我らヒーローであるが故
さくさくサンバ
第1話 魂のバディ ※ただし続かない
『反社会的ですよ! 見たでしょう今の! 今の変身過程を。これ。とんでもないことですよこれは』
作戦室に備え付けの55型液晶ディスプレイの中でおっさんが唾を飛ばしている。スタジオ内の飛沫感染にご注意くださいキャスターさん。四十超えのおっさんから風邪にしろなんにしろ貰うのは、妙齢の女性には辛苦極まることだろう。
『そ、そうですね。しかし事件解決への貢献もあり』
『貢献ん? そんなものはねぇ、当たり前、当然なんですよ。他の方も同じように貢献してるでしょう、事件解決も事故の防止も犯人の確保も。それが仕事なんだから。そこは当たり前なんですよ当たり前』
女性キャスターの発言を遮ってでも、かの中年男性には訴えたい主張であるらしい。煎餅をパキリと折って、俺は一旦はそれに耳を傾ける。
『はいこれ、ここです。どうですかこれ、どう思います?』
『ええと……あの、私は専門家ではないので浅慮な意見を申し上げるのはちょっと……』
賢明ですなぁ。煎餅にお茶くらい賢明。うまい煎餅とうまい茶が俺を満たす。
テレビじゃ見るに堪えない映像の一時停止がドアップだから目は腐る。ゴールデンタイムに大写ししていいシーンじゃなさすぎる。というのは、確かにおっさんの言にも頷ける一理があるってことではあるか。
『おかしいでしょう。股間のチャックを開けてパンツを見せびらかすヒーローが他にいますか!?』
そりゃまぁ、いないだろうよ。
『これはね、反社会的なまでの社会の窓なんですよ!』
ちょっとなに言ってるかわかりませんね。
〇
そういう感じでヒーロー活動やらせてもらってます。俺、古賀甚太、21歳、大学生。誕生日は十一月十一日、血液型はAB型、右利き。あと彼女募集中。
正体は秘密ね。
「クソっ、こんな野郎に捕まってたまるかよ!」
「まったくだぜ! こんな最近噂の変態ヒーローなんかに捕まってたまるかよ!」
「おうとも! 人様の眼前で社会の窓を開けて憚らない痴漢野郎に捕まってたまるかよ!」
なんだろう、三つ子なのかな? 三人が三人ともフルフェイスのヘルメットを被ってるからわからないけど。
眠らない大都会とやらには今日も元気に悪党が徘徊している。強盗するには、銀行のセキュリティを甘く見すぎたな。
「たまるもたまらないもありましょうが、すんませんけどあまり時間をかけるつもりはないんですよね」
顔の下半分を覆うマスク越しだと俺の声はくぐもって響く。これ、だいぶ喋りにくくて嫌いなんだよね。身バレ回避のために仕方なくしてるけど早いとこ改良して欲しい。
「ほざけよやぁ!」
路地裏で相対していた男三人組の内の一人がこちらに突っ込んできがてら鉄パイプを振り上げている。持参したのか拾ったのかどっちだろう。
たぶん、生身でも制圧は出来る。それも大して時間をかけずに。だがしかし、そういう慢心が怪我のもと。
俺はズボンのチャックに手をかけた。
「痛くしないから。先っちょだけだから」
半オープン。
今日のパンツは水色です。
〇
人類が魂を観測してから十年経った今日、人の世は変わった。
未定則力だかなんだか、詳しいところは俺にはさっぱり理解できないものの、魂とかいうものの力を引き出すことの出来る人間、あるいは引き出させる技術を持った人間というものが、善にも悪にも特出した存在となってしまったのだ。
早い話、超能力だとか超パワーだとかが現実のものになったわけ。わかるだろ? つまり、人間が人間以上になったと同時に実験動物に成り下がったってことだよ。
まわりくどい話はよそう。
とにかくそういった変革が俺の身にも幸か不幸か直撃し、おかげさまで俺は変身能力なんてものを獲得しましたとさちゃんちゃん。
社会の窓を開くほど身体能力が上がる。
どうだい? 馬鹿げてるだろ?
往々にして魂の力なんてのはそんなものだった。
祈るほど軽くなる人。必殺技を叫ぶ人々。衣類限定透視能力、は速攻で社会からさよならしたと裏の情報通が言ってたことだ。
馬鹿みたいな方法で馬鹿みたいな力を発揮する人間が現れて久しく、大も小も犯罪が激増したためになし崩しに立ち上げられたのが、個人による警察代行、いわゆるヒーローってやつなんだ。
どうだい? 馬鹿げてるだろ?
〇
強盗未遂を所轄の警察署にポイ捨てした後、とある民家に足を運ぶ。
あぁうん。秘密基地。
ヒーロー活動には色んなスタイルがあるんだけど、俺はいわゆる『正体不明のヒーロー』でやらせてもらってる。だって下半身露出しなきゃいけないから。
深夜に明かりのない家屋のドアを開き、ポチポチっと壁を叩くとあら不思議、廊下に地下への階段が現れた!
