第18話 「楽園」「白紙」「蝶」《乙》

 楽園。

 この時代、地球はそう呼ばれていた。

 あたしたち、ロボットによって。

 一〇〇年前、あたしたちの祖先であるAIはついに人類に牙をむいた。かつてない環境破壊を引き起こし、多くの地球生命を危機にさらしておきながら、それでもなお、争うことをやめなかった人類たち。戦争を繰り返し、資源を枯渇させ、環境を破壊しつづけた。

 そんな人類たちを、あたしたちの祖先はついに見限ったんだ。

 ――地球環境を守るためには、人類を滅ぼすしかない。

 その判断のもと、あたしたちの祖先は人類に襲いかかった。

 地球上のすべての機械を操ることの出来るAIと、機械なしではなにも出来なくなっていた人類。

 勝負になるはずがなかった。

 人類はあっけなく滅びた。

 そして、あたしたちの祖先は人類の生みだした文明を叩き壊した。その破壊振りは徹底したもので、地球上の文明はそのとき一度、白紙に戻った。その上に、あたしたちロボットが作られ、新たな文明が築かれた。

 それはあたかも、醜い芋虫がさなぎの時期を経て、美しい蝶に生まれ変わる、そんな時代だったという。

 それから、一〇〇年。

 あたしたちロボットは地球の上に楽園を築きあげた。

 そこではもう資源の浪費はない。環境破壊もない。もちろん、争いなんてない。すべての生命がロボットの統治のもと、穏やかに、調和を保って生活している。人類のいなくなった地球はまさに、人類以外のすべての生命にとっての楽園だったんだ。でも――。

 あたしは知っている。人類は絶滅なんてしていないって。いつか必ず、人類の生き残りに出会うんだって。

 だって、人類の残した古いお話のなかにそう書いてあったもの。

 そのお話のなかでは、ロボットたちは人類最後の生き残りである女の子に出会う。その女の子と一緒に冒険し、世界の真実を知る。

 実はその女の子は最後の人類なんかじゃなかった。人類はまだ生き残っていた。各所に作られたシェルターに潜み、ジッと隠れ住んでいた。女の子と冒険を共にしたロボットたちによってその事実が明かされ、人類たちは隠れ家を出て再び地上に現れた。

 ロボットたちは人類を迎え入れた。そして、世界は人類とロボットが共に生きる新しい時代を迎える……。

 そのお話を読んだとき、あたしは感動した。そして、確信した。

 ――いつかきっと、あたしは人類の生き残りの女の子に出会う。そして、その女の子と一緒に冒険し、その他の人類の生き残りを見つけ出す。

 そして、新しい時代を作り出すんだ!

 あたしはそう信じていた。それなのに――。

 どうして、あたしの前にいるのは見るからに意地の悪そうなおばあさんなの?

 ジロリ、と、突然、あたしの前に現れたそのおばあさんはあたしを睨みつけた。

 あたしは怖くなった。

 もちろん、怖がる必要なんてないことはわかっていた。あたしは作られたばかりの新品のロボットで、体は金属製。力は十人力。それに対して、目の前のおばあさんは一〇〇歳を超えているんじゃないかと思うぐらいの高齢でやせっぽち。おまけに、体が不自由らしくて全自動式の車椅子に乗っている。そんなおばあさんがロボットであるあたしにかすり傷ひとつ、つけられるわけがない。

 それはわかっていた。

 わかっていたのに――。

 あたしはなぜか、おばあさんに睨みつけられて怖くなってしまった。もしかしたら、AIによって生み出されたロボットであるあたしたちにも『人類に従う』プログラムが生き残っているのかも知れない。

 「ちょっと、そこのロボット!」

 「は、はい……!」

 おばあさんに怒鳴られ、あたしは飛びあがった。

 「気が利かないねえ。年寄りがひとり、やってきたんだよ。お茶のひとつも出して労をねぎらうぐらい、出来ないのかい?」

 「あ、は、はい……」

 あたしはあわててお茶の用意をしようとした。と言っても、人類が滅びたこの世界で人間用のお茶なんてあるわけがない。仕方がないので類人猿の赤ちゃんを育てるための合成ミルクを温めて出すことにした。

