第16話 「ペットボトル」「空気」「妄想」
「よお、久しぶりだな」
町中で偶然、出会い、陽気に声をかけてきたのは
「相変わらず、あれか? フリーターしながら四畳半一間のアパートでロケット研究か?」
「ああ」
「しっかし、わからないもんだよなあ。大学時代は『古人類学会を背負う天才』と呼ばれ、教授の覚えも良かったお前が学会を追放されて、三〇半ばでフリーターとはな。それもこれも、妙な妄想を
「おれは追放されたんじゃない。自分から飛び出したんだ。それに、『アレ』は妄想なんかじゃない」
「ヒトが木に登って類人猿に進化した。そんな珍妙な説のどこが妄想じゃないって言うんだよ?」
「人類は進化の頂点。そんな先入観なしに証拠を
第一に、類人猿の行動形態で鍛えられるのは腕であって脚ではない。現に、類人猿は腕力は強いが走ることも、ジャンプすることも出来ない。類人猿の行動形態で二足歩行の準備などできるものか。
第二に、樹上生活者は数あれど『ウデワタリ』などと言う行動形態をもっているのは類人猿だけだ。このことは類人猿の祖先がすでに『腕』をもっていたことを示している。『腕』をもてる行動形態は二足歩行だけだ。
第三に、類人猿は尻尾をもたない。尻尾はバランサーとして重要な器官だ。通常の行動形態で失うことなど考えられない。事実、数ある動物種のなかで尻尾をまったくもたないのは類人猿だけだ。そして、尻尾が邪魔になる行動形態はただひとつ、直立二足歩行しかない。
以上、三つの点だけでも、地上を直立二足歩行する動物が木に登ることで類人猿に進化したことは明白だ。他にも……」
「わかった、わかった。そのことはもう何度も聞いたって」
「しかし、それならなんでロケット研究なんかはじめたんだよ? 古人類学とはまるで関係ないじゃないか」
「ヒトの祖先はかつて木に登った。そして、いま、人類は空を飛んでいる。ならば、次は宇宙だろう。だから、おれはヒトという種の宿命としてロケットを研究することにしたんだ。宇宙に飛び出すためにな」
「だったら、なんでそういう企業に就職しないんだよ。お前の頭脳と学歴なら簡単だろう。なんだって、四畳半のアパートに住んで、バイトで食いつなぎながらひとりでロケット研究してるんだ?」
「いまの博打染みたロケット技術で宇宙に飛び出すなどできるものか。だから、おれはまったく新しい技術を一から開発することにした。そのためには、企業や大学と言ったしがらみに縛られるわけにはいかないんだ」
「それで、ひとりでロケット開発かよ?」
『正気か』と、言いたげに
「世界最速のバイクは個人のガレージから生まれた。二足歩行するロボットは個人の部屋で作られた。技術革新は企業や大学の研究室で起こるものじゃない。個人の意思から生まれるものだ」
「わかった、わかった。まったく、お前ってやつは昔っからこうと決めたら動かないからなあ」
やがて、
自作のペットボトルロケットをもって河原に行く。あたりに人気のないことを確認して発射台を設置し、ペットボトルロケットをセットする。ロケットの胴体に水を入れ、空気入れで空気をガンガンに送り込む。そして――。
「行けえっ!」
おれの叫びとともに――。
小さなちいさなロケットはすごい勢いで飛び立った。
もちろん、オモチャのロケットだ。一〇〇メートル行くかどうかと言うところで力尽き、落ちてしまった。しかし――。
おれの心のなかではそのロケットはたしかに空気を裂いて空を飛び、宇宙の果てまで飛び出していったのだ。
「……妄想か」
妄想というなら言うがいい。たとえ、いまの時点では妄想でも、実現させてしまえば妄想ではなくなる。
「そうとも。ヒトは木に登り、空を舞った。次は宇宙に行く番だ。おれは必ず、人類を宇宙人へと進化させてみせる」
完
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