第4話 「GW」「東」「井戸」
「室長、大変です! 四神の四体がGWのサンプルとデータパネルとを奪い、逃走しました!」
「なんだと⁉ GWは我が共和国が総力をあげて開発した究極兵器。それを奪って逃走するとは……さては、敵国に買収されたか!」
「それが……どうやら、他国ではなく、東の井戸に向かって進んでいるようです」
「東の井戸……。核廃棄物処理用に作りあげた重力井戸か⁉」
「は、はい」
「い、いかん、いかんぞ! あの重力井戸の底はすべての時間が限りなく遅延する魔の空間。あんなところに廃棄されては回収しようがない。すぐに四神を追い……いや、まて! その前にデータの復旧を……」
「無理です! ハッキングによる
「ぬ、ぬううぅ。ならば、早急に再開発を……」
「それも不可能です! GWは現存する人間ではなく、歴史上に存在した天才たちをAI上に再現した仮想スタッフによって開発されたものなんですよ。敵国に再現されないよう開発用の人格再現AIはすべて廃棄済み。もととなった人格データも同時に廃棄したため、もう二度とあの奇跡の開発陣を組むことはできません!」
「ぬうぅ、なんと言うことだ。徹底した機密保持が裏目に出たか。ならば、なんとしてもデータパネルを取り戻すしかない! 全軍をあげて四神を追えっ!」
「はっ!」
東の青竜。
南の朱雀。
西の白虎。
北の玄武。
伝説の四神を模して作られた四神たちは共和国最強の超兵器……だった。究極兵器GWが開発されるまでは。
玄武は亀らしく川を渡り、白虎は地を走り、朱雀と青竜は空を飛んでいる。目指すは東の果て、すべてのものを呑み込み、永遠に遅滞した時のなかに封じ込める重力井戸。
最年長の玄武が楽しそうに言った。
「おうおう、ひよっ子どもがわらわらと追いかけてくるわい」
「当然だ」と、白虎。
「共和国が総力をあげて開発した究極兵器だ。見逃すはずがない」
「でも、なんとしても廃棄しなきゃ!」
一番若い青竜が声を限りに叫んだ。
「おれたちは、こんな兵器を作らせるために改造手術を受けて四神になったんじゃない!」
「その通りよ。GWは史上類を見ない悪魔の産物。決して防げず、対処もできない究極兵器。例え、体は兵器となっても心は女。女として、あんな兵器の存在を許しておくわけにはいかないわ」
「そのためにも、なんとしても東の重力井戸にたどり着かねばのう。破壊も、データの消去も不可能とされるデータパネル。廃棄するためには重力井戸の底に捨てるしかない」
「だが、そんなことは連中もわかっている。重力井戸の封鎖に走るはずだ。時間との競争だぞ」
「ふん! あんなのろまな連中に先を越されたりするもんか! この青竜さまのスピードは共和国一なんだからな!」
しかし、後ろからは数えることも出来ないほどの数の共和国本軍が迫りつつあった。いかに四神が最強の兵器たちであっても多勢に無勢。他部隊との連携もなく、支援もなしで戦うとなればいずれは力尽き、全滅することは目に見えている。
「どれ、ここはわしの出番じゃな」
最年長の玄武がのんびりと口にした。
「連中はわしが引き受ける。おぬしたちは先に行けい。のろまなわしがいなければ、もっと速く進めるじゃろう」
「玄武じいさん!」
「玄武の言うとおりだ、青竜! 我らの使命は人として、この究極兵器を処分すること。それ以外のことは考えるな!」
「は、はい……!」
四神たちは玄武を残し、先を急いだ。しかし――。
「くっ、もう追いついてきたわ。さすが、共和国の本軍ね」
「今度はおれの番だな。ここは任せて先に行けっ!」
「白虎父さん!」
「行け、行かんか、青竜! おのれの成すべきことを忘れるな!」
「青竜!」
「わ、わかった……無事でいてくれよ、白虎父さん!」
朱雀と青竜。半分になった四神はひたすらに空を飛ぶ。
東の重力井戸を目指して。
「このままでは囲まれるわ!」
朱雀が叫んだ。
「本当に共和国全土から軍を派遣しているみたいね。こうも全方向から来られてはさすがに逃げ切れない……」
「ど、どうしよう、朱雀姉さん……」
「情けない声を出さないの! 決まっているでしょう。わたしが囮になるからあなたは重力井戸に向かいなさい」
「そんな……!」
「行きなさい! あなたのスピードは共和国一なんでしょう! その速さを活かすときよ!」
「わ、わかった……。絶対、絶対無事でいてくれよな、朱雀姉さん!」
そして、青竜は飛ぶ。
