第53話 【一方、その頃】⑤ ーユルリー

「全国のユルリーファンの皆様、お久しぶりです。その後、お変わりはございませんでしたでしょうか?」


 わたくし、探索者名ユルリーこと、花園はなぞのユルリは笑顔で下僕リスナーたちに会釈しました。


「本日は皆様に大切なお知らせがございます。なんと、このわたくしが単独で配信チャンネルをお任せさせていただくことになりましたの!」


 にっこりと優美な笑みを浮かべ、ティーカップを傾けてみせるわたくし。


 ――エレガント

 

 それがこの上流階級の令嬢にして、希代の美貌の持ち主であるこのわたくしの信条。

 たとえここが迷宮内でも、午後の紅茶の時間ティータイムを欠かすことがないのが、その証といえますでしょう?


 

《待ってたぜ、おねえちゃん!》

《ユルリーさんのファンです。さっそくチャンネル登録させていただきました》

《マジでモデル並みのルックスだよなあ。そそるわ~》


 

 ――ふふん


 わたくしは優雅な表情を保ちつつ、内心ドヤ顔になります。


 どうです、姫山ひめやまさん、早乙女さおとめさん?

 サクラに頼っていたあなた方と異なり、わたくしには生粋の追っかけの方がいらっしゃっるみたいですわよ?


 わたくしは、ちらりとドローンの映し出す同時接続数を確認します。


 

 6人。

 

 

 今回の配信には、今後のパーティリーダーを誰にするかという勝負もかかっております。

 彼女たちの同接数は3人がやっと(しかも全員サクラ)だったはずですので、もうこの時点でわたくしの勝ちが決定したことになります。


 ……いけません、小鼻がひくひくしてまいりました。

 

 ――ねえ、姫山さん、早乙女さん、いまどんな気分ですの? 『頭が悪い』とか『脳味噌に回すはずの栄養も全部胸にいってる』とか散々陰口を叩いていた相手に負けて、わたくしのしもべになってしまいましたけど。ねえねえ?



《ねえちゃん、すげえ悪い顔になってるぜ。俺、こういうのでしか興奮できねえんだよ》

《で、デターwwwww アヘ顔wwwwww この気持ち悪い顔が見たかったあああwww》

《わいもこの顔をスクショするためだけに、実は追っかけをやってる》


 

 わたくしは口元から垂れた涎の音に、ハッと我に返ります。

 

 ……これはうっかりしていましたわ。

 わたくしともあろうものが、リーダーとして鞭を片手にヒールで踏みつけ、仲間を調教する想像に入り込み過ぎて、軽く意識が飛んでおりましたわ。


 わたくしは、エレガントに口元を拭うと、カップをソーサーに置きました。


「さて。ここはどうやら、書斎のような部屋に見えますわね」


 わたくしの視線に合わせて、ドローンも周囲の光景をカメラに映します。


 壁際にはずらりと書架が並んでいます。

 床のいたるところにも、本が積まれており、そこそこの広さの部屋であるにも関わらず、足の踏み場にも苦労するほどです。


 そして、中央に据えられた机。

 途方もない歳月を経た物のように感じますが、不思議な気品を感じる、木でできた調度です。


 机上には羊皮紙と羽ペンが置かれており、ゆらゆらと揺れるろうそくの明かりに照らされ、羊皮紙の上で奇怪な文字列が踊っています。

 

 

《これなんだろ? 異世界の言語かな》

《周りの本も、こっちの世界の物じゃなさそう》

《マジかよ……異世界文明を発見しちまったのか》


 

「そんなことはどうでもよくってよ!」


 わたくしは、テーブルの上のアレコレを、すべて床にドガシャーと叩き落としました。



《なにやってんだ、このばかアマ》

《大切に扱え》

《ていうか、せめてろうそくを消してからやれや。火事になったらどうすんだよ》



 わたくしは道具袋から、フラスコや試験管などいつもの器具を取り出します。


「では、さっそくアイテムを調合していきますわ♪」


 そう。

 わたくしの職業はアイテム士。


 スキル『調合』で、貴重なアイテムを生み出すことのできる、稀有なジョブなのです。


「作る物は最強の霊薬、エリクサーになります♪」


 ドローンに向かって、宣言をします。


 出し惜しみはしていられません。

 世の中、最初が肝心。ここで決定的に配信をバズらせ、わたくしという存在を世に知らしめねばなりませんから。


「ええとエリクサーの調合法は、まず上級ポーション10個に……」


 わたくしはそこで固まりました。


 

《どした?》

《なんでフリーズしてんの?》


 

「……9個でしたっけ? それとも8個?」


 いくつ必要だったのかがどうしても思い出せません。

 

 仕方がないので、わたくしはとりあえず10個を机の上に並べました。

 多いぶんには大丈夫でしょう。多分。


 必要な物は他にも数十種類ありましたが、やはり記憶が曖昧でしたので、わたくしは『だいたいこのぐらい』という数をそろえて、準備を終えました。



《大丈夫かよ》

《ていうか、アイテムの調合って、正確な比率で混ぜなきゃ、ちゃんとした物ができないんじゃねーの?》

《メモはないんか?》


 

 メモなど用意していませんし、そもそもわたくしにはメモをつける習慣がございません。

 

「だってエレガントじゃないんですもの」

 

 

《……いままではどうしてたん?》


 

「以前は必要な都度、追放したに教えてもらっていました。彼はすべてを暗記していましたので」


 

《…………………………》



「だ、大丈夫ですわ! 材料自体は揃っていますし、ぶち込んで適当にかき混ぜれば、きっと普通に出来上がりますの!」

 

 わたくしはフラスコに材料を投入して、火にかけます。


 仕上げに、スキル『調合』を使用しました。


 はい完成♡


 

 ゴボゴボゴボ………………ゴボボボボボボッ――



 不吉な音が室内に響きます。



《うお、なんか赤紫色に変色しとる》

《絶対あれ、エリクサーじゃねえだろw》

《むしろ飲んだら即死するやつ》



 エリクサー(?)はなおもしばらくの間、表面にボコボコと泡を立てていましたが、ふいにしゅわわわーっ、という妙に軽やかな音を響かせました。


 そして、フランコの中から消えました。


「え…………どこにいきましたの?」



《フラスコの底に穴が空いてね?》



 リスナー様の声に、器材を手に取って確認します。

 逆さにすると、たしかに底が綺麗さっぱり抜けていました。


「…………………」

 

 わたくしは机の上に視線を戻します。


 フラスコを置いていた箇所に黒い穴が空いていました。

 覗き込むと、机の真下の床にも同様の丸い穴が穿たれています。


 エリクサーっぽいなにかは、なぜか強酸性で、フラスコと机と床を溶かし、さらに下方へと侵食し続けているみたいです。


「…………………はい完成です。これが強力な攻撃アイテム『悪魔の涎(3秒で名前を考えた)』になります♡」



《 《 《 いやいやおまえ、それはおかしいだろ 》 》 》

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