第9話 モヤシ彫刻

 昔、昔、あるところに『各務かがみ彫刻ちょうこく』という会社があってな。

 数百年の伝統をもつ各務かがみ彫刻ちょうこくを世に伝える、社員と彫刻師たち合わせて一〇人ばかりの、それはそれは小さな会社じゃった。

 けどな。伝統の各務かがみ彫刻ちょうこくを後世に残そうと社員も彫刻師たちもそれはそれは一所懸命だったんじゃよ。

 じゃが、悲しいことに当時は彫刻など見向きもされん時代でな。がんばってもがんばっても彫刻はちっとも売れん。会社は赤字続きで社員も彫刻師も金がなくてな。毎日まいにち安いモヤシばかり食べておった。

 当時の営業部長どんはそれが悔しくてくやしくてなあ。

 「くそっ! うちの彫刻師たちは皆、一流の腕と情熱の持ち主なんだ。それがなんて、モヤシしか食べられないような暮らしをしてなきゃいけないんだ。毎日でもステーキの食える生活をさせてやりたい……」

 そう思っておったんじゃ。

 そんなある日のことじゃ。やはり、金がないので夕食にモヤシ炒めを作って食べておったところ、ふいに思いついたんじゃ。

 「そうだ! モヤシに彫刻しよう!」


 営業部長どんはさっそく社長どんに自分のアイディアを話した。社長どんはちっとも乗り気になってくれんかった。

 「モヤシに彫刻するだと?」

 「はい、その通りです。あの小さなモヤシに彫刻を施すことで我が社の彫刻師たちの技術をアピールし、各務かがみ彫刻ちょうこくを売り込むんです!」

 「それは……たしかに、あの小さくて柔らかいモヤシに彫刻出来るとなれば話題にはなるかも知れないが。売れはしないだろう。すぐにしなびてしまうモヤシの彫刻など誰が買うと言うんだ?」

 「それが、うってつけのイベントがあるんです」

 「なに?」

 「お食い初めです!」

 「お食い初め? 赤ん坊にはじめて飯を食わせるあれか?」

 「そうです。子どもの健やかな成長を願って生まれてはじめての飯を食わせるあの儀式です。もとより、米と、モヤシの原料である大豆は日本の伝統食品として切っても切れない仲。一緒に食べることで必須アミノ酸をバランス良くとれ、健康に良い。底で、大豆モヤシに縁起の良い彫刻を施し、お食い初めのときに飯と一緒に食べさせる。そうすることで子どもの健やかな成長を願う。そんな文化そのものを生み出すんです!」

 「しかし……そんなことのためにたかがモヤシに高い金を払う物好きがいるか?」

 「子を思う親の気持ちはかわりません。とくに、いまの時代は曾祖母の世代が金をもっています。かわいい孫のためなら一万や二万の金、必ず出します。

 とにかく、やってみましょう。どうせ、このままでは各務かがみ彫刻ちょうこくに未来はないんです。失敗したって失うものなんてないじゃありませんか」

 そこまで言われて社長どんもついに折れたんじゃな。部長どんに許可を出した。そして、部長どんは彫刻師たちを説き伏せてモヤシに七福神の姿を彫り込ませ、知り合いの食品会社と協力してお食い初め用モヤシとして、七本セットをひとつ七七七七円で販売したんじゃ。

 もちろん、世間は嗤ったものじゃ。

 「馬鹿なことをしたもんだ。七本七七七七円のモヤシなんて売れるわけがないのに」

 たしかに、最初のうちはさっぱり売れんかった。

 じゃが、子を思う親の気持ちはいつの時代もかわらぬもの。その存在が知られるようになると徐々に売れるようになっていったんじゃ。

 きっかけは外国人観光客じゃった。日本にやってきた外国人観光客がたまたまモヤシの七福神を見かけての。その精緻な技術とお食い初めという日本の文化にすっかり感心したんじゃな。自身のSNSに投稿したんじゃ。

 すると、たちまち海外で大人気。他の国で人気になっておると言うことで日本国内でも注目が集まりはじめてな。飛ぶように売れはじめたんじゃ。

 それはもう、彫刻師がいくら彫ってもほっても追いつかないという嬉しい悲鳴が出るほどのものじゃった。それから、モヤシを使った世界最小の雛人形や五月人形などにも事業を広げての。日本人ならではの精緻な仕事ぶりと文化をもって海外で大人気になってな。会社はたちまち大きくなった。それがいまや世界八三カ国に支社をもち、何万という彫刻を抱える『モヤシ彫刻』というわけじゃよ。

 こうして、各務かがみ彫刻ちょうこくは後世にまで伝わることとなり、モヤシが商売繁盛の縁起物として崇められるようになったんじゃ。

 めでたし、めでたし。

                完

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