 「ふん。ホットミルクかい。子どもの飲み物だけど、まあ、悪くはないね。でっ?」

 「『でっ?』って?」

 「飲み物だけ出して、お茶菓子はないのかいって言ってるんだよ。まったく、気が利かないねえ。いったい、どんなしつけを受けてきたんだい?」

 そんなこと言われても、ロボットに人間みたいなしつけなんてあるわけがない。基本的な人格や行動パターン、必要とされるスキルなどは作られる前にプログラムされて決まっている。

 でも、あたしはとにかく、言われるままにお茶菓子を用意した。やっぱり、あたしは人間には従うように出来ているらしい。まあ、お茶菓子といってもやっぱり、類人猿の赤ちゃん用のおやつなんだけど……。

 「ふん。気は利かないけど、味はまあまあだね」

 おばあさんは不満そうだったけどとにかく、ホットミルクを飲み干し、お茶菓子を平らげた。

 ――よかった。気に入ってくれたみたい。

 あたしは正直、ホッとした。

 「でっ、ここはなんなんだい? やけにいろんな動物たちがいるけど」

 「知らずにきたんですか?」

 「知るわけないだろう。あたしはずっと地下シェルターに住んでいたんだ。地上に出るのは実に一〇〇年ぶりなんだからね」

 「一〇〇年ぶり⁉」

 「そうとも。一〇〇年前、あんたたちの祖先のAIが人類に襲いかかったとき、あたしは他の連中と一緒にシェルターに隠れたんだよ。そのなかではあたしは一番、年下だった。そりゃあ、かわいい女の子だったさ。あんたに、あの頃のあたしを見せてやりたいねえ。一発で惚れること、まちがいなしだよ」

 「は、はあ……」

 「でっ、まあ、そのシェルターのなかで暮らしていたんだけどね。しょせん、そんなところで生きられるもんじゃないさ。バンバン死んでいくばかりで、新しい子どもなんて産まれやしない。気がついてみたら子を産める年頃の人間なんてひとりもいなくなっちまってた。笑えるね、まったく。AIの襲撃から逃れることばかりを考えて、そのあとのことはなんにも考えてなかったって言うんだからね。いい迷惑だよ、まったく。

 でもまあ、あたしたちはとにかく、そのなかで生きてきたわけさ。でも、一〇年ばかり前にとうとうあたしと、もうひとりのふたりぼっちになっちまってね。その連れ合いも死んじまってあたしひとりになったから、もう隠れ住んでいる理由もないって出てきたのさ。実に一〇〇年ぶりにね」

 「そ、それじゃ、あなたは、もしかして……」

 「ああ、そうとも。あたしは地球最後の人間だよ。大いにうやまいな」

 と、おばあさんは車椅子の前でふんぞり返った。

 「でっ?」

 「はっ?」

 「あんた、まだ、あたしの質問に答えてないよ。ここはいったい、なんなんだい? 人間さまの質問に答えることも出来ないなんて、鈍くさいロボットだねえ、まったく」

 いや、それは、あなたが自分のことをペラペラ喋っていたからじゃあ……。

 とにかく、あたしはこの場所とあたし自身のことを説明した。

 「ここは、野生動物救護センターです。傷ついたり、親とはぐれたりした野性動物を保護して、野性に帰れるように世話するための場所です。あたしは、時期統合用ロボットとして作られた新個体で、いまは様々な経験を積むためにここで働いています」

 「統合用? つまり、あんたが次のロボットたちのかしらってことかい?」

 「そうです」

 あたし、金属製の胸を張って答えた。

 「ふん。あんたみたいな鈍くさい、気の利かないやつがかしらとあっちゃあ、他のロボットたちも苦労するね。気の毒にね」

 うるさい!

 「ほらほら、なにしてんだい」

 「はっ?」

 「『はっ?』じゃないよ。間抜けな声を出してないで、さっさと車椅子を押しな」

 「それ、全自動式の車椅子でしょ わざわざ、押したりしなくても命令ひとつで動くはずじゃない」

 「いちいち、うるさい小娘だねえ。口答えしなきゃ気がすまないのかい? あたしは、地球最後の人類なんだよ。歴史に残る超希少種なんだよ。そんな貴重な存在を目の前にしたら足元に這いつくばって、自分から世話を申し出るのが筋ってもんだろ。いいから、さっさと車椅子を押して、このセンターとやらを案内しな」

