第18話 【実況】#6 ワイ氏、Aランクダンジョン『死の顎』に挑戦

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ガコン。


 

  ふいに背後から響いてきた音に、僕とひいらぎさんは「!?」となって振り返る。


 入口付近にあったレバーが元に戻されていた。

 

 仕掛けの手前には、例の獅子面のモンスターの姿がある。


 ――僕たちを閉じ込めた?


「……まずい事態になったかもしれない」


 柊さんが告げる。


「いま、あの魔物のステータスを鑑定してみたのだが……どうやら尋常な強さじゃないようだ」


 彼女が伝えた敵の能力値は以下のようなものだった。


――――――――――――――――――――


種族: ワービースト


レベル:   ※

最大HP:   254

最大MP:   0

攻撃力:   9999

防御力:   ――

魔法攻撃力: 0

魔法防御力: ――



スキル:

・物理攻撃無効

・魔法無効

・ステータス異常無効

 

――――――――――――――――――――


《うわ、レベルが計測不能ってことは、フェンリルナイト氏より高えのかよ》

《それよりスキルがやばくね? なんにも効かねーじゃん》

《どうやって倒すんだ……》


「おそらく、奴はこのダンジョンのボスだ」


 思わず、息をのむ。


 A級ダンジョンのボス。

 それは、人類が遭遇する迷宮内生物――いわゆるモンスターの中で、最強の存在であることを意味する。


《マジかよ……》

《A級ダンジョンのボスが見つかったのって、国内では初めてじゃね?》


「いずれにせよ、これで部屋を脱出するのは容易ではなくなってしまった」


 柊さんがそう呟いた途端、


《お願いです、その製法書を持ちかえってきてください!【¥500】》

《娘のアンブローシアが切れそうなんだ、頼む!【¥500】》

《俺のかあちゃん、もってあと3日って医者に言われてんだ、戻ってきてくれよお……【¥500】》


 悲痛なコメントがドローンのホログラムを埋め尽くすように流れてくる。

 

 投げ銭の金額で、彼らがどんな状況におかれているのか、僕には痛いほど理解できた。

 高額なアンブローシアを買えない人たちだ。僕と同じく。

 

「まず、ドローンでこの製法書を公開しない?」


 僕は柊さんにそう提案した。

 

「というと?」

「この場でページを1枚ずつ開いて配信していけば、少なくとも本の中身を伝えることはできるでしょ」


 たとえ、僕たちが帰還できなくても――という言葉はあえて省略する。

 

 が――


「ダメだ……開かない」


 製法書に指をかけていた柊さんが、諦めて手を離す。


 本を開くことがどうしてもできないのだ。

 ページがかたくなに閉じた貝の口のように、動かないのである。


「おそらく強力な魔法か呪いで封じられているな……」

「どうすれば解けるの?」

「地上にもっていけば、ギルドの専門家が解除方法を調査してくれるだろう。だが、この場では無理だ」

「じゃあ、やっぱり持ち帰るしかないんだね……」


 僕たちは以下の選択肢を検討してみることにした。


 ①ボスを倒して脱出

 ②ボスを回避して脱出

 ③他の出口を見つけて脱出

 ④外部からの救援を待つ


「①はかなり厳しい。敵のスキルがチート過ぎるため、現在の私の実力では対策が思いつかない」

「②も難しいかもね……うまくボスの脇を摺り抜けても、今度は通路のトラップが待っているし」


《まずレバーを操作して、罠を止めればよくね?》

《馬鹿。レバーの真ん前にボスがいるだろ》

《ってことは、④も厳しいか。ギルドの救助隊が来ても、トラップが生きてたら廊下を進んでこれねーし》

 

「必然的に③が唯一の選択肢ってことになるけど……」


 僕は、顔を上げて獅子が塞いでいる出口へと目を飛ばす。


「この部屋の出入り口って、あそこ以外ないんじゃないかなあ……」

「なに?」

「…………いや、決めつけはよくないよね。とりあえず探してみよう」


 僕と柊さんは手分けして室内を調べ始めた。


 

 1時間後。



「見つからなかった」

「そちらもか……」


 部屋の中央で合流した僕たちは、成果なしを報告し合うことになった。


《わい、隠し通路マニアなんやけど、そういうのもなさそう》

《でも、ちょっとおかしくね?》

《なん?》

《あの廊下のトラップってさ、マジに攻略不能じゃん?》

《オッズ氏が攻略したやろ》

《それは知ってるけど、普通のパーティには絶対無理だろ》

《たしかに》

《じゃあ、そもそもどうやって部屋の中に入るんだって話》

 