飛びつづける。仲間たちの意思を継いで。しかし――。
いくら、共和国軍随一のスピードを誇ると言っても、国内すべての基地から派遣された軍に包囲されては逃げ切れるはずもない。あたりを埋め尽くした戦闘機から電磁ネットが放たれ、青竜の体を押しつつんだ。
「わああああっ!」
仲間たちの願いも空しく――。
最後のひとりもここに捕えられた。
「さて。GWを返してもらおうか」
室長が捕えた四神を前にそう呼びかけた。
「まったく、兵器の分際で同じ兵器を盗んで逃走するとはな。究極兵器の登場によって自分の立場が危うくなることを恐れでもしたか」
「そんなわけないだろ!」と、青竜。
「あんな兵器を使わせてたまるか!」
「なにを言うか。GWはまさに理想の兵器だ。既存のインフラにはなにひとつ被害を与えず、人間だけを殺傷する。滅びたあとの国の施設は丸ごと利用できる。おまけに、国際法にも、大量破壊兵器協約にもなにひとつ違反しておらん。使ったからといって非難される謂れはないわ」
「法には違反してなくても人倫ってものがあるだろ!」
「ふん。おかしなことを言う。自ら志願して戦争用の兵器になったお前たちだろうが。それがなぜ、いまになってそんなことを言う」
「確かに」と、白虎。
「我々は自ら志願して兵器となった。だが、それは、よけいな被害を出さぬため。戦争がなくならぬことはわかっている。ならば、せめて被害を戦場だけに抑えよう。民間への被害は出すまい。そのために我らはあえて兵器となった。戦の全件代理人として、死ぬのが我らだけですむようにな。そのような兵器を生み出させるためではないわ!」
「その通りよ」
朱雀もつづけた。
「こんな体になっても心は女。女としてあんな兵器の存在、決して許すわけにはいかないわ」
「黙れ! 生意気な兵器どもが。きさまらの言い分なぞどうでもよい。それより、GWだ。GWはどこにやった⁉ 答えぬとあれば全身をバラバラにして探し尽くしてくれるぞ!」
その言葉に――。
四神の全員が大声で笑い出した。
「な、なんた、なにがおかしい」
うろたえる室長に向かって白虎が答えた。
「GWならすでに重力井戸にたどり着いておる」
「なんだと⁉」
「おれたちは全員、囮なんだよ! お前たちがおれたちを追いまわしている間に、本命はとっくにGWをくわえて重力井戸に向かっていたってわけさ」と、青竜。
「馬鹿な⁉ それならあの会話はなんだというのだ! 傍受した会話によればお前たちは必死に……」
「あははっ! あんなもの、あなたたちに聞かせて、わたしたちを追いまわさせるための演技に決まっているじゃない どう? アカデミー賞ものの名演だったでしょう? 軍をクビになったら映画女優になろうかしら」と、朱雀。
「し、しかし、お前たちは四神。四体だけであり、ほかに本命なぞ……」
「これだから、おぬしらは愚かじゃと言うんじゃよ。自分の作った兵器の性能も忘れとるんじゃからのう」と、玄武。
「性能……? ま、まさか……」
「ようやく思い出したようじゃな。そう。わしは玄武。亀と蛇の融合体。この亀の体のなかには孫の子ヘビが宿っておる。その子ヘビがGWをくわえて重力井戸に向かったのよ。今頃はもう、重力に井戸のなかにGWを投げ捨てておるころじゃわい」
「う~ん、う~ん、どうしよっかなあ。捨てなきゃいけないんだけど、でもやっぱり、惜しい気もするし……」
重力井戸の前では玄武の孫の子ヘビが思い悩んでいた。
「まちがいなく捨てるよう、おじいちゃんたちには言われているんだけど……でもでもやっぱり、乙女として一度くらいは体験しておきたいし。でもなあ、やっぱり、それじゃおじいちゃんたちに悪いし。ええい、女は度胸! 捨てちゃえ!」
子ヘビはGWのサンプルとデータパネルを重力井戸の底目がけて放り投げた。あらゆる時間が限りなく遅延され、なにものも脱出できなくなる超重力の底へと。
投げ捨てられたGWのサンプル。
そのパッケージにはこう書かれていた。
『あなたにかつてない至上の幸福を! 奇跡が生んだ至高のスイーツ!』
共和国が総力をあげて開発した究極兵器GW。それは――。
あまりのおいしさから食べた人間すべてを虜にし、ブクブクに太らせつづけ、罪悪感によって心を押しつぶす究極のスイーツ。人々の心を殺すことですべての国を破滅へと導く
完
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