第10話 モヤシで de ざまぁ!

 おれは頭を抱えていた。

 病気で死んだ親父からモヤシ工場を引き継いで一〇年あまり。従業員一〇人ちょっとの零細企業だが、それでも、なんとかかんとか、おれなりにがんばってここまでつづけてきた。

 しかし、それももう限界だ。

 状況が悪すぎる。

 燃料代、水道代、その他の資材から輸送費に至るまで、なにもかもが値上がりしすぎた。それなのに『モヤシは安いもの』という先入観があるから値上げも出来ない。うちだけ値上げしたって体力のある大手が価格を維持するからよけい、売れなくなるだけだ。

 売れば売るほど損になる、と言ういまの状況のなかで、状況が良くなるのをまつしかない。しかし――。

 「……それまでもちこたえられるだけの体力がうちにあるか?」

 それは無理。

 絶望的と言わざるを得ない。

 人の少ない会社なので社長の他に経理もこなしているからよくわかる。とても、状況が良くなるまでもちこたえられるだけの体力はうちにはない。そもそも『いつか状況が良くなる』という保証もない。

 親父が残してくれたなけなしの貯金を切り崩してやってきたがそれももう底をつく。この状況が後二~三年つづけばうちは……。

 「……くそっ! そうはさせるか! 何がなんでも生き残ってやるぞ!」

 おれは叫んだ。

 そうとも。いまの経営危機がおれのせいだというならあきらめもする。しかし、そうじゃない。なにもかもが値上がりつづきと言うこの状況が問題なのだ。

 自分のせいでもないのに親父から受けついた会社を潰してたまるか。従業員とその家族への責任だってあるんだ!

 そうとも。どんな手を使っても生き残ってやる。絶対にだ。

 おれは冷凍庫に向かった。そのなかからひとつのケースを取り出した。ケースのなかにはモヤシが収められている。そのモヤシには――。

 びっしりといやらしい青緑色をしたカビが生えている。

 うちの溶液栽培場で偶然、見つかった新種の病原菌。溶液、つまり、養分の入った水のなかで繁殖し、植物という植物にとりついてカビを生やし、死に至らしめる。繁殖力が強く、広がってしまえばやっかいだが、生命力そのものは強くない。早期に発見しさえすれば市販の農薬で簡単に駆除出来る。

 おれは冷たく凍りついたケースを手に呟いた。

 「見てろよ。こいつで必ず逆転してやる」


 モヤシが安いのはなぜだ?

 簡単に大量生産出来るからだ。

 だったら、大量生産できなくすればいい!

 というわけで、おれは世界中の同業者にこっそり連絡をとった。

 ――この病原菌を使ってモヤシを激減させ、品薄になったところで高値で売りさばこう。

 理由もなく生産調整などすれば世間から叩かれるのは目に見えている。しかし、病気となれば……。

 もちろん、通報されればおれは一巻の終わり。その覚悟あっての仕業。いちかばちかの賭けだ。しかし――。

 なんと言うことだろう。世界中の同業者があっさり承知してしまった。

 「おいおい、いいのか? 完全な犯罪だぞ?」

 自分でもちかけておいてなんだが、人類のモラルが心配になる簡単さだった。やはり皆、資材費の高騰こうとうに頭を悩ませていたのだ。背に腹はかえられない、と言うわけだ。

 そして、計画は実行された。たちまちのうちに世界中でモヤシに謎の病気が流行り、モヤシの九割以上が失われた。

 少ないものは高くなる。

 それが世のことわり

 モヤシの値段は一気に一〇〇〇倍にも跳ねあがった。それまで一袋三〇円程度だったモヤシがいまや三万円! 文句なしの超高級食材だ。

 もちろん、ここまであげる必要はなかったのだが、半端に値上げしても意味はない。

 モヤシは高級品。

 そのイメージを世間に植えつけるためには思いきった価格にする必要があったのだ。

 当たり前だがそんな超高額モヤシ、最初のうちは誰にも売れなかった。しかし、モヤシは万能食材だ。モヤシ炒めにモヤシラーメン、モヤシ鍋……。

 モヤシがなければ人類の食文化は一気に衰退する。モヤシなしでは人類は生きていけない。そのことを思い知った人間たちは一袋三万円のモヤシを買いはじめた。もちろん、利益は爆上がりだ。なにしろ、人件費も、栽培費用もかわらないなかで小売価格だけが一〇〇〇倍に跳ねあがったのだから。

 悪どいと言うなら言うがいい。しかし、こっちだって生きていかなくてはならないのだ。文句があるなら『なんでも値上がり!』の風潮をなんとかしろ! それが政治家の仕事だろう。

 まあ、高いモヤシを買うためにはいろいろと節約しなくてはならない。と言うわけで、他の食材やら贅沢品やらの売りあげはだいぶ下がったらしい。しかし、そんなことは、おれの知ったことじゃない。おれの守るべきものはおれの家族、そして、従業員とその家族だけだ。自分の暮らしは自分で守ってくれ。

 そんな品薄状態での超高価格をしばらくつづけた後、『病気が治まった』ということにして生産数をもとに戻した。再び、大量のモヤシが市場に出回るようになった。

 しかし、その頃にはすでに『モヤシは超高級食材』というイメージが定着していた。モヤシは『一袋三万円』で買うのが普通になっていたのだ。感染症の流行によってマスクをつけるのが当たり前となり、流行がおさまったあとも外せなくなったように。

 もちろん、安い値段でモヤシを売ろうとする業者もいた。しかし、一度、高級品というイメージがついてしまうと安い価格ではかえって信用できない。『一本、一〇円のマツタケ』など、怪しんで誰も買わないのと同じだ。

 おかげで我々モヤシ業界は一袋三万円のモヤシを売りまくって大儲け。笑いがとまらないとはこのことだ!

 『たかがモヤシ』などとバカにしてきたからこうなる。実はモヤシこそ万能にして最強の食材、SSS級食材だったのだ! これぞざまぁだ、わっはっはっ!


 そして、十数年後。

 押しも押されもしない大会社の社長に成りあがった私は、本社として超高層ビルを建てていた。その一番てっぺんの部屋で最高級葉巻を優雅にくゆらす。その私のもとに部下のひとりが泡を食った様子で連絡を入れてきた。

 「大変です、社長! 例の病原菌がモヤシ工場の外に漏れていたことがわかりました! すでに、手に負えないほどに広まっています! しかも、この十数年の間に自然界で変異を繰り返し、感染力も、毒性もはるかに強くなっています! おまけに従来の農薬への耐性まで獲得しているんです! このままではこの病原菌がどんどん広まり、世界中の植物という植物が壊滅的な被害を受けます!」

 「そうか」

 私は部下に静かに告げた。

 「それは良い。モヤシの在庫をすべてフリーズドライにしておけ。いくらでも値をつりあげられるぞ」

                  完 

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