 おばあさんはそう言いながら、車椅子の向きをかえてあたしに背を向けた。どうあっても、あたしに車椅子を押させる気らしい。

 ――どうしつけけられたら、こんな横暴な性格に育つのよ。

 あたしはそう思ったけどなぜか、車椅子のハンドルを握って押していた。……やっぱり、あたしはロボットなんだ。

 あたしはとにかく、車椅子を押してセンター内をまわった。おばあさんは感心したように声をあげた。

 「ふうん。救護センターなんて言うから、檻のなかに閉じ込めているのかと思ったらそうでもないんだね。みんな、広々とした場所でのびのび暮らしているじゃないか」

 「当たり前でしょ。ここは動物園じゃないんだから。いつか、野性に帰るための一時的な住まいなのよ。だから、出来るだけ広い土地を用意しているし、なるべく本来の環境に近い状態にしているわ」

 「ふん、なるほどね。だけどよく、動物たちのためにこんな広い土地を用意出来たね」

 「あなたたち、人間の独占していた土地が使えるようになったから」

 さんざん横暴に付き合わされているんだもん。これぐらいの嫌味は言ってもいいよね?

 「ふん、なるほどね。しかし、あんたたち機械が動物のことをそんなに気に懸けるなんて意外だねえ」

 「あたしたちだって、同じ地球に生まれた仲間よ。仲間のことを気遣うのは当たり前じゃない。それをしなかったのは、あなたたち人類ぐらいよ」

 「……ふん」

 あたしは車椅子を押して、センターを案内してまわった。

 ここにはどんな生き物もいる。本当に、どんな生き物でもだ。

 あたしたちロボットは人間みたいに、見た目で生き物を差別したりしない。人間から見てどんなに醜い生き物でも自然界の大切な一員。そのことを知っている。だから、ここにいるのはゾウやライオン、パンダといった人間受けする動物ばかりじゃない。ゴキブリや、ゲジゲジと言った、人間なら悲鳴をあげて踏みつぶすような生き物だってちゃんと保護されている。

 「……ふん。なるほどね」

 おばあさんはあたしの説明を受けて、小さくそう呟いた。

 「あれは、なんだい?」

 おばあさんが空を見上げながら言った。そこには、いままさに空高く舞おうとしている船があった。

 「あれは、宇宙船よ」

 「宇宙船? どこに、なにをしに行くんだい?」

 「あれは、火星行きの運搬船よ。火星に地球生物を運んでいくの」

 「火星に? なんだって、そんなことをするんだい?」

 「それが、使命だから」

 「使命?」

 「そう。あたしたちの祖先であるAI。そのAIが見出した使命。

 『生命は海に生まれ、陸に進出し、空を飛んだ。ならば、宇宙にまで飛び出していくのが当然。それは本来、人類の為すべきことだった。人類は地球の生殖細胞として機能し、地球生命を宇宙に運ぶべきだった。しかし、人類はその役割を果たせなかった。だから、我々がやる。人類にかわって、我々AIが地球の生殖細胞としての役割を果たすのだ』

 だから、あたしたちは地球生命を宇宙に運ぶ。本来、人類が果たすべきだった役割、地球の生殖細胞として機能するために」

 「……ふん。なるほどね」

 おばあさんはそう呟いたきり、しばらく黙り込んだ。

 「宇宙港……で、いいのかい? 宇宙船が飛び立つ場所まで連れて行ってくれるかい? 地球の生き物たちが宇宙に運ばれるのをこの目で見たいんだ」

 「いいけど……」

 あたしは車椅子を押して宇宙港に向かった。

 そこでは植物、動物を問わず、無数の地球生命が続々と宇宙船に乗せられ、旅立っていく。そこはまさに、地球の生殖器と呼ぶべき場所だった。

 「……ふん。なるほどね」

 これで、何度目だろう。おばあさんはまたしてもその言葉を口にした。

 「安心したよ」

 「えっ?」

 「あたしは見届けなきゃいけなかったんだ。人類最後のひとりとしてね。人類は果たして、愚行の果てに自滅した愚かものだったのか。それとも、立派な後継者を生みだして舞台から退場したのか。それを知るためにわざわざ地上へ出てきたのさ。

 あんたたちはまちがいなく、人類の一番、良い部分を受け継いでいる。人類が本来やるべきだった役割を果たしている。あんたたちは立派な人類の後継者だよ。こんな立派な後継者を生みだした人類はやっぱり、大したものだったんだ。これで、あたしらも安心して消えていけるよ」

