第54話 【実況】#12 ワイ氏、Aランクダンジョン『死霊の臓物』に挑戦

「ふふ……ふふふふ…………」


 ボクの口から笑みが溢れた。


 ようやく。

 ようやくだ。


 完全なる不死を求め続けて幾星霜。

 まさかこんな野蛮な異世界で、それを手にすることができようとは……。


 ボクは金縛りにあっている眼前の少年――いや、少年のを見つめる。

 

 吸血鬼。

 ボクはそう呼ばれる存在だ。


 しかし、生まれた時はそうではなく、このボクもごく普通の人間だった。


 ボクはとある王国の王族として生を受けた。


 兄弟は多くいたが、玉座を継げるものは一人。

 物心ついた時から、ボクは兄たちのギスギスとした足の引っ張り合いの只中にあった。


 やがて父親である国王が病に伏せると、状況が悪化した。

 

 宮廷内の派閥争いも加わり、露骨な衝突が日々繰り返されることとなったのだ。


 そんな中、兄弟の一人が不審死を遂げた。

 それを皮切りに、兄や弟たちが次々と死んだり行方知れずになっていった。


 毒殺、闇討ち、事故を装った殺人、果ては濡れ衣を着せての公開処刑……。


 事が起こり始めると、ボクは部屋に閉じこもって堅く扉を閉ざした。


 誰も信用できない。

 権力なんていらないし、王座なんて興味ない。


 だから、ボクのことは放っておいてくれ。

 ボクはただ生き続けたいだけなんだ……。


 ボクはだだっ広い部屋の隅に座り込んで、1日の大半を過ごすようになった。


 たまに物音が響くと、それがどんなに些細なものでも、ネズミのように四つん這いになってベッドの下に潜り込む。

 

 誰が王になってもいい。とにかく早く終わってくれ……。


 ある真夜中、ボクがこっそり部屋を抜け出して、いつものように台所へ向かうと、先客がいた。

 

 黒いフードを被った二人組の男だ。


 ボクは一目で『自分の番』がきたことを悟った。


 一方の男が音もなく近づき、ボクを軽く突き飛ばした。


 尻餅をついたボクは、自分の胸に銀色の短剣が突き刺さっていることに気付いた。

 

 …………なんで?


 ボクは絶望感と共に、剣の柄を見つめた。


 なんで死ななければいけない?

 ただ王族に生まれたというだけで?

 

 

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない――


 

 ボクを刺した男は、涙を流すボクを観察するように見下ろしていたが、やがて懐からもう一本短剣を取り出した。


 しかし、それが振り下ろされることはなかった。

 ふいに男の喉から大量の血が噴き出したからだ。


 音もなく倒れた男の背後には、もう一方の暗殺者が立ち尽くしていた。


 

 ――君、そんなに死にたくないの?


 

 彼は血に濡れた短剣を片手に、そう尋ねてきた。


 

 ――死にたくない。助けてくれ


 

 ――人間じゃなくなっちゃってもいい?

 


 ――なんでもいい。命が助かるなら

 


 ――じゃあ、コレを飲んで



 男は小瓶を差し出した。

 

 蓋を開くと、生臭いにおいが鼻を突く。

 

 しかし、ボクはためらうことなく、そのどろりとした液体を飲み干した。


 胸から流れる血はすでに自分の命が残りわずかであることを物語っていたし、これがなんなのかとか、そもそもこの男が何者でなぜこんなことをするのかなどを考える余裕はなかったのだ。

 

 

 ドクン…………。



 体の奥で激しく心臓が脈打つのを感じた。


 一瞬にして意識が遠退き、次に気付いた時には、ボクは床に倒れている暗殺者の片割れに、牙を突き立てて血を啜っていた。

 

 あの男はいつの間にか、姿を消していた。

 

 

 

 それからのボクは各地を点々とした。

 

 夜な夜な町でを求め、正体がバレそうになったら、逃げる。

 その繰り返しだ。

 

 ほどなく王国は滅び、そのあとにできた新王国も数十年で滅んだ。


 もうボクを脅かす者はいなくなったが、それでもあの時に感じた死の恐怖がボクの心を去ることはなかった。

 

