第33話 【間章】大怪我した上に女にも見捨てられ、おまけに変な奴に絡まれてるんだけど、なにか質問ある?

 ……クソが。

 体中がいてえ。


「おい! 誰かいねえのか!」


 俺――星月夜龍翔せいげつやりゅうしょうは、懸命に嗄れ声を張り上げた。

 

 だが、誰の返答もない。


 ここはギルドの治療室だ。


 あのあと、俺は仲間に運ばれて、なんとかダンジョンを脱出した。

 しかし、重症を負っていたため、クエストの成果を報告することもできずに、即治療を受けることになってしまった。


 しかもだ。

 俺様をこんな目に遭わせたゴミカス以下の便所女どもは、俺を放置してどっかにいっちまいやがった。

 くされビッチどもがよお……。


 やつらに受けた屈辱を思い出し、俺はベッドの上で歯ぎしりする。


「おおい! やけどが痛くて眠れねえんだよ! 誰かなんとかしやがれ!」


 再度、怒鳴るがやはりなんの返答もない。


 さすがにおかしい、と俺は訝しむ。

 顔中包帯でグルグル巻きなため、外の様子をうかがうことができないが、普通ギルドの治療所ともなれば夜中でも誰かしら待機しているはずだ。


「……チッ、うるせえな」


 少し離れたベッドから舌打ちが聞こえてきた。

 どうやら俺以外にも治療中の者がいるらしい。


「バカが、わざと放置されてるのも気付かずに」

「また俺たち探索者の評判を下げやがってよぉ……誰がてめえの治療なんて進んでやるんだよ」

「最低限の手当をしてもらえただけ、ありがたく思えっての」


 嘲笑の声が響く。


 俺は悔しさに拳をブルブル震わせた。


「そういやあいつ、職業が『しゃ』になったらしいぜ?」

「なんだよ、者って」

「勇者なのに1ミリも勇気がないから、勇者の『勇』を抜いて、ただの『者』だとよ」

「プッ。ぴったり過ぎるじゃねえか!」


 大笑いする声が俺の耳朶に不愉快に響いた。


 ……………………。


 クソクソクソクソクソクソクソクソ、クソがぁぁぁぁぁぁっっっっっっー!


 俺は包帯の下で目を血走らせた。


 そもそもなんで俺様がこんな目に遭わなきゃならねえ?

 イケメンで金持ち、陽キャで勇者スキル持ちの俺が、なんでこんな恥辱の極みを舐め回さなきゃいけねえんだ!?


「それはほら、例のが悪いんじゃないですか?」


 例の彼?

 誰のことだ?


「もちろん、尾妻涼おづまりょうのことですよ」


 …………そうだ。

 全部あいつが悪いんだ。


 あのキモキモ野郎がなぜか世間の注目を浴びるようになってから、逆に俺の評判がさがり始めたんだ。


「そうそう。きっと汚い方法で、本来あなたが得るはずだった手柄を横取りしたんですよ」


 そうだ!

 そうに違げえねえ。


 俺は考えれば考えるほど、その推論が正当なものに思えてきた。

 怒りの矛先が涼という明確な目標へと収束されていくのを感じる。


 ――ところで、さっきから俺に話しかけてくる、こいつはなんだ?

 

「私ですか? 私のことは、まあ黒幕のクロとでもお呼びください」

「トワーレ・クロム、貴卿いつまで戯れておる?」


 前者は男の声、後者はやたらと居丈高な女の声だ。


「そのあたりにせぬか。時間の無駄じゃ」

「御意に。しかし、殿下、この少年もまた状況によっては必要な駒になりますゆえ

「ふん……随分と手の込んだことを企てておるようじゃが、こんな大半の者がスキルを持たないような世界など力で蹂躙すれば済むであろうに」

「殿下、お言葉を返すようですが、この地は神の寵愛をもっとも受けし世界なのです。スキルはなくとも科学と称する未知の技術が発達しております」


 意味不明な会話に、俺は眉根をひそめる。

 

 わかはわかんねえ。

 けど、なんだろう……こう聞いていると、そこはかとなく鳥肌が立ってくるというか……。


 俺はやけどで腫れあがった瞼を懸命に動かし、薄目を開けた。

 包帯の隙間からでちょっとしか見えないが、俺のすぐ傍らに二人の男女が立っている。


 男の方はフードを被っているため、口元しかうかがえない。

 

 女の方はビキニのような露出の多い鎧を身に付けていた。

 燃えるような赤毛の女で、変態みたいな恰好をしているが、外見だけはパーフェクトなユルリでさえ裸足で逃げ出すほどのぶっ飛んだ美女だ。


「……まあよい。この世界の侵攻計画は貴卿にゆだねる約束じゃからな」

「ありがたき幸せ。必ずやご期待にこたえてみせます」


 胸に手を当てて、頭を垂れる男を残し、女は足音高くその場から去ってゆく。

 

 それはそうと、俺の悪口を言っていた男どもはなにしてやがる?

 こんな変な奴らがいたら、陰口の一つでも叩くはずだが、妙に静かだな……。


「ん? ああ、あの人たちですか? とっくに死んでいますが?」


 …………なにぃ?


「そんなことより、の話をしましょう」


 不気味な男は、口の端に酷薄な笑みを浮かべる。


「次に彼が挑むのは死霊ダンジョン。不死身スキルを持つ彼には、色々な意味で相性最悪のダンジョンです。どうなるか楽しみですよねぇ!」


 低い含み笑いが、治療室の中にこだました……。

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