 ダンジョンは、必ず攻略できるよう造られている。

 少なくとも、現在世界で何百と確認されているダンジョンの中で、物理的に攻略ができないものは、いまのところ確認されていない。

 奇妙な話だが、ある意味探索者にフェアな設計になっているのだ。


「これは僕の勘があたっていたのかも……」

「というと?」

「この部屋に来る唯一の方法は、転送なんじゃないかな。というか、それ以外考えられないと思う」


 柊さんは床に横たわる探索者の亡骸へ目を向ける。


「……しかし、この探索者は転移魔法のミスで、偶発的に辿り着いたのでは……?」

「この人はそうだね。でも、本来は迷宮の奥深く、たぶん最奥にある転移罠を踏んで、ここに転送される仕組みなんだと思う」


 ボス部屋は入口付近だが、扉を開けるレバーは迷宮の奥深く。

 ボス部屋に通じる階段がダンジョン最下層までいかないと存在しない。


 そういう造りのダンジョンは、龍翔のパーティにいた時、しばしば見てきた。


「今回は転移罠がその役割を果たすと?」

「と僕は思う」


《おお! 鋭い推察!》

《言われてみれば、それ以外なさそう》

《オッズ氏、不死身なだけじゃなくて、頭も良いじゃん【¥5,000】》


 頭はよくない。

 でも、幼なじみのチームにいた時、さんざん単独で危険地帯に特攻させられていたので、必然的に周囲をよく観察して分析する癖はついている……とは、思う。


「となると、もはや選択肢は一つだな」

「うん」

 

 柊さんと僕は、改めて正面に向き直った。


「奴を倒す以外ない」

 

 相対する獅子は、彫像のように微動だにせず、ガラス玉のような瞳でこちらを見つめ返した。

 

 

*****


 

 獅子は内心感心していた。


 この二人組、結論に至るまでが早い。

 他の探索者どもは、もっと時間がかかっていたものだが。


 それ以上に感心するのは、二人とも落ち着いていることである。


 大半の連中は、閉じ込められたこと悟ると、パニックになり、仲間同士で揉め始める。「こんな所に来たのは、おまえのせいだ」とか「おまえが宝に目がくらむから、こんな羽目になったんだ」とか。


 そんな無意味な責任の擦り付け合いをすることもなく、互いに協力して事にあたっている。

 これだけで称賛にあたいするだろう。


 ――面白い


 彼の胸の内で期待感が膨れ上がる。


 絶望の淵に叩き落とされた時、彼らはどんな表情を見せてくれるだろうか。


「さきほど伝えたように、奴を正面から倒すのはほぼ不可能だ」


 女探索者の方が告げる。


「だが、攻略できないダンジョンはない。この原理を鑑みると、室内のどこかにあの魔物を倒すキーとなる物が隠されている可能性が高い」

「キーって、アイテムかな? それともなにかの仕掛けとか?」

「それはわからない。でも、間違いなく、が関係しているはずだ」

 

 女は部屋の奥にある宝箱を示した。

 

 この部屋にある宝箱は二つ。


 一つはアンブローシアの製法書の入っている箱。こちらはすでに開放済みだ。

 

 そして、もう一つは、この俺を倒すアイテムが入っている箱だ。


 彼らは、そちらの宝箱へと近付いていった。


 ――いいぞ。はやくそれを開けろ


 獅子は内心ほくそ笑んだ。


 女が宝箱用のトラップ判別スキルを使う。

 これ見よがしにおかれた、いかにも怪しげな宝箱だから、当然だろう。


「……トラップ発動率0パーセント。罠は仕掛けられていない」


 そう。

 だれもがそこで安心する。


 女が宝箱に手をかけた。


 ――さあいよいよだ


 獅子は口の端に笑みを浮かべたが、その時、男の探索者がこちらを見ていることに気付いた。


 男――少年といっていい――は一瞬目を見開き、床に横たわる探索者の亡骸にさっと視線を移す。

 両腕をズタズタにされ、苦悶の表情を浮かべた死体。


「待って――」


 慌てて、相棒を制止する少年。


 ――まさか勘付いのか!?


 しかし、女探索者の手は、すでに宝箱にかかっていた。


 次の瞬間、箱の縁に沿って牙がにゅっと生えた。


「!」


 女は慌てて腕を引っ込めようとするが、間に合うはずもなく、宝箱は探索者の両腕を深々と咥え込んだ。


 ぼきり、ガリガリガリ――


 そんな音が男の叫び声と女の悲鳴を伴奏に響き渡る。


 もう隠すことはできなかった。

 獅子は声を上げて、高笑いする。

 

 ――そう。罠ではない。だから、スキルには引っ掛からないのだ

 

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