 例の男がもたらしてくれたこの肉体は、老いもせず、外傷にも強かったが、一方で弱点も多く、完全にボクを死の恐怖から解放してくれるまでには至らなかったからである。


 月日が経つにつれ、ボクは不死の研究に没入していった。


 ――もっと完全な不死になりたい。日の光を浴びようが心臓に杭を打たれようが、けっして滅ぶことのない肉体が欲しい……

 

 ある日、研究にうってつけのダンジョンを発見したボクは、そこを根城にすることに決めた。

 さらに歳月が過ぎると、いつの間にかボクは、そのダンジョン――『死霊の臓物』のダンジョンマスターと呼ばれるようになっていた。


 あの男と再会したのは、そんな時だ。


 

 ――これからこのダンジョンは地球という異世界に転移します


 

 彼はボクにそう告げた。


 

 ――つきましては、あなたにもぜひ一緒に転移して頂きたい。ああ、大丈夫。あちらの世界でも、あなたのには事欠きませんよ


 

 男の言葉通り、その世界は人間で溢れかえっていて、逆に食料の調達は以前より容易になった。


 表の顔として探索者という地位も手に入れたボクは、ほどなくA級と称されるようになり、こちらの世界でもボクを脅かす者はいなくなったかに思えた。


 しかし――それでもなお、ボクは死の恐怖から完全に開放されることはなかった。


 ――どうしても、欲しい。不死の命が。永遠不滅の肉体が……


 


「そして、きみと巡り合ったというわけさ」

「…………っ」

「ふふ……睨まれただけなのに、なんで動けないんだって顔をしてるね? ボクの力は、他の2人とは一味も二味も違うんだよ?」

「……その2人ならもう倒したぞ」

「ここまで辿り着いたってことは、そうだろうね」


 ボクはひょいと肩を竦めた。


「ま、彼らとは便宜上一緒に組んでたけど、仲間かと言われると……ねえ?」


 ボクたちは3人ともオッズ少年を狙っていたが、早い物勝ちということで一応話をつけていた。

 もちろん、あの2人が先にこの少年をものにした場合、ボクは殺して奪うつもりだった。


 あいつらも同じことを考えていただろうし、まあ、おあいこだよね?


 さて――


 ボクは少年に一歩近付く。


「彼から離れろ!」


 例の間抜けな女探索者が叫んだ。


 ボクはため息を一つ付くと、パチンと指を鳴らした。


 

 カッ――



 ボクの額にある金色の目が輝く。

 

 その瞬間、女探索者の傍にいた男が黒い霧と化した。


 霧は渦を巻いてボクの眼の中に吸い込まれてゆく。


 あとには、影だけが残された。


「な……ナリタ?」


 呆然と呟く女。


「ナリタあああああっっっ!」


 

《なんだこれ》

《多分、『存在吸収』スキルじゃないか》

《なにそれ》

《詳しくは知らんけど、対象の存在ごと吸収する能力らしい。で、吸収された人は影しか残らないとか》


 

「へえ、詳しいじゃないか。大体その通りだよ」

「貴様……」

「ちなみに、影だけになっても食欲や睡眠欲は感じる仕様だからね。実体がないから寝れないし食べれなくて、衰弱死するしかないけど」

「戻せ! ナリタを今すぐ元の姿に戻せえええっ!」

「……そうやって喚かれるのが鬱陶しいから、1人見せしめにしたって、なぜわからないんだい? それとももう1人必要かな?」


 女が歯軋りする様を、ボクは堪能する。


「……やるなら、私自身をやれ」

「いやいや、1番間抜けな君には最後までボクを楽しませてもらわないとねえ〜」

「…………お前は必ず私の手で殺す」

「楽しみにしてるよ♪ 」


 ボクは、オッズ少年に向き直った。

 

「さて。遊びはここまでだ。そろそろ君を吸収させてもらうよ!」


 大きく口を開き、一声叫ぶ。


「チートスキル『存在吸収』!」

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