第52話 【実況】#11 ワイ氏、Aランクダンジョン『死霊の臓物』に挑戦

 ――感じる

 

 それは僕だけが知ることのできる感覚だった。


「尾妻君、本当にこっちであってるの?」

「うん。間違いなく、こっちの方に本体ぼくの気配を感じるんだ」


 傍らを歩くひいらぎさんに、僕は頷きかける。


 目当てのものが見つかったのは、次の通路を曲がった時だ。

 石造りの無骨な床の上を、灰色の塊がゆっくり這いずっている。


 僕の脳味噌だ。


 

《ホントにいたw》

《よく場所がわかったな》



 僕は、脳に駆け寄ると、両手で抱え上げた。


「おーよしよし~」


 喜びのあまり、皺くちゃの表面に頬ずりする。



《なんか迷子のペットとの再会シーンみたいだな》

《これ、どっちが飼い主でどっちがペットなん?》

《どっちでもいいだろ、そんなの》


 

「ごめん、柊さん。頭の皿が癒着しちゃったから、カットしてくれる?」

「う、うん」



《カットってあんた……床屋じゃないんだから》


 

 ビュッ――スパッ。


 

 柊さんの剣が閃くと、僕の頭頂部が床の上に落下した。

 僕はがらんどうの頭蓋骨の内部に、灰色の塊を押し込む。


「これでよし……と!」

 

 皿を拾い上げ、蓋をした。


「うん! 心なしIQが戻った気がするぞ」


 

《確実に気のせい》

《敵の能力もすごかったけど、やっぱりこの人が一番人間離れしてるよなあ》



 残る『カシナートの翼』は一人。

 リーダーのブラム氏だけだ。



 

 僕たちは下層へと進んでいった。

 道中ほぼ迷わなかったのは、このダンジョンの詳細なマップが手元にあったからである。


「でも、皮肉な話よね……彼らの攻略情報がなければ、ここまで完璧な地図はできなかったでしょうに……」

「どうかな?」


 柊さんの言葉に僕は疑問を呈する。

 

「それ自体が手なのかも」

「というと?」

「正直、彼らが善意でこのダンジョン――『死霊の臓物』の情報をギルドに提供していたとは、僕にはどうしても思えないんだ」

「……たしかにそうね」

きたるべき日に備えて、あえて情報を流していたんじゃないか、というのが僕の予想だ」


 柊さんは少し考え込むような間を置いた後、言った。


「つまり獲物を、自分の巣穴の奥に引きずり込むために、意図的に見取り図を送ってよこした……」

「だね」


 この場合の『来たるべき日』は今日で、『獲物』はおそらく僕のことになるだろう。


「とりあえず、疑いはもっといた方がよさそうね」

「うん」


 僕の予想があたっていた場合、このマップからは恣意的に情報が抜かれている可能性が高い。

 隠し部屋への通路など、肝心な部分が記されていないかもしれないのである。

 

 そうは言っても、現状このマップにたよるしかないのが、辛いところだが……。


「ところで、大丈夫ですか?」

 

 僕は柊さんのすぐ後ろを歩く、トレ坊リーダーさんに声をかけた。

 少し前から、口数が減り、なにやら深刻な顔をしているのが、気になっていたのだ。


「……すみません、少し考え事をしていまして」


 この状況で真面目そうな彼女が悩むってことは、確実に現在の探索に関係する事柄だろう。

 そう思った僕は、彼女に尋ねてみた。

 

「どういったことですか?」 

「あの二人が使っていた転移魔法がどうしても気になるのです」

「転移魔法……ですか」

「ええ。二人とも高ランクの探索者でしたし、転移魔法が使えること自体はありえなくはないのですが、自然にスキルツリーから獲得したものではないように思えるんですよ」


 彼女は顎に手を添えながら、続けた。


「あの魔法陣の文様……私たちが開発していたものにすごく似ていたんです……いえ、そっくりでした」


 他の『トレ坊の猟犬』の人たちも、彼女と同じような懐疑的な表情を浮かべている。

 全員思い当たる節があるようだ。


「あの人は――私たちの元リーダーはこう言っていました。『有名な探索パーティの人から、凄い魔法技術を教わったんだ』。それが私たちの研究の始まりでした」

「あるパーティとは?」

「口外しないように言い含められていたらしく、結局私たちにも最後まで教えてくれませんでした。しかし――」


 その先は言わなくても僕にもわかった。

 間違いなく、カシナートの翼の誰かだろう。


 

「教えたのはボクだよ」


 

