第5話 細胞内ファンヒーター 宇宙の旅
「我々はついに、我々自身の最大の問題を解決した!」
カジュシュ社内の発表会において、企画開発部長ガンゼッツは高らかに宣言した。
「我が惑星バズヌアはその寒冷な気候により、生物の活性がきわめて低い! 我々はまさにその宿命によって発展を阻害されてきた。微生物による排泄物処理すら、微生物の活性の低さによって思うに任せられないのが現実だ。
だが! 我々はついにその解決策を作り出した!
それがこのヒーター遺伝子! ヒーター遺伝子を組み込まれた生物の細胞のなかには新たな器官が作られる。その器官は自ら回転し、熱を発生させることで生物の体を内部から温める。そう、さながらファンヒーターのごとくにだ! キャッチコピーをつけるなら『どんな寒さにも負けないで使える暖かさ』だ! このヒーター遺伝子によって我々は寒冷な気候という制約から解放され、未曾有の発展を遂げることが可能となるだろう!」
胸を張ってそう語るガンゼッツに対し、出席者のひとりである安全性及び耐久性テストの責任者であるデルゼン博士が尋ねた。
「そのヒーター遺伝子は『本当に』どんな寒さにも負けずに機能するのかね?」
「もちろんだ。私が保証する」
「では、耐久性テストの責任者として確かめさせてもらいたい。かまわんかね?」
「もちろんだ。それが、あなたの仕事なのだからな」
デルゼン博士はさっそく、テストに乗り出した。
直截的な正確である博士はよけいな手順など踏まなかった。ヒーター遺伝子を組み込み、細胞内ファンヒーターを発現させた生物をいきなり、惑星上の最寒冷地に放置したのだ。
そして、一週間。
放置された生物群は確かに生きていた。細胞内ファンヒーターが機能していることも確認された。
「それ、みたことか。この惑星上で使う限り、ヒーター遺伝子は決してその機能を失ったりはせん!」
ガンゼッツは胸を張ってそう豪語した。
それに対し、デルゼン博士は――。
「惑星上? ならば、宇宙の寒さはどうかね?」
あろうことかデルゼン博士はひとつの岩石に微生物群を付着させ、宇宙に放り出した。
そして、一年。
回収された岩石にはただの一匹の微生物も存在していなかった。宇宙の過酷な環境に耐えきれず、すべて死滅したのだ。この結果を受けてデルゼン博士は上層部に報告した。
「耐久性に問題あり」と。
「お前は馬鹿か、馬鹿なのか⁉ なにを考えているのだ、いったい⁉」
その日、社長に呼び出されたデルゼン博士はいきなり罵声を浴びせられた。
「お言葉ですが、社長。私はそのような罵声を浴びせられる覚えは一切、ありません。撤回し、謝罪してください」
「覚えがないだと⁉ こんな馬鹿げた真似をしておいて覚えがないと言うのか⁉」
「ヒーター遺伝子のことでしたら、私はあくまで職務として必要なことをしたまでです」
「宇宙に放り出すことのどこが必要なことだ 水も空気もない宇宙に、それも、一年間も放置すれば、ヒーター遺伝子など関係なく死に絶えるに決まっているだろうが!」
「社長。私がそのようなことを考えなかったとお思いですか? 宇宙に送り出す微生物群には、岩石からエネルギーを取り出し、水も空気もなくても生きていける種類を厳選して、選び抜きました。寒さ以外の理由で死に絶えることなどあり得ない微生物群なのです。現に比較対照群として寒さ以外すべての条件を宇宙と同じに設定した研究室内の微生物群は問題なく生き残っています。宇宙に送り出した微生物群が死滅したのはヒーター遺伝子の不備によるものであることは明らかです。そのデータはこちらに……」
「もういい! 我々は宇宙空間に生身で出たりはせんのだ! それなのに、宇宙の寒さに耐えられなかったから耐久性に問題ありなどと……悲願であった、惑星の気温の低さによる生物の活性の低さ、それを解決する手段がついに開発されてたというのに、このようなムチャクチャな理由で握りつぶそうなどとは。悪意をもって人類の発展を阻害しようとしているとしか思えん! お前はクビだ! 二度と顔を見せるな。できることなら我が社ではなく、この惑星そのものからクビにしてやりたいところだ」
「社長。本当に『生身で宇宙に出ることはない』などと言っていいのですか?」
「なに?」
「ご存じのはず。この年若い宇宙においてはいまなお、宇宙を迷走する無数の惑星が存在しており、接触や激突を繰り返しています。この現象が落ち着くまでなお数億年の時間がかかると天文博士たちは口をそろえて語っています。このバズヌアもいつ、宇宙を迷走する巨大惑星に衝突され、砕け散るかわかりません。その可能性を天文博士たちが真剣に憂慮していることはご存じでしょう」
「そ、それは知っているが……」