「こんばんはー。やってますぅ?」
居酒屋にしちゃ広い空間に問いかける。返事はない。こういう時、大抵『博士』は奥の研究室にいるというか俺が訪れた際に99%そこにいるんだけど。
意味は為さないけどノックしてからドアを開けた。
キュイキュイ、と鳴るよくわからん回転装置。
なんか泡立ってる緑色の液体。
フラスコ、ビーカー、ピンセットetcetc。
相変わらずなにをやってるんだかさっぱりだ。
「『博士』、戻りましたよ『博士』」
部屋の隅の机の前に立つ白衣姿に声をかける。振り返った顔はシャチ。はいきた異形タイプ。ってわけで、こちら『博士』ことシャチ人間の熊谷さん。名前は知らないしややこしいねシャチなのに熊って。
「早かったね。ふむ。力は使ったのかい?」
「使いましたよ。残滓だって残してこなきゃいけないですからね」
未定則力の行使には痕跡が残る。力の残滓ってやつらしいが、これは理解できないがなんとなく理解できる。火が燃えたら消えてもしばらくは熱いもんだろう。
「ふーむふむ。なーほーなー。……制御が甘くなっている?」
「ええ。軽く二割程度開いただけでもう、コンクリも砕いちゃいましたよ」
路地裏に残してきたのは俺の魂の一部だけではない。不本意ながら、後日賠償請求されるだろうものも残してきてしまったのだった。
「そうか。……ではなにはなくとも、いってみようか。ボロン」
「その効果音やめません?」
俺のズボンは『博士』手製の特殊服である。ボロン、と下半身丸出しにされるのにももう慣れた。声紋認識こわい。
〇
ヒーロー。
人のため、世のため、働く者。
夢物語が現実になったように、荒唐無稽も実態となった。民間の警察代行なんてのが罷り通る世界は、十年前には想像も出来なかったものだ。
ましてや俺がそうなるなんてのは、それこそ未だに夢なんじゃないかって思う時がある。
ヒーロー。
人のため、世のため、働く者。
そこに心はない。
目指し成った者。成ってしまった者。成るしかなかった者。
すべて、ヒーロー。
〇
時には結束して活動することもある。ヒーローなんて呼ばれちゃいるが当たり前に限界というものがあって、例えば大規模な変異生物の出現なんてものには個人じゃ対処しきれない。
「避難は!?」
「七割! あと五分もたせて!」
ということらしい。
ちなみに変異生物ってあれね、人間が魂というものをどうこうしだしたせいかどうか時同じくして出没するようになった化け物どもね。一説じゃ、世界自体の均衡を保とうとする作用だとかなんとか。
そういう御託が心底どうでもいいのが現場ってやつ。
「マズい! 向こうはまだ避難が終わってないぞ!」
体高4、5mほどの六足の犬っぽい化け物がバタバタと気色悪い走り方で向かう先、テレビ局にはまだかなりの人が残っているとは俺も聞き及んでいた。
周りには俺の他にも五人、ヒーローがいるが、事前情報じゃ戦闘力はそう高くない
。だからこうして避難支援をメインに後続の高位ヒーローの到着を待ってるわけだしな。
ならまぁ、仕方ない。
「一分! 足を止める! 頼んだぜ!」
勇ましく叫んではみたものの、それでやることが股間のチャックを下ろしきるなんて行為なんだから、ほんと俺泣いていい?
今日のパンツは赤色です。
〇
「うおぉおぉおおおおお!!!」
こういう時、必殺技を叫ぶ連中の気持ちを理解するよね。まぁ彼らはそれが発動条件って場合もあるんだけど、とにかく。
「行かせるかよぉおおおおお!!!」
気合いが入るのは間違いないだろうが!!!
