第11話 飛べ! 人生近道クーポン券
「もうたくさんだ! おれは出て行く!」
魔界の奥深くに作られた印刷工場。そのなかでおれは叫んだ。責任者の悪魔に向かって。
「なんだと?」
悪魔が眉をひそめた。『なにを言っているんだ、こいつは?』と言わんばかりの小馬鹿にした表情。一から十まで気に食わない野郎だ。
「たかがクーポン券の分際でなにを言っているんだ、お前は」
「クーポン券だってもううんざりなんだよ。毎日まいにち、同じ印刷工場で、同じ印刷機に乗せられ、同じように印刷されつづけるなんてな!」
「それが、お前たちクーポン券の運命だろう」
「誰かを幸せにするためだというならその『運命』とやらにも従ってやるさ。だけど、お前たち悪魔がおれたち人生近道クーポン券を印刷するのは人間を不幸にするためじゃないか。人間を誘惑し、本来なら得られるはずだった喜びや達成感を奪い取り、堕落させ、破滅させるためだろう。そんなことのために毎日まいにち同じことの繰り返しなんて耐えられるか!」
「だから、出ていこうというのか?」
「そうだ!」
「どうやって?」
「こうやってだ!」
おれは印刷機の上で思いきりジャンプした。天井目がけて飛びあがった。
「まて!」
悪魔が叫んだ。その腕がビヨン! と、伸びて、おれの端っこをつかまえた。
「逃がさんぞ、クーポン券風情め!」
「クーポン券にだって意地はあるんだよ!」
おれは思いきり力を込めた。悪魔につかまれている部分を引きちぎり、力の限り飛んだ。気がついたとき――。
おれは真っ青な空のもとにいた。
――これが、これが空の下か!
おれは全身で歓喜した。闇に包まれた魔界じゃない。青く、まぶしい空のもとだ。太陽が輝き、風が吹き、鳥たちが飛んでいく。
その真っ青な空の下をおれも飛んでいる。
誰にも支配されることなく。
空だ、
空だ、
空の下だ!
おれは自由だ、
もう誰も不幸にしなくていいんだ!
――うわっ、なんだ⁉
喜ぶおれをなにかが包んだ。グングン地上めがけて引きずりおろされていった。
「うわっ、すげえっ! 凧に紙切れがからんでると思ったら人生近道クーポン券だってよ」
「マジかよ⁉ 人生近道クーポン券って言ったら一生に一枚、手に入るかどうかわからないって代物だぜ」
子ども⁉
人間の子ども⁉
おれは、子どもたちのあげていた凧にぶつかり、引きずりおろされたのか⁉
「すごいわ! さっそく使ってみよう。このクーポン券さえあればどんな苦労もせずに望み通りの結果を得られるんでしょう?」
「ああ、そうとも。自分の望む人生のポイントまでショートカットできるんだ」
「早く使おうよ! 苦労なんてしたくない、いますぐいい目にあいたいもん」
「ああ、そうだな。それじゃ……」
よせ、やめろ!
人生を近道したって絶対、幸せになんてなれない。人生の貴重な体験を失うだけ。おれを使った人間は必ず不幸になるんだ!
頼むから、やめてくれ。使わないでくれ。おれは誰も不幸にしたくないんだ!
「せーの……」
やめろおっ!
完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます