第6話 【速報】ぼっちワイ氏、気が付かないうちに学校一の美少女と友達になっていた模様

 翌朝。

 

 学校に登校すると、僕はすぐに異変に気付いた。


 大勢の生徒がチラチラ僕の方に視線を飛ばしてくる。

 こちらを指さして、露骨にひそひそ話をしている人たちもいた。


「おい、りょう!」


 聞き覚えのある声に、僕は立ち止まる。

 できれば二度と見たくない顔が、不機嫌な眼差しで僕を睨みつけていた。


 僕のいるパーティの……いや、僕のパーティのリーダー、星月夜龍翔せいげつやりゅうしょうだ。

 傍らには、幼なじみの女子三人組の姿もある。

 

 4人とも僕と同じ高校に通っているのだ。

  

「……おはよう」

「ちょっとこい!」


 僕は彼らに連行されるように校舎裏に移動した。


「……てめえ、わかってんだろうな!?」

「なにを?」

「なにをじゃねえよカス! 俺たちと同じパーティだったことは絶対言うなよ?」

「そうよそうよ!」

「今まであなたの存在を学校で極力隠していたのは、こういう事態を懸念していたからなんですのよ?」

「ま、陰キャで底辺のおまえなんかとつるんでたら、ウチらまで同じ目で見られるってのもあるけどな、ペッ」


 元パーティメンバーたちは、カツアゲする不良と見まがうような恫喝口調で、僕に言い募る。


「……わかった。『救国戦隊きゅうこくせんたい☆リュウショージャー』のメンバーだったことは黙っておくよ」


 そもそも名前が恥ずかしいから、進んで人に言いたくもないし。


「おう、快適なスクールライフを送りたかったら、そうしとけ」

「知ってると思うけど、龍翔りゅーしょーってメンズ誌で読モもやってるんだからね? めちゃモテるから、逆らうと女子全員を敵にまわしちゃうよ~」

姫山ひめやまさん、カリスマイケメンでカーストトップの龍翔さんと違って、もともと尾妻おづまさんは女性とご縁がないのですから、あまり脅しになりませんわよ?」

「ちげえねえ、あっははははは!」


 女子3人組は、龍翔に媚びるようにすり寄って、笑った。


「なにをしているの?」


 突然、そんな声が上がる。

 僕も含め、場の全員が声の主を振り返った。


 校舎の曲がり角に一人の女子生徒が立っていた。


 息をのむような美人だ。


 彼女は宝石のようにきらめく瞳で、順繰りに龍翔たちを見回すと、最後に僕の顔で目を止めた。


「チッ……生徒会長かよ」

「なにをしているのか聞いたんだけど」

「なんでもねえよ…………いくぞ!」


 龍翔は取り巻き3人組に吐き捨てるように叫ぶと、すたすたと歩き始めた。

 僕の脇を通り過ぎる時、ドンと肩をぶつけ、耳元で囁いてくる。


「……ちょっとバズったからって、調子こくんじゃねえぞ?」

「え?」


 わけがわからず小首を傾げるが、聞き返す間もなく、歩き去ってしまった。


 あとには、僕と件の女子生徒だけが残された。


「す、すみません。ありがとうございます」

「……いいえ」


 長い足を交互に繰り出し、僕に歩み寄ってくる彼女。

 さらさらとした綺麗なロングヘア―が足取りに合わせて揺れる。


尾妻涼おづまりょう君、だよね?」

「あ、はい」


 ええと、この人の名前はたしか――


「生徒会長の柊那栖菜ひいらぎなずなです。一緒に生徒指導室まで来てください」


 僕は目をぱちくりさせて、目の前の美人を見つめ返した。




 生徒指導室に入ると、先客の姿があった。

 

「座れ」


 高圧的に言い放つ中年の男性教諭。

 校則違反に厳しいと噂の学年主任だ。


「……失礼します」


 内心びくつきながら、椅子に腰を下ろす。

 すると、僕の隣の席に生徒会長さんも着席した。


「なんで呼ばれたか、わかってるよな?」

 

 腕を組み、静かな声で僕に問い質す学年主任。


 ――いったいなんだろう? 自分でいうのもなんだけど、僕は陰キャでおとなしいし、良くも悪くも目を付けられることはしていないはずだが……


「……わかりません」


 教師は眼鏡の奥から鋭い眼光を放ちつつ、スマホを僕の方に見せつけてきた。


 

