」


「……ありません」


 それでもこの場を盛り上げようとテンションやたらと上げて来る教師にちょっと苛立ちそれだけ言うと彼は更にテンション上げてしつこく聞いてくる。


「別に些細な事でも良いんだぞ? これからみんなと一年間一緒のクラスなんだから、もっと『親友』たちと仲良くやって行こうじゃないか!」


 あたしはその言葉に思わず反応する。

 「親友」と言う言葉は一緒にこの高校に通うはずだったいよっちにしか使っちゃいけない言葉だ。

 それを「友人」にもなっていない連中を「親友」なんて呼べない。



「ちがうっ!」



 あたしは叫んでいた。

 そして立ち上がり言う。



 がたっ!



「あたしの『親友』はいよっちだけ! いよっちだけなのっ!!」



 そう叫んで教室から飛び出す。


「お、おい紀文!」


 後ろで担任の声が聞こえるけどもう止まらなかった。

 あたしの「親友」になれるのはいよっちだけ、江西奈伊代だけなんだ!!


 その思いがあたしの頭の中でぐるぐる回っている。

 あたしはいてもたってもいられずに駆け出し何処をどう走ったかもわからない。


 そして気がついた時、あたしは屋上にいた。

 


「いよっち、嫌だよぉ、なんでだよぉ」


 そう言いながらポケットからスマホを取り出す。

 そして繋がらない「親友」に成るはずだった「友人」の番号を呼び出す。



『おかけになった電話番号は――』





「うわぁあああああああぁぁああぁぁぁぁぁっッ!!!!」





 がしゃっ!



 気がついたらあたしはスマホを投げ飛ばしていた。

 

「はぁはぁはぁ…… いよっちぃ……」


 あたしは膝を抱え一人屋上で泣き出すのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 あの後どんな顔して教室へ戻ればいいのかわらなくなった。

 なのでそのまま家に帰った。

 しかしホームルームを飛び出した事を親に連絡されさんざん注意されてまた学校へ通う事になる。


 同じ時間に同じ服着て、同じように登校をする毎日。

 クラスのみんなはあたしを腫物扱いをして最低限の接触しかしなくなっていた。


 当たり前だ。


 こいつらは皆ただの同級生。

 友人ですらない。

 

 高校と言う場所で単に一緒に学び、そして卒業すればもう二度と会う事も無いだろう。

 学生時代に友人を沢山作っておけ何て言われるけど、それって何のため?

 

 中学の連中だって卒業したら疎遠になる。

 だったら高校だって同じじゃないだろうか?


 無理して知らない連中と仲良くなって、大人になっても使いそうもないような事を勉強をして……






 

 何のため?






   

 あたしの中にその疑問は日に日に大きくなって行き、そして学校へ行くのが少なくなった。

 そんなある日、お父さんが海外赴任することが決まった。



「お父さん……」


「憂津子、今は自分のしたいようにすると良い。学校に行きたくないなら行かなくてもいい。でも最後は自分で決めるんだよ。お父さんは最低二年は帰って来れないからこれだけは言う。自分の事は自分で決めるんだ」



 あの日そう言ってボストンバックを引っ張りながらお母さんと玄関を出て行った。

 お兄ちゃんは大学生で授業があるからお父さんを見送りに行けない。

 妹も中学校があるから同じくお父さんを見送る事は出来ない。


 

 玄関であたしだけ、お父さんが家を出て行くのを見送る。



 お母さんは駅まで車でお父さんを送っていく。

 扉が閉められ、あたしはとうとう一人ぼっちになった。



 ピロリん!

  


「あっ……」


 投げ飛ばして壊れたあたしのスマホの代わりにお兄ちゃんがお下がりのスマホをくれた。

 まだ全部アプリとか消しきっていないそのスマホからゲームの更新のお知らせが入って来た。


 あたしはその画面を見ながらふらふらと二階の自分の部屋に行く。




 そしてベッドに横になりながらそのスマホの着信ゲームを開いてみるのだった。


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