第7話 【朗報】ワイ氏、他のパーティから誘いを受ける

「本物のフェンリルナイト…………?」


 首肯するひいらぎさん。

 

 僕はぽかんと口を開き、彼女をマジマジと見つめ返す。


 ――剣聖フェンリルナイト

 

 その名が初めて人々の噂に上ったのは、一年ほど前のことだ。

 

 当時、最強と目されていたパーティが、とある難関ダンジョンの最奥で全滅しかかっていた。

 ダンジョンボスがパーティリーダーにとどめを刺そうという時、彼はさっそうと現れた。

 

 配信を視聴していた誰もが、逃げろと警告したが、その探索者は逃げるどころかボスの前に立ちはだかり、次の瞬間には、もうボスの首が宙を踊っていたという。


 のちにS級探索者として名をはせる男の伝説の始まりだった。

 

 そう。


 である。

 少なくとも僕はそのように聞いていたのだが――

 

「フェンリルナイトって女性だったのか……」

「やっぱり意外に思うよね」


 柊さんは、ほんの少しだけ自虐的な笑みを口の端に浮かべた。


理由わけあって男のフリをしているの。、ね」

「!」


 彼女の口から出た、可憐な美少女におおよそ似つかわしくない低音バスを聞いて、僕は悟った。


 この声は配信でフェンリルナイトが発する声音と同じだ。

 つまり、目の前にいるのは、本物のフェンリルナイト――


 彼女は立ち上がると窓際まで歩いた。


「探索者として活動したかったの……。でも、どうしても身バレは避けたくてね」


 グラウンドでかけ声を上げる運動部の様子を、少し物憂げな表情で眺める。


「だから、他の人には黙っててくれない? 私の正体を知ってるのは、尾妻おづま君だけだから」

「わかった。約束するよ」


 僕は即答した。

 

 なぜ柊さんが僕に打ち明けてくれたのかはわからない。

 でも、彼女にとってすごく重大な秘密であることはわかるし、それなら不安を感じさせないよう、きっぱり明言すべきだと思ったからだ。


「ありがとう」


 桜色の唇をほころばせる柊さん。

 陽だまりの中で笑む彼女は、思わず見とれてしまうような美しさだった。


 その時、一陣の風が窓から吹き込んだ。

 僕のブレザーの裾がはためく。

 

 柊さんはさっと目を片手で覆った。


「…………ごめん、見えちゃうかと思って」

 

 小首を傾げる僕。

 普通、見えるか心配するのは、スカートをはいている彼女の方だと思うのだが……。




 

 僕と如月さんは、SNSアカウントを交換した。


 彼女は諸般の事情で、おおよそ3日に一度程度しか探索者として活動できないとのことだった。

 

「フレンド申請の時も言ったけど、同じ探索者としてこれから力を貸して欲しいの。私も可能な限り手助けをさせてもらうから」


 その申し出を断る理由は、僕にはなかった。

 もっとも僕が彼女の役に立てるかははなはだ疑問だったが……。


 僕は、微妙に居心地が悪いながらも、なんとかその日の授業を最後まで受け終えた。

 そして、さらなる驚きが放課後に僕を待ち構えていた。




「オッズくんだよね?」


 校門を出ると、すぐに僕は呼び止められた。

 振り向くと、数名の男女が僕の方をうかがっていた。


 ローブや鎧を身に着けているため、一目で同業者だとわかる。


「……なにか御用でしょうか?」


 今朝の龍翔りゅうしょうたちとの記憶が蘇り、反射的に身構えてしまう。


 しかし、僕の懸念とは裏腹に、パーティリーダーと思われる青年は、気さくな笑みをこちらに浮かべた。


「昨日の動画、見せてもらったよ」

「………………」

「すごいね! 思わず震えたよ。素晴らしいスキルだ!」

「え?」


 なにか悪口でも言われるのかな、と思っていた僕は、思わず頓狂な声を上げる。


「素晴らしい……ですか?」

「うん! 僕らは『ジャイアントキリング』っていうパーティなんだ」


 そのパーティ名には聞き覚えがあった。

 たしかBランクでいま最も勢いのある探索者グループの一つだ。


「どうしても取れない宝箱があってね。これから、そのダンジョンに潜りに行くんだけど、よかったら君も参加してくれないかな? あ、道中の敵は全部僕らにまかせてくれていいから」


 彼の言葉に、他のメンバーたちも、うんうんと頷く。

 

「報酬は、アンブローシアが手に入ったら、お渡しするってことでどうかな?」

「……マジですか」


 望外の申し出に、目を丸くして立ち尽くす僕。


 ふと彼らの背後を見ると、他にもいくつもの有名パーティが、順番を待つように道端で待機していた。


「オッズくん、次は俺らのパーティの話を聞いてくれ」

「いや、わたしたちが先でしょ?」

「待て待て、オッズくん、わいらなら、もっと好条件を出せるで?」

「おい、抜け駆けするな! オッズは俺たちと行くんだ!」

  

 先を争って、僕を取り合おうとする有名探索者たち。


 僕はふと、彼らのさらに背後、だいぶ離れた曲がり角から一人の人物がこちらの様子をうかがっていることに気付く。


 悔しそうに歯ぎしりしているその男は、僕を追放した幼なじみの龍翔だった。

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