第17話 【実況】#5 ワイ氏、Aランクダンジョン『死の顎』に挑戦

 その部屋の大きさは50メートル四方。

 

 石柱が多くそびえており、壁や床がひどく歳月を経て、古びている。

 明らかに他の場所と雰囲気が異なっていた。


 部屋に(首だけで)転がり込むと、すぐ左手の石柱に、なにかが突き出しているのが目にとまる。

 レバーのような物だ。


 そしてその隣に、獅子の顔をした魔物が立ち尽くしていた。


「ゴボッ!」


 僕は叫び声を上げるが、いかんせん肉体はまだあの通路を這いずっている最中だ。

 今襲われたら、文字通り手も足もでない。


 だが、獅子の魔物は、金色に光る目で僕を見下ろすばかりで、その場を微動にしなかった。まるで剥製のようだ。


 不気味に思いつつ床の上から見上げていると、胴体がようやく追いついてきた。


「………………」


 ゆっくり立ち上がる僕を、やはりなんの感興もない瞳で見つめる獅子。


 ふいに、魔物の顔の中で目だけが右に移動した。

 反射的に視線を追う。


 例のレバーが映った。

 どうやら、僕の注意を促したらしい。


「………………」


 獅子は微妙に視線を動かし、今度は入口の向こう側――すなわち通路の方を示す。


 直感的に察した。


 ――このレバーは通路の罠を止めるための仕掛けじゃないか?


 僕はレバーに歩み寄ると、思い切り手前に引いた。


 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ガコン。


 

 重い物がはまり込む音が響くと、再び静寂が降りる。


 通路を覗いてみた。

 一見、なんの変化もない。


 そっと片手を突き出してみると、左右どちらの壁も動き出す気配はなかった。


「フェンリルナイトさーん! もう大丈夫でーす!」


 僕は通路に出て、大声で叫んだ。


 ひいらぎさんは即座に状況を見てとり、ドローンとともにこちらに向かってきた。


「罠の停止装置があったんだ」


 僕が告げると、リスナーから早速コメントが入る。


《とりあえずお疲れさん【¥5,000】》

《一仕事終えたばっかで悪いんだけどさ、そろそろ服を着てくれね?w【¥5,000】》

《オッズ氏は全裸で堂々とし過ぎw【¥5,000】》

 

「……とりあえずこれを」


 片手で目を隠ししつつ、僕の衣服を差し出す柊さん。


 酸のプールに浸かったり、壁に全身をすりつぶされたりと、今日は服ごと全損する死に方が多かったので、これが最後の着替えである。


「例の探索者は?」

「姿が見えなかったけど、石柱がいっぱいあったから、どこかの影に隠れてるのかも」

「わかった。では行こう」


 僕たちは改めて室内へと向かった。


 僕が先頭になって部屋に踏み込むと、間髪入れず、ドンと背中を柊さんに突き飛ばされる。


「!?」

 

 完全に不意を突かれた僕は、顔面から倒れ伏し、床とのキスを強いられた。


「ちょっ――なにするん」


 振り返って抗議しようとしたが、言葉を最後まで言い切ることはできなかった。

 柊さんがダイブするように、僕の上にのしかかってきたからだ。


 直後、さっきまで彼女の立っていた場所に何かが振り下ろされる。


 ガキン!

 

 床に突き立つ剣。

 その柄を握るのは、獅子面をした魔物だ。

 

 ――くそ、こいつを忘れていた!


 敵意がないと思い込み、この魔物を意識から除外していた自分のうかつさを呪う。


 しかし、魔物はなぜかそれ以上追撃してこなかった。


 僕と柊さんは、立ち上がって距離を取る。


「………………」


 再び彫像のように立ち尽くす獅子。

 だが、今度は通路をふさぐような位置を占めている。


《うお!? びびった》

《獅子顔のモンスターは、例外なく強いよ。こいつは初めて見る奴だけど》

《ていうか、この部屋、ここ以外出入り口がなくね?》


 リスナーのコメントに、僕は慌てて部屋を見回す。

 ……たしかにどこにも出入り口がない。


「とりあえず、遭難者を探そう」


 僕と柊さんは手分けして、室内を捜索し始めた。


 程なく彼女が叫ぶ。


「いたぞ!」


 そちらに向かうと、柱の影に身を屈めている柊さんを見つけた。

 彼女の傍には、横たわる人間の姿があったが――


《明らかに死んでるな》

《俺、この人知ってるわ。あのパーティの一員だよ》


 僕たちは短い黙祷を済ませると、遺体を検分した。


 動画でも見たが、両腕を酷く損傷している。

 ほとんど千切れる寸前だ。

 

 室内には例の獅子以外のモンスターが見当たらないので、必然的にあの魔物の犯行ということになるけど、なにかが心に引っかかった……


「オッズくん、見ろ!」


 柊さんの声に、僕は物思いから呼び戻された。


 探索者の亡骸の側に、開かれた宝箱が放置されている。

 柊さんはその中を覗き込んでいた。


「これは……」


 彼女に倣って覗き込むと、底の方に本が置かれているが見えた。

 

「間違いない。アンブローシアの製法書だ!」


《うおおおお!? マジかよ?》

《冗談抜きで、全人類が救われるレベルの発見やぞ!?》

《突然失礼します。ダンジョン病の娘がいる母です。なんとしても、そちらの製法書をお持ち帰り願います。娘の命を救ってください!》


 同様のコメントが大量に流れ始める。


 ――救うつもりだった探索者の死体

 ――度重なるトラップによる心身の疲弊

 ――モンスターに塞がれた袋小路の部屋


 そして、世紀の大発見をなんとしても持ち帰らねばならないという、突然課せられたプレッシャー――


 すでに、この状況自体が一つの巨大な罠となっていることに、僕も柊さんもリスナーの人たちも、誰も気付かなかった。


 ドローンのカメラの端で、獅子の魔物がニヤリと口元を歪めたことにも……。

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