「そして、いま現在、我々の知る限り、この宇宙に生命は我々しか存在しません。もしかしたら、生命の発生は宇宙における唯一無二の現象であって、もう二度と起こらないことかも知れないのです。もし、このバズヌアが砕け散り、それと同時にバズヌア生命が全滅すれば、宇宙から生命は失われてしまいます。それでもよいのですか?」
「い、いや、よくはないが……」
「そう。我々は、いえ、バズヌア生命は生き延びなくてはならないのです。なにがあろうと。この宇宙から生命を絶やさないために。そのために、宇宙の旅にも耐えられるだけのヒーター遺伝子が必要なのです。例え、バズヌアが砕け散ろうとも、吹き飛んだ岩石のなかには無数の微生物群が生存している。そのなかには今回の実験で使ったのと同様、岩石からエネルギーを取り出し、水も空気もない環境でも生きていける微生物群も必ずいます。その微生物たちが宇宙の極寒にも耐えられるヒーター遺伝子をもっていれば……岩石のなかでじっと生き抜き、いつか、他の惑星にたどり着いて、再び生命を広げる役割を担うことが出来るでしょう」
「む、むう……」
「社長。おそらく、我々バズヌアの生命は早く生まれすぎたのです。おそらく、このバズヌアは全宇宙規模の衝突現象がおさまる前に砕け散る運命を迎えることでしょう。しかし、砕け散ることによって全宇宙に生命の種を蒔く役割を担うことが出来る。それこそが我々の本当の役割なのだと、そう信じようではありませんか」
その言葉に――。
社長は居住まいを正した。
「……わかった。君を馬鹿呼ばわりしたことは撤回し、謝罪しよう。クビも取りやめだ。これ以降、ガンゼッツと協力し、宇宙の極寒にも耐えられるヒーター遺伝子を開発するのだ。生命の灯をこの宇宙から絶やさぬために」
「はい!」
デルゼン博士はガンゼッツと協力し、ついに、宇宙の極寒にも耐えられるヒーター遺伝子を開発した。このヒーター遺伝子によって細胞内に作られる細胞内ファンヒーターは文字通りの『どんな寒さにも負けないで使える暖かさ』を生物に提供し、宇宙の旅すら可能にする。そして――。
デルゼン博士はもうひとつ、このヒーター遺伝子に細工を施した。自分たちバズヌアの全生命の歴史を刻み込んだのだ。
「これらの遺伝子はちょっと見にはなんの役にもたたないジャンクDNAとしか思えまい。しかし、いつかきっと、この情報を解析し、我々の歴史を受け継いでくれる生物が現れる。私はそう信じている」
ヒーター遺伝子によってバズヌアの生命は『惑星の気温の低さによる活性の低さ』という最大の問題を解決した。それによってバズヌアはかつてない発展を遂げた。しかし――。
デルゼン博士の予言は的中した。
ある日、ふいにやってきた宇宙を迷走する巨大惑星。その巨大惑星の重力によって惑星バズヌアは砕け散った。もちろん、バズヌア人は滅び去った。未曾有の発展を遂げたと言っても宇宙に進出するだけの技術の開発は間に合わなかったのだ。だが――。
デルゼン博士のふたつ目の予言もまた的中した。
砕け散ったバズヌアの破片。そのなかには確かに生き残りの微生物群が潜んでいた。微生物たちは岩石からエネルギーを取り出し、水も空気もない環境のなかで生き抜いた。ヒーター遺伝子によって生み出された細胞内ファンヒーター。その働きによって宇宙の寒さから守られながら。
どれだけの時がたったろう。
軽く、数億年はたっていたにちがいない。バズヌアの破片はついに、ひとつの惑星に降り立った。微生物群は環境の限界から解き放たれた。その惑星上で一斉に繁殖した。このままかつての繁栄を取り戻すかと思われた。
だが、試練はやってきた。
全惑星凍結。
文字通り、惑星全土が氷に覆われる時期がやってきたのだ。本来であれば――。
その寒さによってすべての生命は死に絶え、その惑星は永遠に生命のいない星になるはずだった。しかし――。
細胞内ファンヒーターを備えた微生物たちはその氷地獄に耐え抜いた。惑星内部からエネルギーを取り出し、少しずつ、少しずつ、繁殖を繰り返した。氷に取りつき、自らの体温で氷を溶かしていった。
何百万、何千万という時がたち、ついに、惑星は氷から解き放たれた。
ヒーター遺伝子が惑星を氷地獄から解放したのだ。
そして、また数億年。
その星には新たな人類が現れ、科学文明を発展させた。その人々は自らの惑星を『地球』と名付けた。
自らの遺伝子に刻み込まれたバズヌア生命の歴史。そのことに気がつくかどうか。
デルゼン博士の三つ目の予言が的中するかどうかは――。
まだ、わからない。
完
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