第36話 【死報】ワイ氏、次の凸り先もAランクダンジョンに決定

 ロビーには、すでに多数の探索者たちの姿があった。


 椅子に腰を下ろしている者もいるが、大半は立ったままパーティメンバーと話し込んでいたり、壁に背を預けて、じっと重大発表を待っている。


 僕たちが到着すると、すぐに一人の男が現れた。


 アイパッチをした禿頭の男だ。

 まだ20代という話だが、とてもそうは見えない貫禄を振りまいている。


「押忍!」

「「「「「押忍」」」」」

 

 彼が野太い声で挨拶すると、ロビーの探索者たちが一斉に返す。

  

 ギルドの本部長であり、実質的な現場責任者――ギルドマスターだ。


《おお! 初めてみた》

《ギルマスもだけど、隣の人、ブラム氏じゃね?》

《ホントだ。めったに人前に出ないのに、珍しいな》


 そう。

 ギルド長に付き従っているのは、Aランクパーティ『カシナートの翼』のリーダー、ブラムさんだ。


 どこかのパーティと違って、本物の実績と実力を備えた、現時点で日本一のパーティ。

 そのリーダーを務める白皙の青年である。

 

 僕も実際に目にするのは初めてだけど、噂が控えめに思えるぐらいの物凄い美形だ。

 当然世間の注目度も高く、しょっちゅうメディアで取り上げられたりしているが、あまり人前に現れず、こうして日が落ちてからギルドにやってくる以外は、大半の時間、ダンジョンに潜っているという。

 

「(涼君)」


 ひいらぎさんが僕の袖を引いて、小声で囁きかけてきた。


「(ドローンの配信を切った方が良くない?)」


 彼女の懸念の声が聞こえたわけではないだろうが、ギルマスが野太い声で告げる。


「あー、配信中の者はそのままでいい! どうせ、すぐ世間に公表するし、すでにマスコミに嗅ぎ付けられているだろうからな」


 こういう公明正大なところが、この人が人気な理由だろう。


 ……あれ? ところで今、柊さんが僕のことを名前で呼んだような……。


「急ですまねぇが、ちとやっかいな事態が起こってな。対応してくれる奴を募りたい。報酬は、パーティランクの二階級特進か、1年間の受注クエスト優先権だ」


 破格の提示に場がざわめく。


「それって、どんなクエストでも優先して受けさせてもらえるってことですか?」


 誰かがそう質問する。


「そうだ」


 室内がどよめいた。


《すげえな、Cランクが一気にAランクになるってことだろ?》

《それより1年間の優先権がやばくね? おいしいクエスト取り放題じゃん》


 その通りだ。

 でも――


「涼君――」

「……うん、わかってる」


 柊さんの表情を見ただけで、僕は彼女の言わんとすることを察した。


《でも、ちょっとおかしくね?》

《なん?》

《いや、まだどこに行ってなにをするのかも言ってないやろ? にも関わらず、報酬の話をするとか》


 聡いリスナーさんがそんなコメントを上げる。


 その通りだ。

 そして、ギルマスのようなしっかりした人が不自然な言動を取る時には、必ず理由があると僕は思う。


 今回の場合、その理由っていうのは、これから伝えるミッションの『危険度』のことじゃないだろうか。

 あまりにも困難かつリスクの高い――もっとはっきり言えばの高いクエストだから、先に報酬を提示せざるを得なかった。

 そうしておかないと、話を最後まで聞かずに立ち去る者が続出するから。


 ギルマスとブラムさんが部屋の中央に移動するに従い、自然と皆が円になって、2人を取り囲む。


「まずはこいつを見てくれ」


 ギルド長がパチンと指を鳴らすと、ブラムさんが無言で丸い物体を取り出した。


 リスナーさんも含め、この場に居合わせるすべての人が見慣れた物。

 ドローンだ。


 

 ブゥゥゥン。


 

 馴染みの深い起動音を響かせて、ドローンがホログラムを宙に浮かび上がらせる。


「昨日、多利無たりむ市でダンジョン起因と思われる異常事態が発生した。それも複数だ」


 ドローンの映像は写真を拡大したものらしい。


《なんだあれ? 犬?》

《頭が三つあるし、尻尾が蛇だから、ケルベロスだろ》

《でも、この背景って、住宅街じゃね?》


 リスナーさんの言うとおり、画像は、ごく普通の民家の庭先で取られた物のように見えた。

 被写体は異常だが……。


「涼君、あのケルベロス、おかしくない?」

「たしかに変だね。ダンジョン外にまで、あのレベルのモンスターが出てくるなんて……」


 スタンピート時は別だが、通常、モンスターたちはなぜかダンジョンの外に出てくることを嫌う。


「それもあるけど、あのモンスター自体が変よ」

「というと?」

「左側の首を見て。どことなく秋田犬っぽくない?」


 僕は三つ首の左の頭を注視する。


 茶色と白の毛並み。

 言われてみれば、顔つきも秋田産の犬にそっくりだ。

 