『ヤホーニュース:エンタメ部門

【ダンジョン配信でショッキングな映像が流れ、苦情相次ぐ】


 とあるダンジョン探索動画があまりに衝撃的過ぎると、ネット上で物議を醸している。

 噂の元になったのは、いわゆる実況形式で昨日配信された動画だ。

 都内にある初心者向けダンジョン、通称「練兵所」にて、ある探索者が何度も死んでは生き返る映像が流され、その様子が生々しすぎると話題になっている。


 動画は最初、SNSサイト「ツボッター」上で拡散され――          』


 

 その記事には画像がついており、未成年への配慮か顔にモザイクがかかっていたが、明らかに昨日の僕の姿だった。


「これはおまえで間違えないな?」

「……はい」

「こういうのをなんて言うか知ってるか? 迷惑系配信者っていうんだよ」


 モラルに反するような言動を配信して、再生数を稼ぐ。

 

 そういう輩がいるとは僕も耳にしたことがあった。

 でも、まさか自分がその認定を受けてしまうなんて……。


 学年主任は、手を組んでふーっとため息を吐いた。

 

「そんなに目立ちたかったのか?」

「違います。僕は――」

「言い訳をするな! 友達がいないから、その寂しさを埋めるためにネットで悪目立ちしようとしたんだろ?」


 ダン!

 

 男性教諭は机に拳を叩きつける。


「おまえがどうなろうと俺の知ったことじゃないが、学校の名誉に傷をつけるな! 迷惑系チューバーになりたいなら、卒業してからにしろ!」

 

 ――別に迷惑をかけたかったわけじゃない


 そう言い返したかったが、ぐっとこらえる。

 この状況では、なにを言っても無駄だろう。


「先生、発言をしても良いでしょうか?」


 それまで無言で座っていた柊さんが、初めて口を開いた。


「なんだ?」

「尾妻君は、迷惑系配信者ではないと思います」

「なに?」

「彼は自分のスキルを活用して、ダンジョン攻略し、その様子を配信していただけです」

「それが迷惑だったから、炎上しているんだろうが!」

「でも、『迷宮を単独で探索する際はドローンを伴い、その様子をリアルタイムで配信しなければならない』って、法律で決まっていますよ」


 柊さんは、すっとスマホ画面を見せた。

 そこには、探索者規定が列記されたページが表示されていて、その第9項に彼女の言った内容が一言一句違わず書かれていた。


「従って、彼は規定を遵守していただけに過ぎず、それを批判するのはお門違いであると思います」

「つべこべ言い訳をするな! 規定だろうが、学校に迷惑がかかったら意味がないんだよ!」

「……それは『法律より学校の都合を優先しろ』ということですか?」

 

 凪いだ湖面のような眼差しを、まっすぐ対面の教師に向ける彼女。

 内面を見透かすような澄んだ目に見据えられ、自らの失言に気付いた学年主任は、明らかにたじろいだ。


「と、とにかくもう少し考えて行動しろ! こっちが庇ってやれるのにも限度があるからなっ!」


 そう告げると、立ち上がってそそくさと扉に向かう。

 ピシャッと音を立ててドアを閉め、彼は逃げるように生活指導室を去っていった。


「少しも庇ってくれてないのに……ね?」


 僕に向かって、軽く肩を竦めてみせる生徒会長。

 美人がやると、様になるなあ……。


「ええと、その、ありがとうございます」

「敬語はやめない? 同学年でしょ?」

「あ、うん。でも、柊さん、大丈夫なの?」

「なにが?」

「いや、あんな風に露骨に逆らったら、内申とかに響かないかなって」

 

 僕は自業自得だからいいけど、まじめに生徒会長をやっている彼女がとばっちりを食ったら、さすがにきつい。


 しかし、柊さんは肩を竦め、こともなげに言った。

 

「まあ、いいんじゃない? 内申なんかより友達の方が大事だし」

「え?」


 友達?

 彼女とは今日まで一度も喋ったことがなかったはずだけど……。


「ん? フレンド申請、許可してくれたでしょ?」

「???」


 とっさには意味がわからず首をひねる僕。


 ――フレンド申請といえば、思い当たるのは昨日の一件だけだが…………………………………………え?


 僕は目を大きく見開いて、椅子ごと彼女に向き直った。

 マジマジと眼前の美少女を眺める。


「………………まさか――」


 柊さんはいたずらっぽく笑むと、僕に右手を差し出した。


「フェンリルナイトです。よろしくね、オッズくん」

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