丸太みたいな脚に全身で組み付いて、六分の一でも動きを阻害すれば走れまい。ビルの壁も車も、数人の人も、お構いなしにぶつかって削って潰して跳ね飛ばしていた化け物を押し留める。
くそが。
チャック全開の俺はF1カーだって真正面から受け止められるっつうのに、辛うじてその場に踏ん張るのが限界たぁ、この化け物はマジでどんなパワーしてんだっていう話だよ。くそが。くそがくそがくそが。
最早口を開く余裕もなく、何度も弾き飛ばされては組み付いてを繰り返す。せめて俺を見ろよ。したら相手させてもらうからよ。無視して行こうとすんなってなぁワンコロ。
服はボロボロ、体は傷だらけ。それでも、ボロボロにはなっても残っているのが特製ズボンだ。
俺の力には七面倒なところがあって、下半身やパンツを見せればいいってわけじゃない。社会の窓からこんにちはする必要があるのだ。
そのための、絶対に脱げ切らないズボン。
「くそっ、もう予備はねぇんだぞ」
振り飛ばされてビルに叩きつけられたせいで一瞬、思考が過る。そう簡単に量産は出来ないってのに、こうも容易くボロにされちゃ堪らん。
一分。
そうしてなんとか一分を生き延びて、宙を舞いながらテレビ局の様子を見た俺は、笑った。
ま、一分程度で避難が終わるわけねぇよなぁ。
笑うしかないだろ。
局ビルに突進していく化け物と、あぁその先には今まさにビルを出てきた女性がいる。逃げる、ってのは、タイミングが悪いと裏目だよなぁなんてそんなこと考える余裕があるのは、たぶん走馬灯に似た思考の高速化だろうな。ということすら考えられるんだから人間大したもんだよ。
わるい。俺があと五秒でも、稼げれば……。
そんな後悔やら悔恨やらが涙になり、流れる前に見えたものに俺は目を見開いた。
「お、ぉお、おお! おぉおぉ」
それは気勢というには情けなく、雄叫びというには下手くそだった。
化け物がいよいよ女性ごとビルの壁面を叩き割ろうという間際、割って入る人影があったのだ。
おっさんだった。
あぁそういえば、ここはテレビ局であの女性はキャスターか。
バカげた巨大な衝突音と飛び散る瓦礫、舞う煙と埃、ついでみたいに俺も地面に叩きつけられる。
やるじゃん、おっさん。
軋む全身に、中年のおっさんから力を貰うなんてのはこれっきりにして欲しいもんだ。
「おぉおおおおおおおおお!!!」
これは後で聞いた話だが。
誰かが言ったらしい。この日、ヒーローを見たって。
俺も見たよ。
〇
「それで『博士』、どうだ!? 容態は!?」
秘密基地の医療室の前で俺はシャチ頭を見上げて詰め寄った。
「そう慌てるな。無事上手くいったよ」
『博士』はまったく事も無げに言ってのける。
「君だって私の技術力は知っているだろう? たかが四肢がもげた程度、大したことじゃない」
「そ、そうか……ならまぁ、よかった」
強張っていたものが抜け落ちて、代わりに湧いてくるのはなんで俺が倍は年食ってそうな草臥れたおっさんを心配しなきゃいかんのかって感情だ。
無事ならええわもう。
「おや、どこへ? 中には入らないのかい?」
「いい、いい、いいです。民間人に被害があると事情聴取とか面倒なんで気にしてただけなんで、無事ならそれでいいですよ」
これで二日前の事件では、幸いなことに民間人の犠牲者は出なかったということになる。ならいい。今も目を覚まさないヒーローがいて、あの日に殉職したヒーローがいるとしても、民間人が無事ならばそれでいい。それが『ヒーロー』という俺たちと人類の契約だから。
「ふむ、民間人、か……まぁ、犠牲ではないし、問題はあるまい」
『博士』が呟いた言葉に俺の足は止まる。そんな調子は、俺の時にも聞いたぞおい。
「ちょっと待ってください。犠牲ではない……無事って、大したことないって、あんたまさか、また」
やりやがったのかと、問う前にドアが開いた。『博士』が出てきたドア、つまり医務室のドアが、開いたのだった。
「とんでもないことですよこれは! これは!? 一体どういうことなんですか!?」
出てきたのはおっさん、ではなく。
素っ裸の、若い綺麗な女性だった。
え……どゆこと……???
「おっと。もう目が覚めるとは。ふぅむ。やはり君も素晴らしい素質を持っているようだね。どうかな、体の調子は」
「すこぶる良好ですね! こんな体になっていることを除けば」
そう言って女性はその場で軽くジャンプを数度してみたり体を横に曲げてみたりする。もちろんずっと素っ裸。
「うん。いいですねぇ、とてもよく動ける。いやぁ、若い頃を思い出すなぁ」
目を細めて感慨に耽る若い女性。そろそろ俺も事態を吞み込めてきた。
「て、てめぇ! やりやがったな! てめぇ、また人を、人の体、魂を弄りやがったな!?」
「弄るだなんて人聞きの悪い。私はただ魂のありのままを表現しただけだよ」
「くっ……このっ」
「ほほう。魂の。そうですか、なるほど。たしかに私の魂……根幹とも言うべき精神性は……ふむふむ。中々の美女だったようですねぇ」
「ひぇっ」
魂に肉体を合わせた。
つまりわかっちゃいたことだが、この目の前のスタイル抜群のクソ美人は、つまりあの中年太りの髪の薄いおっさんと同一人物というわけで、俺は背筋に毛虫千匹這ったかと思ったね。
「どうですか? あなた的にはこの体は。どう映りますか?」
にじり寄ってくる黒髪美乳美女(元おっさん)。
吐いていい?
「よ……寄るな……」
「そう言わず。……私は、見直して考え直したんです。……本当のヒーローの魂に、過程は関係ないって」
潤んだ瞳で見つめられるなら、あの女性キャスターの方が良かった。ほんとに。
我らヒーローであるが故 さくさくサンバ @jump1ppatu
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