第26話 不釣り合いな恋
不釣り合いな恋であることは最初からわかっていた。
立場もちがえば、年齢もちがう。
『レンタルお姉さん』
それが、おれの人生に急に表われた、かの人の役割。
中学時代、イジメに遭って学校に行けなくなり、高校に進学することも、就職することもできなかったおれ。外に出ることすらできなくなり、日がな一日、部屋のなかに閉じこもっていたおれ。そんなおれのために両親が最後の望みを託して頼んだ相手。
そのが、かの人。
レンタルお姉さん。
最初はもちろん、全力で拒絶したさ。赤の他人なんかにおれの人生に関わってほしくなかった。何時間でも部屋に籠もり、いくら話しかけられても返事ひとつしなかった。
いまから思えば失礼だったと思う。
悪いことをしたと思う。
でも、そのときはそうするしかなかった。なぜって、そのときのおれは誰に対しても、
「どうせ、偉そうに説教するんだろ。おれのことを責めるんだろ。わかってるんだよ、お前たちの言うことなんて!」
って、ビクビクしていたから。
――どうせ、こいつも同じだ。
そう思って、全力で拒絶していたんだ。でも――。
かの人はおれを責めることなんて決してなかった。おれがどんなに失礼な態度をとっても怒ることも、責めることも、文句ひとつ言うことなく、辛抱強くおれによりそってくれた。
根負けだった。
かの人を頼んだ両親ですらおれの態度に、
「もうけっこうです。どうせ、うちの息子はどうにもならないんですから」
そう言ってあきらめるぐらいだったのに、それでもかの人はやって来た。おれがどんなに拒絶しても、なんとしてでもおれと関わりをもとうとした。そんなかの人に対し、おれの方がとうとう根をあげた。それから、おれとかの人の付き合いがはじまったんだ。
かの人はいつでも優しかった。
ニコニコと明るい笑顔を浮かべていた。
そして、なにより――。
おれのことを決して責めなかった。説教したりすることはなかった。
「君の助けになりたいの」
そう言って、ニコニコ笑うだけだった。
おれにとってかの人ははじめての、
「この人はおれを責めたりはしない。安心して側にいられる」
そう思える相手だった。
おれはかの人を相手に何時間も話をするようになった。一緒に出かけるようにもなった。おれはかの人と関わることで、自分がどんなに『他人と関わる』ことに飢えていたかを知った。
かの人が側にいてくれたから、おれは少しずつだけと外の世界に出て行けるようになった。でも――。
それが苦しかった。
誰に言われるまでもなく、おれが一番わかっていたさ。いつまでもこんな生活をつづけてはいられないって。ちゃんと、自立しなくちゃいけないんだって。おれのために、こんなにも辛抱強く接してくれた、かの人にも報いたかった。ちゃんと一人前の人間になって、安心させたいとも思った。でも――。
そうなれば、かの人はおれの人生から消えてしまう。
かの人はおれに対して特別な感情をもっているわけじゃない。あくまで、仕事として接しているだけ。おれの他にも何人か、同じような境遇の相手のもとに通っていた。
かの人がおれ以外の誰かにあの優しさを、明るい笑顔を向けている。
そう思うとたまらなかった。
他の誰にもあの優しさを、あの明るい笑顔を向けてほしくはなかった。
だからって、おれになにができる?
それが、かの人の仕事なんだ。おれのために仕事を辞めろ、なんてそんなこと、いくらなんでも言えるわけがないじゃないか。
もし、言ったところで、かの人が従うわけがないこともわかっていた。かの人は本当に『苦しんでいる人の助けになりたい』と思って、レンタルお姉さんをやっていたんだ。誰がなにを言っても、『人の助けになる』ことをやめるはずがない。
そのなかでかの人の存在はおれのなかでどんどん大きくなっていった。それにつれて、嫉妬もどんどん強くなった。気が狂いそうだった。
――いっそ、力ずくでおれだけのものに……。
そう思ったこともある。でも……。
「……そんなことができる性格だったら、最初からこんな生活してないよな」
溜め息をついて、あきらめるしかなかった。
日が過ぎておれは結局、かの人に紹介されるままにパン屋に勤めることになった。そこは、おれみたいな境遇の人間が集まって生計を立てるための場所だった。同類の集まりということで居心地は悪くなかった。パン作りの修行はそれなりに楽しかった。おれはその店で働き、給料をもらい、自力で生きていける人間になった。そして――。
「もう、あたしがいなくてもだいじょうぶね」
かの人はそう言って、おれの人生から姿を消した。
いまもどこかで他の誰か、昔のおれのような人のために精一杯、レンタルお姉さんをしていることだろう。その人を助けるために。
なにも言えず、なにも伝えられず、なにもできず、なにも気付いてもらえないまま、おれの初恋は終わった。おれには最初から――。
不釣り合いな恋だった。
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