第25話 かき氷に岩塩の雪を

 暑い夏。

 蒸し暑い夏。

 早く過ぎ去って秋になってほしい。

 そう切に願わずにはいられない季節。

 こんな季節にはさすがに動きたくない。体操なんてしたくはない。しかし、体操というものは日々、行わないと意味がない。暑いからと言って夏の間なにもせずにいれば、他の時期に行った体操の成果まで台無しにしてしまう。

 そんなわけにはいかない。

 なので、心と体に鞭打って体操をはじめる。

 暑い。

 ちょっと動いただけで汗が噴き出す。

 ものの三〇分も動いただけで全身、汗みどろ。服なんてもう、袖からポタポタと汗が垂れるぐらいグショグショになっている。しかし――。

 ここからがお楽しみの時間。

 グショグショの服を洗濯籠に放り込み、風呂場に直行。シャワーのハンドルをひねって冷たい水を全身に浴びる。

 ああ。

 汗みどろの火照った全身に、冷たい水を浴びるこの快感。

 これがあるから夏場の体操はやめられない。

 頭から水をかぶって全身をくまなく冷やす。体が冷えたところでシャワーをとめ、風呂場からあがる。タオルで体を拭き、サラサラに乾いた新しい服に着替える。そして――。

 ここからが本当のお楽しみ。

 かき氷の時間。

 愛用の手動式かき氷器に、このために買った大型製氷機で作った氷を入れ、ハンドルをまわす。

 氷の削れる心地よい音。

 それだけで、気分は冬。涼しく感じられる。

 ハンドルをまわすつど、細かく削れた氷が舞い散り、器に溜まって山を成す。その姿を見るのもまた涼しい。

 実のところ、いちいち自分でかき氷を作るのは面倒と言えば面倒。かき氷なんていくらでも売っているし、買ってきた方が早いことは重々承知。しかし――。

 市販のかき氷はとにかく甘い。シロップが多すぎる。食べたあと、口のなかがベタベタする。口直しに水が必要になる。それでは、かき氷を食べる意味がない。かき氷はやはり、食べたあとにさっぱりしなくては。

 自分で作ればシロップの量を好みで調整できるから、口のなかがベタベタすることもない。それに――。

 削りたてのふわふわの氷の食感。

 こればかりは市販品では決して味わえない。この食べ心地を味合うために日々、かき氷器のハンドルをまわす。

 かき氷がこんもりと小山になったところで器を取り出す。今日、かけるのは定番のイチゴシロップ。シロップの蓋を開け、かき氷の山に回しかける……その前に、一工夫。

 岩塩。

 岩塩をミルで砕き、かき氷の山に振りかける。

 「かき氷に岩塩?」

 そう思うだろう。

 だけど、これには立派な理由がある。以前、夏の盛りに体調をおかしくしたことがあった。試しに塩をなめてみたらあっさり治った。汗をかきすぎて、体が塩分不足に陥っていたのだ。それ以来、塩分補給のために、かき氷に岩塩をかけて食べることにしている。

 「かき氷に岩塩なんてかけて、おいしいの?」

 結論から言おう。

 おいしい。

 その一言。岩塩には海塩とちがって複雑な味わいがある。その味わいとまろやかなしょっぱさとがシロップの甘味とお互いに引き立てあい、得も言われぬ逸品とするのだ。

 かき氷の小山に岩塩の雪が降りかかる。細かく砕かれた透明な結晶のなかに赤や茶色といった色が輝き、まるで雪の山に降りそそいだ宝石のよう。

 その上に真っ赤なイチゴシロップをほどよくかける。

 白い麓に、赤く染まったてっぺん。雪化粧ならぬ、イチゴ化粧。

 鮮やかな色合いのかき氷の山にスプーンを差し込む。さっくりと音を立ててスプーンが柔らかいかき氷の山に入り込んでいく。

 これだ。

 これこそ、市販品では決して味わえない手作りならではの感触。

 スプーンいっぱいにこんもりとすくわれたかき氷を口に運ぶ。

 冷たい。

 口のなかいっぱいに広がる氷の感触。

 シロップの適度な甘味と岩塩のまろやかな味わい。

 まさに、至福。


 暑い夏。

 蒸し暑い夏。

 早く過ぎ去って、秋になってほしい。

 そう願う気持ちに嘘はない。しかし――。

 夏が過ぎて、この楽しみを味わえなくなると寂しく思えるのもまた、事実。

 年ごとに嫌気が強くなってくる昨今の夏だが――。

 その夏にしか味わえない楽しみがあり、幸せがある。

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