 突如、そんな声が響いた。


 前方にいつの間にやら誰かが立っていた。


「貴様……ブラムか!」


 柊さんが剣を構える。


「ご明察。無事再会できたね、オッズくん♡」



 ニチャア。



 こちらを見る絶世の美男子の顔には、粘着質な笑みが浮かんでいた。


 

《きも》

《こいつもオッズ氏の体目当てなのが、今の表情だけでわかるな》


 

「言い方がアレだけど、まあそのとおりさ。よくここまで来てくれたね、オッズくん♡」

「……やっぱりこの地図は、僕をここまで誘い出すために作ったんですね?」

「そーだよ」


 あっさり告げるブラム氏。

 

「……確認するぞ」


 低い声をあげたのは、トレ坊リーダーさんだ。


「私たちのリーダーに転移魔法を教えたのは、おまえで間違いないんだな?」

「んん~? 何のことかなあー」


 常に礼儀正しい彼女が、敵意を隠そうともせず、ブラム氏を睨みつけた。


「冗談だよ冗談! あの時の間抜けな男のことだろ」


 おどけるように両手を広げて見せるブラム氏。


「はいはい、たしかに教えましたよ。

「……………!」

「ホントばかだったなあ、あいつ……『誰もがもっと安全に探索できるよう、君に教えてもらった知識を役立てるよ』とか、勝手に盛り上がっちゃってさあ。こっちはそんな気、さらさらないのに……ぷっ。くくくくくくっ……」


 口元を押さえ、忍び笑いをもらす。

 

 敬愛していたであろう元リーダーを小馬鹿にされ、トレ坊リーダーさんの拳が震えたが、彼女は抑えた口調で尋ねた。

 

「……では、なんの目的で教えたんだ?」

「ん〜目的? ただの実験だけど?」

「……なんだと?」

「ほら、転送魔法ってリスクが高いじゃん? ボクたち死ぬのがすごく嫌だから、危険はできるだけ避けたいタイプなわけよ?」

「……まさかおまえ――」

「そ。だからモルモットきみたちに代わりにやってもらうことにしちゃった♪」

「貴様…………!」


ブラム氏は美しい顔に、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「実はね、『死の顎』で例の転送事故が起こった時、ボクもあの部屋にいたんだ。実験結果をこの目でみたくてさぁ」

「なに!」


 驚愕の声を上げるトレ坊リーダーさん。


 僕は、彼の発言が嘘ではないと、直感的に悟る。

 この人の実力があれば、でA級ダンジョンを踏破するのも、充分可能だっただろう。


「な、なんで彼を助けなかった?」

「言わないとわかんない?」


 心底馬鹿にした眼差しになるブラム。


。僕たちが転移魔法を使えることは、極力秘密にしておきたかったからね」

「ふ、ふざけるな! 彼はなあ、お前との約束を守って、私たちにさえも、誰に教わったのか伝えなかったんだぞ?」

「うんうん、どーも本物の馬鹿正直な馬鹿だったみたいだねぇ。でもほら、この国の諺にもあるだろ? 死人に口無しってさ♪」

「貴様………………」

「今思い出したよ。あいつ、死に際にこんなこと言ってたね『仲間に助けに来ないように伝えてくれ』って。言われなくても初めから、ボクには伝える気なんか微塵もないってのに」


 僕は理解した。

 

 てっきり獅子のモンスターの仕業だと思っていたが、あの時、死角からドローンを破壊したのは、こいつだ。


 この男は、最初から自分に繋がる証拠となるものを一切残さないつもりだったのだ。


「あの人、きみの婚約者だったんだって? 残念だねえ、死んじゃって」

「……………………」

「死んだっていうか、念のため僕が止めを刺したんだけどね」

「!」

「よーく検死すれば、心臓に空いた小さい穴が見つかったかもね♪」

「…………………………………………………………きっさまああああああっっっっ!」


 鬼のような形相で、トレ坊リーダーさんが突進した。

 他のメンバーも彼女に続く。


 が――





 ブラム氏の口からその言葉が出た途端、全員の足がその場で止まった。

 まるで、縫い付けられたみたいに、自分の足が動かない。


「猿どもが……地球人おまえらはおとなしく、ボクの肥やしになってりゃいいんだよ。バンパイアロードの、このボクの……」



 

 メリメリメリメリ。


 


 ブラム氏の白い額に亀裂が生じた。

 

 その下から、金色の巨大な瞳が現れる。


「さあ、お楽しみはこれからだ! もらうぞ、君の不死身の体を!」


 ニチャリと笑った彼の口からは、2本の牙が伸びていた。

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