「中央はドーベルマンで、右側の頭はチワワっぽく見えない?」


 たしかに、黒くて細長い、少し怖そうな面貌はドーベルマンに酷似しているし、その隣の小さくて円らな瞳の頭は人気の室内種そのものに見えた。


《尻尾もマムシだな。わい、蛇に詳しいから一目でわかったんだけど》


 いったいどういうことだろう。

 迷宮由来のモンスターが、こちらの世界の動物の特徴を備えているなんて……。


 原因は皆目見当がつかなかったけど、写真を眺めるうちに、僕はゾッと鳥肌が立ってきた。

 なにかこの映像には、表面に映っている以上のおぞましさが潜んでいるような気がしてならなかったからだ。


「次」


 ギルドマスターが指示すると、ホロ画像が切り替わる。


 今度は横たわる老婆の写真だ。

 かなり高齢者のようで、手足が棒のように細く、とても自力では起き上がることができなそうだ。


 しかし、この映像もどこかおかしい。


《ランドセルとかあるし、子供部屋?》

《普通、寝たきりの祖母を小学生の部屋に寝かせるか?》


 なにより、その老婆は子ども服と思われる白いワンピースを着ていた。

 頭には、大きなピンク色のリボン。


 白髪と皺の深く刻まれた顔に、あまりにもミスマッチなその出で立ちは、こんな場でなかったら、なにかの質の悪い冗談と錯覚するほどだった。


「この子はダンジョン近郊に住む10の少女だそうだ」


 ギルマスの告げた言葉に、一同は戦慄する。


 ……一体どういうことだ?


「……次」


 三番目に現れた映像に、奇妙なことに慣れっこなはずの探索者たちの口から、「アッ」と驚きの声が上がる。


 今度は写真ではなく、動画だ。

 

 壁に映った人の影が列を成している映像である。

 ただし、影の元となる人間たちの姿は、


 ただ、影だけが映っており、しかもその影たちは動いていた。


「なんなのあれ……」


 あの真由香まゆかでさえ、怯えた声を上げている。


 もしダンジョン内で遭遇したなら、動く影絵程度は、『そんなこともあるだろう』で、ほとんどの探索者が片付けるだろう。


 だが、動画の撮影されている場所は、明らかに日本最大手のファーストフード店の店内だった。


《まさかダンジョン内にマ○クの新店舗ができたとか》

《なわけねーだろ……》

《多利無市内のマ○クだと思う。俺、行ったことあるし》


 いずれにしても、カウンター脇の壁に整然と並ぶ動く影絵はシュールそのものだった。

 注文を待っているみたいだけど、仮に商品を受け取っても、一体どうやって食べるというのだろう……。


「これらはすべて多利無市内で、ブラム君が撮影してくれたものだ」


 ギルマスの言葉を首肯するブラムさん。


「ある種の呪いなのか、自然災害なのかも、まだ解明できてねえが、多利無市にあるダンジョン『死霊の臓物』が原因なのは、まず間違いねえ」


 『死霊の臓物』――先日、僕が柊さんと攻略した『死の顎』と同じAランクの高難易度ダンジョンだ。

 ただし、同じAランクでもこちらの方が遥かに危険と言われている。


 理由は単純。生還率が死の顎より低いからである。


「今のところ人死には出てねぇが、このままだと犠牲者が出るのは待ったなしって感じだ。我々も全力でサポートするから、至急攻略を願いたい!」


 シーンと場が静まり返る。


 勇敢と蛮勇は違う。

 どれほど報酬が魅力的であっても、いっぱしの探索者であるなら、まず危機管理能力が働いて、このクエストを回避しようとするだろう。


 だが――


「涼君」

「うん」


 僕と柊さんは頷き交わす。


 僕たちには、回避などという選択肢はない。

 重度のダンジョン病に侵された家族を持つ僕らには、ためらう暇などないからだ。


 

 ――すべてのAランクダンジョンを踏破し、無害化する


 

 この最終目的がある以上、このダンジョンもいずれは通らねばならない道なのだ。


 ならば、いまこのタイミングで挑むほかない!

 

「行こう!」


 傍のパートナーに呼びかけ足を踏み出そうとすると、ふいに横合いから声がかかった。


「やはり行かれるのですね。では、私共もお供させて頂きます!」

「あなたがたは――」


 振り返った僕は、目を見開いた。

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