第27話 夏に置いてきた写真
「『夏に置いてきた写真』。これが、今回のお題か」
アナグラム。
この文章に使われている文字をすべて、一文字ずつ使い、別の文を完成させる。
もちろん、メチャクチャな文では駄目だ。出題者が隠した、ちゃんと意味の通る文章にしないといけない。
今回の試験に合格しさえすれば、おれは念願の幹部候補生になれる。うちの会社の幹部になれば、どんな栄耀栄華も欲しいままだ。なにしろ、我が社は国家の力すら越える巨大グローバル企業なんだからな。
「これからの時代、発想力の重要性は高まる一方だ。今回の課題は既成概念に囚われることなく、あらゆる可能性を追求できる能力があるかどうかを計るためのものだ」
出題者である試験官の言葉を思い出しながら、おれは気合いを込めて今回のお題に挑んだ。しかし――。
「どうすりゃいいってんだよ⁉」
おれはすぐに叫んだ。
これは、難しい。むずかしすぎる。いくら頭をひねっても隠されている他の文章なんて見つからない。
「ええと……夏に置いてきた写真、だろ? なつにおいてきたしゃしん。夏、死体に起きた……いや、これだと『た』を二回、使ってるじゃないか。使えるのは一文字につき一回だけだ。となると……つなし……『綱市』ってどこだよ? ありもしない都市の名前を使うわけないよな。やしんてきておい……って、これも文章として変だよな。つな、おきた、きしん……ああ、もう!」
おれは頭をかきむしって叫んだ。三日三晩、必死になって取り組んだが、ちっともわからない。どんな意味のある文も出てこない。
「これ、絶対、無理だろ! このなかに他の文なんて隠されてるわけないっての!」
おれはさすがに頭にきて、ふて寝してしまった。そのとき、ふと天啓が降りてきた。
「まてよ? ……そうか! 答えなきもまた答えなり! この文には他の文なんて最初から隠されていないんだ。そのことを見つけ出せるかどうかのテストなんだ。試験官が言っていたじゃないか。『既成概念に囚われることなく、あらゆる可能性を追求できるかどうかを見るためのテストだ』って。つまり、これは『答えがあるとは限らない』という可能性に気付けるかどうかのテストなんだ!」
おれはその発見に大いに満足した。答えをメールで送り、合格を確信してぐっすり眠った。
そして、おれはテストに――。
落ちた。
答えなきもまた答えなり。
てっきり、それが正解だと思っていた。ところが、ちがった。あの文には本当にもうひとつの意味のある文が隠されていたらしい。おれは矢も楯もたまらず、たったひとり正解した同僚のもとに駆けつけた。
「おい! お前、あのお題にどう答えたんだよ⁉」
「ああ。こう答えたんだよ。きたやまにておきしかい。つまり、北山にて起きし怪」
「どこがアナグラムなんだよ⁉ 『な』と『つ』と『ん』はどこにいった⁉ なんで、『き』がふたつもあるんだ⁉ 『か』はどこから出てきた⁉」
「お前は、あの文をこう読んだんだろう?
「当たり前だろ、他にどう読めって言うんだ⁉」
「こう読むんだよ。
「そんな読み方、ありかよ⁉」
「漢字の読み方に指定なんてなかったじゃないか。試験官が言っていただろ。『既成概念に囚われることなく、あらゆる可能性を追求できるかどうかのテストだ』って。あの文を、
※あとがき
今回のお題なら他の参加者の方々は、夏の思い出にまつわるハートフルな物語を描かれると思ったので、ひとつぐらい変わり種を……ということで、この形になりました。
この文を見つけるのには苦労しましたが、いやあ、アナグラムのために作られた文でなくてもできるもんですねえ。日本語って融通無碍(笑)。
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