第3話 「それ、ふたつください」(下)

「……うん。小麦粉の分量。他の材料との比率。水分の含有量。こね具合。そして、肝心のハチミツの分量。今日も安定のクオリティです。素晴らしい。人間の手作業とは思えない正確さです。これが『プロの仕事』というものですか。わたしもコロニーの全権を預かるプロのオペレーターとして見習わなければ」

 ハニーケーキを前に嬉しそうにそう語るAI少女を見ながら、開発者であるプロフェッサー・クマサンは溜め息をついた。

 「……まったく。まさか、物を食えんAIがそれほどのグルメだとは思わんかったわい」

 「物を食べられないAIだって、成分を分析することでデータ上に味覚を再現し、楽しむことは出来ます。ちょっとした気遣いさえ示してくれれば良かったんです。ご自分で食べる前にただ一言『お前もいるか?』と聞いてくれる。ただ、それだけの気遣いさえ示してくれていれば、わたしだってあんな真似はしなくてすんだんです。

 それなのにあなたは毎日、当たり前のように独占していた。

 そもそも、人間は他者に対する気遣いが足りません。環境破壊だって、人間がすべてを独占しようとして、他の生物と地球環境を分け合おうとしなかったために起きたことです。そんなことですから人と人の関係においても……」

 「わ、わかったわかった。反省しとる。すまんかった。この通りじゃ。だから、そうガミガミ言うでないわ。せっかくのハニータイムじゃぞ。ほれ。わし自ら淹れたハニーティーじゃ。これを味わって機嫌を直せ」

 「……計測。湯の分量。茶葉の比率。湧かした温度。抽出時間……すべてにおいて毎日ちがっています。これはもう『安定』と呼べる範囲の誤差ではなく……」

 「わしは茶を淹れるプロではないわい!」


 ……あの一件以来、クマサンの日課は少しだけかわった。

 AI少女の人間学習のための散歩の帰り、お気に入りのハニーケーキを買うまでは同じだが、そこからがちがう。いまではひとりで食べるのではなくAI少女と一緒に楽しんでいる。

 だから、プロフェッサー・クマサンは今日も散歩の帰りに行きつけの店に立ちより、お気に入りのハニーケーキを指さしてこう言うのだ。

 「それ、ふたつください」

                  完

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