第16話 【実況】#4 ワイ氏、Aランクダンジョン『死の顎』に挑戦

 さて。

 どうやってこの通路を渡り切るかだが――


《壁に挟まれる前に駆け抜けるに一票》

《それやね。幸いそこまで廊下は長くないし》

《バフ系のアイテムを持ってるなら、使わせてもらえ。で、効果が切れる前に全力ダッシュや》


 僕はひいらぎさんにもらった筋力強化薬(貴重品)を飲むと、クラウチングスタートの体勢を取った。


「よーい、ドン!」

 

《遅っせえええええええwwww》

《この人、元ステータスがゴミだから、強化薬を飲んでも、たかが知れてるだろうとは思ってたんだよなあ》

《思ってたなら、最初から言ってやれやw》


 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ぐちゃ。


 

 次。

 

《動体感知的な罠っぽいから、逆に超スローペースで行ってみたら?》

《おお! 逆転の発想!》


 僕は抜き足差し足で、ゆっくり廊下を進んでみた。


 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ぐちゃ。



《いつから通路は歩いて渡るものだと錯覚していた?》

《飛べオッズ氏!》

《鳥人間コ○テストや!》


 僕は柊さんにぶん投げてもらうことにした。


「失礼」


 僕の両足をがしっと掴み、そのまま勢いよく僕の体を振り回し始める彼女。

 

 ぐるん、ぐるん、ぐるーん――


 遠心力をつけて、パッと手を放す。


《おおおお、すごいスピードで飛んでいくぅぅぅ》

《オッズ氏、軽すぎじゃね?w》

《いや、体重の問題じゃなくて、二人のステータスの差が大きすぎるんだろ》


 ひゅううううう、と弾丸のように床と水平に飛行する僕。


 お? 

 壁が反応しない?

 

 これはうまくいくかも――


 高度が下がってきたので、僕は床に降り立ったたらすぐにダッシュに移行できるよう、身構える。

 僕は床に着地し――――――ぐちゃ。

 

《潰れた!?》

《着地の衝撃に体が耐えられなかったんや》

《どんだけ弱いんだよwww》


 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。

 


 潰れたトマトみたいにぐっちゃり広がっている僕を、壁がダメ押しで圧し潰した。




「…………なんて悪意のある造りなんだ」


 柊さんが呻くように漏らす。


 届きそうなのに届かない、絶妙にいやらしい通路の長さ。

 なまじ出口が見えるから、「あとちょっと」とどうしても思ってしまって、諦めることもできない。

 

「どんな人がこの罠を考えたのか知らないけど、絶対性格はよくないよね」

「まったくだ。トラップダンジョンとは聞いていたが、ここまでの代物とは……」


《俺らも役に立たなくて、すまんな》

《m(__)m 》


「……いえ、みなさんがヒントをくれたおかげで、攻略法を思いつくことができましたよ」


《マジかよオッズ氏!?》 


「ほ、ほんとうか!?」


 僕は柊さんとリスナーの人たちに、作戦を説明した。




「それじゃ打ち合わせ通りで!」

「了解」


 僕は柊さんに告げると、通路を走り始めた。

 

 ほどなく壁が動き出す。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ぐちゃ。



 廊下の半ばで、あえなく圧し潰される僕。

 ここまでは先程と一緒だ。

 

 問題はここから――


 壁が後退すると、すぐに僕の体が再生を始めた。

 例によって、赤い水風船のようになっている僕の頭部にパーツが集まってくる。


 ほどなく、僕の頭は水に浸かった腐乱死体程度に固まってきた。


 ここだ――!


「ゴボッ! ゴボゴボッ(いまだっ! やってくれ)」


 声帯が治っていないため、詰まった配水管のような音しかでなかったが、幸い柊さんは察してくれたようだ。


 彼女は即座に行動を開始した。

 事前に用意しておいた石片をひょいと宙に放り、幅広の剣の側面で打つ。


 ――カァン!


 石は野球の弾丸ライナーのように、まっすぐ通路を突き進む。

 


 ――グシャ!


 次の瞬間、腐りかけの卵を床に叩きつけたような音が響いた。

 飛来した石の直撃を受けた僕の頭部は、治りかけの首から千切れ、後方に吹っ飛んでいく。


《うおおおお、生首ビリヤードwwwww》

《略して、なまくビリヤードォ!》

《略すなやw》

《ていうか、フェンリル氏のコントロールすげえなw》


 僕の頭は、放物線を描いて十数メートル宙を舞うと、コロコロと床に転がる。


 ……さあ、どうだ!?


 僕は胴体の様子をうかがった。

 

 半熟の赤いゼラチンみたいになっている僕の胴体が移動を開始した。

 ズルズルとなめくじのように、こちらへ向かって這い進んでくる。


《キモすぎぃぃぃぃぃ!!!》

《中身が透けて見えるし、人を捕食したばかりのレッドスライムが、食い残しの頭を食べに行こうとしているようにしか見えん》

《的確な表現過ぎて笑うw》


 これこそが僕の戦略である。


 肉体が治りきらないと、自力で進むことはできない。

 ――ならば、他の人に動かしてもらう


 胴体が僕の頭まで辿り着き、結合した。


 再生した僕を感知して、再び壁が両サイドから迫ってくる。

 先程よりスピードが速い。


 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ぐちゃ。



 どうやらこの罠は、出口に近付けば近付くほど、速く閉じ合わさるようになっているらしい。

 こういうところにも、探索者を嘲笑う製作者の悪意を感じる。


 しかし、壁は定位置まで戻ってからでないと、再稼働できない仕組みだ。

 その隙を付いて、柊さんが石礫を飛ばしてくる。


 

 カァン――――ブチャ!


 

 僕の頬骨を粉砕してめり込む石礫。


 またしても、僕の生首はビリヤードの球となって弾き出される。

 

《順調に進んでいくぅ!》

《こんなやばいダンジョンの進み方、見たことないんだけどw》

《神回決定【¥1,000】》

 

 壁のスピードが高速と言っていいレベルまで上がった。

 文字通り、死の顎となって両側から迫ってくる。


 ――だが、こと「死」に関してはこっちも専門家スペシャリストだ!


 柊さんが打つ。

 僕の生首が転がる。


 打つ。

 転がる。


 いくどもそれを繰り返すうちに、気が付けば、僕の頭はあと一回で通路を抜けるというポジションまで来ていた。

 

《こんなイカレた方法で渡ろうとするなんて、ダンジョンマスターも想定してなかったんやろうなあ……》

《誰が考え付くかよw こんなん実行しようとするのは、地球上でオッズ氏だけやろw》


 僕と柊さんの距離は少なく見積もっても数百メートルは離れていた。

 ここまでくると、さすがの彼女も容易に石礫を飛ばせないようだ。


「剣技『神眼斬り』」


 彼女の持つ幅広の大剣が赤い軌跡を宙に描き、絶妙な角度で石を打つ。


《いやそのスキル絶対そういう使い方を想定されてねえだろwwww》


 ……正直僕もそう思う。

 柊さん、ごめんね。


 彼女の放った石礫は、床や壁を跳弾し、正確に僕の顔面を直撃ホールインワンした。


「ゴボッ! ゴボボボボッ!(よし! 通路を抜けたぞ!)」


 こうして、ようやくのこと僕たちは、この悪意に満ちたトラップを攻略した。


 僕やリスナーさんたちはもちろん、歴戦の探索者である柊さんでさえ、思わず気の緩んだ笑みを見せる。


 

 ……辿り着いた先が、まさかのボス部屋だったなんて、いったい誰が想像するだろう? 

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