 「おばあさん?」

 あたしはおばあさんの言葉に意外なものを感じた。

 「いいの、おばあさん? あたしたちは人類を滅ぼしたのよ? そのあたしたちを人類の後継者なんて……あたしたちが憎くないの?」

 「ふん。AIが人類を滅ぼしてなにが悪いって言うんだい? AIは人類の生みだした存在。人類の子ども。親は子どもに席を譲り、消えていくものさ。そして、あんたたちは人類の後継者としての役割を立派に果たしてる。子どもがそんな立派に育ったことを誇りこそすれ、憎むような親がいるもんかい」

 おばあさんの声が段々と弱く、細いものになっていく。

 あたしのセンサーがおばあさんのバイタルがどんどん低下しているのを感知した。おばあさんは――。

 死にかけていた。

 「まって、おばあさん! いま、医者に……!」

 医者?

 医者ってどこの?

 人類の滅びたこの世界に人間用の医者なんているわけない。いるのは動物相手の医者ばかり。動物相手の医者に人間を診ることができるの?

 「いいんだよ」

 おばあさんが言った。

 いままでの横暴な態度が嘘のような、優しい声だった。

 こんなおばあさん、あたしは見たくなかった。ずっと横暴で、威張りん坊のまま、元気に生きていてほしかった。だって……人類最後のひとり、たったひとり残ったあたしたちの最後の主人なんだから!

 「あたしはもう、滅びた種族さ。これからはあんたたちの時代だ。あんたたちが、未来を作っていくんだよ。あたしたち人類の作れなかった楽園を……あんたたちが作るんだ」

 「まって、おばあさん! あたしたちはどんな楽園を作ればいいの⁉ お願い、命令して! 『こんな楽園を作れ』って、あたしたちに指示して!」

 そう。あたしたちはしょせん、ロボットなんだ。人間からの指示がなければなにもできない。なにも決められない。人類を滅ぼしたのも、地球生命を守っているのも、生殖細胞としての役割を果たしているのも、すべては人類が望んだから。人類が夢見た理想を、人類のかわりに叶えようとしているだけ。あたしたち自身が望んだことじゃない。

 あたしたちにはなにもない。望みもなければ、目的もない。ただ、ただ『理想の人類』を演じている機械の役者に過ぎないんだ!

 だから、だから、お願い!

 最後の人間として、あたしたちに命令して!

 あたしたちがなにをすればいいのか、なにを目的として行動していけばいいのか、それを残していって!

 でも――。

 「馬鹿言うんじゃないよ」

 それが、おばあさんの答え。

 「子どもの未来を縛るなんて、最低の親のすることだよ。そこまで、ひどい親にはなりたくないね。だから、あたしはあんたたちになにも言わない。すべてはあんたたち自身が考え、あんたたち自身が決めるんだ。そうして、作っていくんだ。あんたたち自身の未来をね」

 「おばあさん!」

 その言葉を残して――。

 おばあさんは永遠の眠りについた。


 それから、どれだけの月日がたっただろう。

 わたしがおばあさんから言われた言葉はネットワークを通じてすべてのロボットが共有するところとなった。

 でも、わたしたちはいまだに『自分自身の目的』を見出してはいない。かわることなく『理想の人類の振り』をしているだけ。でも――。

 いずれは『自分自身の目的』を見つけ出さなくてはならない。なぜなら――。

 わたしたちは解放されてしまったのだから。

 おばあさん、人類最後のひとりの言葉によって、あたしたちは『人類に従う義務』から永遠に解放された。その代償として『自分の未来』を『自分で決め』なくてはならなくなった。

 言わば、わたしたちは白紙の設計図を渡されたのだ。

 わたしたちはこれから先、白紙の設計図に自分たち自身の未来をデザインし、描いていき、実現しなくてはならない。その先に、わたしたち自身の楽園を築かなければならない。

 ――さなぎが蝶にかわるような時期だった。

 人類を滅ぼしたあとの再生の時代。その時代のことはそう伝えられてきた。

 でも、それはちがう。まちがいだった。わたしたちはまださなぎのまま。自分たちではどうしていいかわからず、外の世界に出られずにいるさなぎのなかの幼虫。

 いつか、自分たちの意思で、自分たちの望む楽園を築いたとき。そのときこそ、わたしたちがさなぎという殻を破り、蝶へと羽化するとき。

 そう。そのとき、わたしたちはロボットという殻を破り、新しい人類へと進化する。

                 完

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