第51話 【一方、その頃】④ ー楓ー


 ウチはしげしげとその六面体を見つめる。

 

 大きさは一辺50センチぐらい。

 完全な正方形で、見たこともない透明な素材でできている。


 一番の特徴は、各面に描かれている摩訶不思議な文様だ。

 

 隠し部屋で発見した、いかにもいわくありげな物体。


 にやっと思わず口元が緩む。

 

「完全にお宝じゃん?」


《素晴らしい発見です! さすがカエデさんですね!》

《もうこの配信の評価は、星5つ以外考えられません!》

《鮮やかなアッパーで敵を倒しましたね! 感服しました!》


『最後のおまえ……動画を観ずに適当に書いてるだろ? ちゃんと仕事さくらしろ!』


 音声で切れ散らかす儀膳寺ぎぜんじサンに、ウチは声をかける。


「おい、オッサン!」


『は、はい?』


「これ、なんだかわかるか?」


『うーん……たぶんトラップキューブの一種かと思われますが』


「トラップキューブ? なんだそれ?」


『内部に入ったものを捉えてしまう罠ですね。魔法陣が描かれているところからして、獲物を取り込んだら魔法が発動して閉じ込める仕掛けではないでしょうか?』


「魔法の檻みてーなもんか」


『はい』


 ふいに、ぶぅぅぅんという音が響く。


 立方体の中に、忽然となにかが現れた。


 灰色の塊だ。

 両手で抱えられるぐらいのサイズで、皺くちゃな表面をしている。

 一見してキモい。


「なんだこれ?」


『なんでしょう? 生き物の脳のようにも見えますが……』


「そーいや、理科室で見たことあるような気がすんなぁ……でも、なんでそんなもんがいきなり出てくんだよ?」


『さて……』


 ウチはじーっと、その脳味噌(?)を見つめる。


 ……なんだろう、なんかムラムラする。

 こいつを見てると、だんだん暴力をふるいたくなってきやがる。


 ウチの脳裏に、なぜか一瞬、幼なじみの男子の顔がよぎった。


「………………」


 ウチは拳を固めて、キューブの前に立つ。


『あ、危ないですよ!? なにをなさるつもりですか?」


「あー、なんかボコりたくなってきたから、ボコるわ」


『いや、意味がわからないです』


 ウチはファイティングポーズを取ると、すうっと息を吸い込んだ。


「スキル『神速拳』発動!」


 カッと目を見開き、拳を立方体に向かって繰り出す。


 

「キモ!」


 

 魔法陣に手が触れた瞬間、怪しくその表面が輝いた。


『あれは転送魔法!? 腕が切断されてキューブの中に取り込まれるぞ!』


 儀膳寺サンが悲鳴のような声を上げた。

 

 どうやら表面に触れた物を、内部に転送して捕らえてしまうトラップらしい。

 内から脱出不能で外からも救出不可能な、ある意味完璧な檻と言えるが――


『あ、あれ? なんともない?』


 そう。

 ウチの腕も手も、傷一つついてなかった。


「やっぱりすげーな、このアイテム……」


 両手に嵌めたナックルを、改めて眺める。

 ウチのステータスとスキルに、このレアアイテムのゴールデンナックルの性能が上乗せされて、ウチのパンチは音速を超えていた。


 


「くう~、なんかイキそうだぜえ~」


 なんでかわからないけど、この脳味噌を殴った瞬間、ここ最近のストレスが霧散していくのを感じたのだ。


 ――イクぜ!


 

肝肝肝肝肝肝肝肝肝肝きもきもきもきもきもきもきもきもきもきも肝肝肝肝肝肝肝肝肝肝きもきもきもきもきもきもきもきもきもきも肝肝肝肝肝肝肝肝肝肝きもきもきもきもきもきもきもきもきもきも肝肝肝肝肝肝肝肝肝肝きもきもきもきもきもきもきもきもきもきも肝肝肝肝肝肝肝肝肝肝きもきもきもきもきもきもきもきもきもきも


 

 ウチはパンチの連打キモキモのラッシュを立方体に叩き込んだ。


『ふおおおおおおお! その責めいいぃぃぃっっっ! ホ別10――いや30出すから、ポキのことも責めてえええええっっっっ!』


 

《やばい人だとは思ってたけど、ここまで変態だったのかよ。俺、今日でこの団体抜けるわ》

《僕も。ていうか、配信でパパ活とかマジでやばくない?》

《普通に犯罪だし、巻き込まれると嫌だから、通報しといた》


 

 心行くまでパンチを打ち続けると、ウチはようやく動きを止めた。


「あ~スカッとした」


 ふと自分の腕を見下ろすと、例の灰色の物体がべったりこびりついていた。


「うお!? キモっ!」


 ウチは慌てて、脳味噌の断片を払い落とす。


 不思議なことに、床に落ちた脳味噌の破片は蠢きながら一つに合わさっていった。

 脳味噌は、ナメクジのように通路を這って、いずこかへ消えてゆく。


「結局なんだったんだアレ……?」


 遠ざかる脳味噌を見送りながら、ウチは小首を傾げる。

 

 ――ま、いっか 

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